25話


 ――刹那、空間から音が消失した。


 息を呑んだときのような、瞬きの間の空白。


 時間にすれば一秒にも満たないその静けさは、その場にいるすべてが意識を持っていかれたかのように、一点へ収縮していき――弾けた。



 ――――ドッ――ォオオオォオォォォッッ!!!



「ぐッ! ぎぃぃ、がぁあああ!!」



 爆音が体を突き抜けるより早く、白色の光が視界を染め上げていた。


 その衝撃は、爆発を引き起こした張本人である殻木からきさえ容赦なく巻き込む。


 しかし、地下を隅々まで震わせるはずの爆風は、カルマによって制御され、その凄まじい熱量を放射することはなかった。



「お、ご、お゛ぉおおぉおお!!!」



 それでもなお、制御し切れなかった衝撃が殻木を襲う。


 しかし、口から溢れる雄叫びは、体の中身を内蔵から骨の髄まですべて震わせる破壊的な衝撃が原因ではない。


 ――出し惜しみはしねぇ! 全部持ってけぇえ!!


 殻木はさらにカルマを限界まで行使し、爆破に指向性を持たせ、外に向かって広がろうとする爆風と衝撃波を、無理やり昧弥まいやに向かって爆縮させていく。


 その中心温度は摂氏数百万度に達する。

 生物が生きていられるような状況ではなく、それは覚者かくしゃをしても変わらない。


 すべてを灰に変える灼熱が、地獄の如き苛烈さで焼き尽くす。後に残るのは荒れ果てた大地と、かつて人だったモノの影のみ。


 ――そうじゃなきゃならねぇ! じゃねぇとオレぁ……!


 だというのに、殻木に余裕はなかった。


 絶対の一撃によって跡形もなく殺しきる。昧弥に生き残る道はない、これはすでに完成された結末だ。


 ならば余裕綽々と嘲笑わらってやればいい。


 バケモノと恐れられ、ただそこにあるだけで怖気と恐怖ですべてを殺してみせる絶対者が、こんな小物の浅知恵に足元を掬われたのだと……なのに、できない。


 胸の内にくすぶる不安の種火は消えない。それどころか時間が経てば経つほど大きく燃え上がり、自身の背後にピタリと貼りつく死神の影が色濃くなっていく。



「あ゛ぁあぁあああ!!!」



 潰そうとしてくる不安を、逆に押し潰してやるとばかりに殻木は叫んだ。


 急激にマナスを消費したことで貧血に似た症状が襲ってくる。

 まるで自分が世界から切り離されてしまったかのような浮遊感に、背筋が泡立つ疎外感が走っても、どうでもいいと無視して叫んだ。


 光が消えるまで、叫んだ――。



「――はぁ、はぁあ……あ゛ぁあ……」



 殻木は荒くなった息を気にかける余裕もなく、モウモウと白煙の上がる爆心地を睨み続けた。


 周囲の木々はその余波だけでなぎ倒され、地面は黒く焼け焦げ、残り火が名残惜しむかのように揺れている。


 さながらミサイルを撃ち込まれた現場に生き物の息遣いはなく、パチパチと火が爆ぜる音と耳の奥にこびりついた衝撃波の轟音だけがそこにあった。


 ――さすがに死んだかぁ?


 そうであってくれと、信じていない神に祈るような気持ちで目を細めて注視する殻木の前で、立ち込めていた白煙が風に流されていった。



「…………なん、だぁ?」



 ――視界に現れたのは黒い柱だった。


 大人が一人、すっぽりと入りそうな大きさの歪な円柱。それが表面から白煙の名残を立ち昇らせながら、妙にどっしりとした姿でそこに隆起していた。


 初めはあの女が立ったまま黒焦げになったのかとも思った殻木だったが、すぐさまその考えを自身で否定する。


 短時間であったとしても、あの超高温の中にいたら確実に肉は焼け落ち、骨とそれにこびりつく炭となった肉だったモノが残るだけだ。


 焼かれた末に膨張しながら炭化したなど、聞いたことがなかった。


 ――生きてるはずがねぇ! そうだ、そんな……そんなことはぁ!


 不用意に動くこともできず、思考ばかりが逸るのを感じながら、殻木はついに肥大化していく不安から目を反らせなくなってしまった。


 ――パキッ


 それを感じ取ったのか……ふいに、黒い柱に罅が入った。


 か細いはずのその音が妙に大きく聞こえ、殻木はビクッと肩を跳ね上げた。

 その間にもパキパキと乾いた音をさせながら、亀裂はどんどん広がっていく。その様子に、殻木は言いようのない恐怖を感じた。


 それがなぜかは分からない、なぜかは分からないが……。


 ――あのを見ちまったらヤバい!


 まるでその中から、己自身の膨れ上がった恐怖と不安が悍ましい異形となって出てくるような……。この世の穢れという穢れを掻き集め、一つ押し固めたモノが詰まっているような……。全生命の負の感情の集合体のような……!


 ――そうだ……ありゃあ……ッ!


 この世に存在していけない濁悪アクマを産み落とす――だ。


 ――パキィッ!



「がぁあああ!!!」



 すでに手遅れだとしても、殻木は動かずにはいられなかった。

 絞りつくし、一滴も残っていないマナスを命から絞りだして無理やり業を行使する。


 ――できあがったのは拳大の小さな風の弾丸が三発。


 先ほどの爆発に比べれば児戯のような一撃だが、殻木にはもうそれしかできることがなかった。



「やめろぉぉぉお!!」



 慟哭めいた悲鳴と共に弾丸は射出され、黒い柱に向かって突き進む。


 だが、常人が受ければ肉体が抉られるような凶器も、にとっては悪足掻きにもならない、そよ風以下のものだった。


 予想に違わず、風の弾は黒の柱に衝突し――何事もなせず霧散した。



 ――どろぉ



 そして、殻木にとって最悪なことに……それが引金となって中身が溢れてきた。


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