07話
驚きに張り詰めた視線が刺すように見つめてくる。針で
「――Dクラスって……あの、D?」
まるで口にしてはいけないことかのように、潜めた声で
その怖々とした声の裏に何があるのか、まったく想像がつかない。
底の見えない、黒々と濁った泥の中に手を入れるような感覚。
まるで結紀たちの恐れが移ったかのように、枝薙も声を抑えて恐る恐る返した。
「あのDっていうのが、何を指しているのかは分からないけど……DはDだよ。
間違ったことは言っていない……そのはずなのに、まるで自分が知らず知らずのうちに誤った知識を垂れ流していたかのような気まずさ。
相手の機嫌を伺うように、あるいは足元を確認しながら
「――
以外にも沈黙を破ったのは、それまで最も口数の少ないココだった。
険しさを滲ませた顔で、沈み込むように黙考していた結紀の背後で、まるで心が冷え切っているように感情を表に出さず、静かに言葉を並べられる。
「学園のゴミ
「ココ」
淀みなく吐きだされていた暴言は、結紀の鋭い一声に断ち切られた。
「俺は、そういうの嫌いだ」
――無理に絞りだされたような声だった。
結紀の瞳は、以外と言うべきか、怒りに鋭く尖ってはおらず、むしろ深い悲しみを湛えるように陰りに覆われていた。
まるで
悲しみよりもなお深い感情を向けられたココは、すっと顔ごと視線を反らし、結紀から表情が見えないようにして言葉だけで返した。
「……ごめんなさい」
少女らしい、細く、精美な声に、感情の揺らぎは見られない。
しかし、声が震えていなくとも、結紀にはココの打ちひしがれて萎れていく心が手に取るように分かった。
その叱られた子供のような背中に、苦笑を滲ませながら結紀は続ける。
「いや。分かってくれたなら、それでいいんだ。これもきっと、俺の我が儘なんだと思うから」
「ッ!? ち、ちがっ。私は……!」
自分を責めるような物言いに、慌てて振り返り否定しようとしたココの言葉を、結紀は片手を上げて制した。
「だから、そんな俺の我が儘にいつもつき合ってくれる優しい二人が、たとえそれが
「……うん」
「そっか、良かった。……うん。じゃあ、この話はここまでにして! 例の女性がなんでDクラスなのかに話を戻そう!」
パンッと手を打ち鳴らし、結紀は努めて明るい声を響かせた。
二人の様子を遠巻きに見守っていた枝薙は、空気が変わったことにホッと息を吐きながら、それじゃあと手を上げて発言の許可を求めた。
「あの、一個確認なんだけど……例の女性がDクラスっていうのに、なんでそんなに引っかかってるのかな?
知ってるとは思うけど、
小首を傾げる枝薙に、言っていることは尤もだと結紀は頷いて返す。
「言いたいことは分かるよ。でも考えれば考えるほど、あの時、俺が対峙した彼女がDクラスっていうのが納得できないんだ」
「どうして?」
「それは……」
結紀が僅かに言い淀む。それは言葉を躊躇したというよりは、その言葉を自分自身もまた信じ切れていないというのが原因だった。
だが、信じる、信じないなどという議論はすでに意味をなさない。なぜなら、それはもう起こってしまった後なのだから。
眉間にしわを寄せて難しい顔で返答を待つ枝薙に、結紀も意を決し、固い声でその事実をありのままに伝えた。
「――彼女は、俺の
言葉を聞いた瞬間、枝薙は意識が白く染まるのを感じた。
まるで、今まで大切に積み重ねてきた常識を、そんなものは空想だと、理も論もない錯覚だと、力任せに消し飛ばされたような衝撃だった。
口が乾き、唾を飲み込むのさえ上手くいかない。
震えそうになる体を抑えつけ、枝薙は口端を吊り上げて引き攣らせるように無理やり笑い、冗談交じりの声で返した。
「……えっと? それってなんかの比喩だよね? ははっ、意地悪だなぁ。何もこんなときに冗談なんて言わなくても」
「いや、言葉通りだよ。嘘でも比喩でも、冗談でもない――彼女は確かに、俺の
「あり得ない!」
枝薙の悲鳴じみた怒声がそれ以上続くのを遮った。
はぁはぁ、と肩で息を繰り返しながら、それまで見せていた幼さが嘘だったかのように鋭い目つきで結紀を睨む。
そこには自分を貶めようとする相手への敵意と、自分を追い詰める現実への怯えが等分に含まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます