28話


 聞き耳を立てていた者たちは一様に思考が停止するのを感じた。


 ――毒。


 確かに恐ろしいカルマだ。どの程度の強度かにもよるが、安全装置のない生物兵器が自由に歩き回っているようなものだ。


 だが、それでは今までの圧倒的な蹂躙劇がなんだったのか説明がつかない。あの恐ろしいまでの恐怖はなんだったというのか……。



「……あり得ねぇ。ならどうやって爆炎から逃れた!? どんな毒だか知らねぇが、毒であの爆発を防げるはずがねぇ! あの爆発は! 適当ぬかしてんじゃあねぇぞ、クソアマぁあ!」



 殻木からしても到底納得できるものではなかった。


 先ほどの爆発を引き起こしたのは確かに殻木の業だ。しかし、業で行ったのは空気内の水素や酸素の比率を弄り、限界まで圧縮して、ガスと混ぜることまで……。


 火種となったのはポケットに忍ばせたガスライターの火花だ。

 業そのもので生みだした爆発ではない。

 つまり――業では完全に



「貴様の尺度で測るな、下作が」



 しかし、そんな至極真っ当とも思える意見を昧弥は正面から切って捨てた。



「私が作りだせるのは既存の毒物だけではない。

 現在、この世に存在していない毒物だろうが、通常ならあり得ない毒性だろうが、私が望むままの効果を持つ毒を作ることができる。さらにその生成量に際限はない。あの程度の爆炎ならば、毒と空気の多層構造で防ぐことは容易い。

 ――理解したか?

 今、貴様が生きているのは私の気まぐれにすぎんということだ」


 その凄まじい暴論に殻木は言葉を失った。


 しかしそれは、語られた内容が突飛すぎて話にならなかったからではなく、昧弥こいつならあり得ると、そう自分が納得してしまったが故の沈黙だった。



「だが、そう怯えることもない。私もここを死の島にして九相図を描こうなどとは更々考えていない。仮にそれが目的であるなら、貴様らに語ってやるまでもなく皆殺しにしている」



 まるで晩飯の献立を語るような気軽さで言葉にされた惨状は、その気軽さと同じだけの手軽さで、それが実行可能であることを如実に表していた。


 虚飾や誇大はなく、昧弥がその気にさえなれば、一日と使わずに島中を屍骸で埋め尽くすことは容易いことなのだと、それを聞いた全員が痛感する。


 それは同時に、島のすべてがこの昧弥アクマの手中にあることを示してもいた。


 ――やってくれた……ッ!


 誰ともなく、深く沈むように考えた。


 それは、先ほどの宣言によって昧弥に手を出すことが極端に難しくなったことへの、血の滲むような後悔の吐露だった。


 すでに毒が撒かれていた場合、何を引金トリガーに毒が活性化するか分からないため、安易に昧弥を殺害するわけにはいかない。同じく、解毒をするには昧弥が必要不可欠なため、やはり殺せない。


 楽観して、仮に毒がまだ撒かれていなかったとしても、欠片も意識を残さず、死んだことすら悟られない神速で昧弥を屠らなければ、空気感染する強毒を撒き散らされて同じことになってしまう。


 つまり、現状がどちらであっても、昧弥を殺すという選択は取れない、それが分かってしまったのだった。



「なら……なら、何が目的だってんだよ!? テメェの力ぁ見せつけて、悦に浸りてぇとでも言うのかッ!? 踏みにじったテメェより下の奴を見下ろしてぇ! ニヤケ面ぁ晒すのが趣味だってぇのかよぉ!! なんためにここにいやがるぅ!!!」



 はぁはぁと荒い息を吐きだして涙目で訴える殻木はまるで幼児のようだった。


 受け入れがたい現実を前に抗う術もなく、ただ泣きわめいて駄々をこねる姿は、惨めとしか表現できないほど憐れだ。


 しかし、そんな殻木の姿を見下ろす昧弥の顔からは嘲笑は消え失せていた。



「――なんのために……か」



 まるで言葉と共に自身の根源を確かめるように昧弥は僅かに瞑目した。


 数秒の間を置いて開かれた瞳は、今までにない真摯な光を宿しているように見えた。



「決まっている――宣誓だ」



 それはすべての覚者……いや、すべての人間に向けた沙汰であった。



「私が今、自身の業を晒すことを顧みずに出てきたのは、私の業が、性質を知られたところで問題ないというだけでは、もちろんない。

 学園、島、本土……今、この場を目にしているすべての人間に向けての――布告である」



 その声は、鼓膜を突き抜け、精神を、そのさらに奥にある魂――Manasマナスを揺さぶる響きをしていた。


 誰もが無意識のうちに耳を傾けていた。


 地面に投げだされ、地面に尻をつけたまま昧弥を仰ぎ見る殻木も、主人の御言葉を一音一呼気すら聞き逃すことはあり得ないと手を胸に跪いたダニアも、監視映像が映しだされたモニターに齧りつくように身を乗りだして見つめていた道祖みちのやも。


 果ては、はるか海を隔てて遠く、本土にある一室からその様子を眺める壮年の男性も、道祖を捨て置き、観測機に目を走らせていた研究員たちも、すでに意識は暗闇に呑まれ、眠るように地面に並んで横たわる結紀ゆうきたちさえ――。



 すべての存在に、その言葉を刻んだ。



「私が――私こそが! すべての覚者を、人工精霊タルパを統べる、悪逆である」


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人工精霊《タルパ》は踊る 黒一黒 @ikkoku

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