14話
§ § §
扉が閉まるのを待たず、
後方から扉の閉まる音が聞こえてきたのを確認し、周囲に視線を走らせる。
半径十メートル以内に自分たち以外の気配がないことを確信できたところで、振り返らずに声だけでダニアに呼びかけた。
「――ダーニャ」
「はい。
ダニアも同様に足を止めることなく、昧弥の後方七〇センチの距離を完璧に保ちながら淀みなく答える。
その報告に微かに頷き、一瞬の黙考の後、視線を窓の外に向けつつ聞き返す。
「外部、遠隔からの詮索、攻勢は?」
「そちらも問題ございません。外で待機していたエリーに対処させました。
学園長室より周囲三キロの範囲に潜伏し、こちらを伺っていた敵勢力、
「なるほど……」
独白めいた相槌を返し、昧弥は唐突に歩みを止めた。
前もって伝えたわけでもない無配慮な行動。しかしダニアは主人の影を踏むことなく、予見していたようにピタリと歩を合わせて止まった。
振り返った昧弥は何か探るような視線を、自分たちが出てきた扉に向けて押し黙る。その熟考を妨げることがないようダニアは窓際に寄り、軽く頭を垂れて主の次の言葉を黙して待った。
たっぷり十数秒。押し黙っていた昧弥が徐に口を開く。
「――あまりに粗雑だ。兵の配置も、襲撃された際の対応も。……何より、私と相対するというのに護衛すらつけず、たった一人とは……無作法が過ぎる。
――どう思う、ダーニャ」
学園長室の扉から視線を外し、昧弥は鋭く細めた視線を向けてダニアに問う。
「はい、ご主人様。恐れながら、かのご婦人、
告げられた従者の言に、昧弥は細めていた目を僅かに見開いた。
驚きと困惑。
どのような理屈で論を組めば、そのような策が生まれるのか……。
珍しく理解が及ばず、思考が迷走している昧弥に、ダニアが続けて意見を述べる。
「
「構えることなく私の前に立ったと?」
「はい。学園長室に監視や盗聴の類の仕掛けが施されていなかったのは、設置されていなかったのではなく、外されたのではないかと……。
合わせて申し上げますと、外の下手人は道祖様直属の手駒ではなく、第三勢力、もしくは道祖様の部下でありながら独自の采配が許されるだけの権限を持った刺客である可能性が高いと思われます」
昧弥は腕を組み、もう一度学園長室の方へ視線を向けた。
従者の意見を聞き入れるなら、あの道祖という女は自身の立場が悪くなることを承知の上で、己の信条を優先したことになる。
それがどういうことか、学園長という役職に就けるだけの能力がある人物に分からないはずはないだろうに……。
昧弥は視線を外すと、懐から
指示するまでもなく、ダニアが差しだした火に紙巻をかざし、立ち上ってきた煙を深く吸い込む。
体の内にわだかまる様々な感情を追いやるように、重々しく吐きだした。
「――向いていないな」
ダニアは肯定も否定もせず、ただ黙して頭を垂れた。
その様子を横目にもう一度大きく煙を吐いた昧弥は、嘲笑を浮かべて踵を返した。
「だが、そうと分かったのなら、そういうものとして扱えば済む話。少々動かしづら
くはなったが問題ない。道筋に多大な変更はなし、予定通りに動くとしよう。
さて、ダーニャ――」
ゆっくりと歩きだした昧弥の後を、なぜかダニアは追わなかった。まるで玄関口で主人を見送るように、頭を垂れたまま一切の動きを見せない。
昧弥もそれを咎めることなく歩を進め、ちょうど五歩の距離を空けたところで止まり――、
「――時間の残りは?」
飛来した不可視の砲弾を無造作に手で払い落した。
ドンッ、と床に衝突した何かは大きく建物を揺るがし、その衝撃によって天井から建材の破片がパラパラと降り注いだ。コンクリート製の床に刻まれたバスケットボール大のへこみが、その威力を物語っている。
見るからに非現実的なその現象に、しかし二人に一切の動揺はない。それどころか気に留めるようなことではないとでも言うように、ちらりとも目を向けなかった。
「十五分と二十一秒にございます。ご主人様」
前触れのない明らかな敵勢力の襲撃。その只中に晒されているにもかかわらず、ダニアは昼食の時間を告げるような穏やかさで主の問に答えた。
その返答に、昧弥は砲弾が飛んできた先を見据え、歯を剥きだして獰猛に笑った。
「一服が終わる頃には方がつきそうだな……。では、ダーニャ。私は少々散歩をしてくる。なに、軽くその辺を歩いてくるだけだ。お前は昼食の用意をしておけ、そろそろいい時間だろう」
「承りました。それでは、お時間になりましたらお迎えに上がります。ご主人様。
それまで――ごゆるりと」
ダニアは頭を下げたままスカートの裾を摘まみ、略式のカーテシーにて見送りの礼とする。それに対して昧弥は鷹揚に頷き、悠々と歩みを再開させた。
その進行を阻むように、再度目に見えぬ揺らぎが迫る。しかも一度目とは異なり、複数の塊が大砲さながらの威力と速度で飛来する。
常人には知覚すらできない、矢継ぎ早の砲撃。
その脅威にさらされているはずの昧弥は言葉通りの、まさしく散歩に出る気軽さで、ふらっと迫りくる死に向かっていき――、
「――では、行ってくる」
次の瞬間、その場から消えていた。
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