09話


 なるほど、と結紀ゆうきは腕を組み、その意見を噛み締めるように吟味する。


 確かに枝薙えだなぎの言うように、人工精霊タルパカルマはその根源をおなじとする。

 故に、物質こちら側からの物理的な干渉を基本的に受けつけない人工精霊タルパでも、業による現実干渉の末に導きだされる改変後の現象には影響される。


 それはこれまでの研究で明らかになり、揺るがぬ事実として確かとなった、学園ここが定めた結果こたえであった。


 だが――、



「でも、業はあくまでもManasマナスから精神力を引きだして起こす現象で、人工精霊タルパはマナスそのものに形を与えたモノ……そこにある容量というか、存在濃度が違いすぎる。そこを覆すようなことって……あると思うか?」



 あまりに現実性に欠ける。


 人工精霊タルパはマナスという精神力が湧く泉に形を与えたモノ。つまりはダムみたいなもので、業はその泉のマナスを使った水鉄砲のようなモノだ。


 業が人工精霊タルパに打ち勝つということは、水鉄砲でダムを崩壊させるようなことだ。


 個々人によってマナスの量や質に違いがあるとはいえ、それがどれだけの無謀なことか……想像するまでもない。



「うん、普通ならあり得ない。でも聞いた限り、彼女は普通じゃない。だからもしかしたらって考えたんだ」



 枝薙はピンと人差し指を立て、遠慮がちだった語気の弱さを押し流すように、一息で吐きだすように語りだした。



「あくまで自論で根拠もないから証明もできないけど……彼女はマナスが大きすぎるんじゃないかな? それこそ人工精霊タルパに形を変えられないくらい。

 僕らのマナスがダム位の大きさだとしたら、彼女のは海くらいの巨大さ。だからマナスから零れ落ちたくらいの業でも、人工精霊タルパを圧倒できる」



 そこまでで言葉は切られ、反応をうかがううように枝薙はじっと見据える。緊張に固くなった視線を正面から受けながら、結紀は僅かに首肯した。


 確かに、その論は筋が通っているように思えた。


 しかし、それでも、と納得できない思いが胸の奥から染みのように滲んでくる。


 もし、それが正しいとするなら、彼女はいったいなんなのか……果たして、人と言えるのだろうか……?


 底の見えない海底を覗いてしまったときのような、足元から這い上がってくる正体不明の恐怖に、結紀はぞくりっと身を震わせた。


 背中にひたりと貼りついた恐怖それを振り払うように頭を振り、視線を戻す。



「言いたいことは分かったけど……でも、それは人工精霊タルパを組み伏せられる理由にはなってないじゃないか? 撃退したっていうなら分かるけど……」


「それについては、彼女の業が念動力サイコキネシスとか、それに近いもの、もしくはそういうのの複合型なんじゃないかなって、僕は考えてる。

 念動力サイコキネシスなら自分の周りに力場を形成すれば掴んだように見えるでしょ?

 まぁ、ダムの全容量と同じだけの水が入った袋を人の腕力だけで動かすようなもんだけどね」



 言いたいことはすべて言い終えたのか、枝薙は上体を反らし、天井に向かって大きく息を吐いた。



「まぁ、どれだけ議論を重ねても妄想でしかないんだけどさ。でも、僕たちもまた覚者で、人工精霊タルパを抱えている以上、考えずにはいられないよね」


「ああ……そうだね。でも、少しは対策の仕方が見えてきたんじゃないかな? 枝薙の予測が正しいなら、多分だけど、そこまで業を精密に動かせないんじゃないか?」


「パワー厨ってこと? 力こそパワーッ! みたいな?」



 腕を曲げ、可愛らしく力瘤を作り、ふんっと鼻息を吹いてみせるユクに、結紀は苦笑しながら頷いて返す。



「ちょっと表現がよく分かんないけど、概ね合ってるかな。だから遠距離から一方的に多彩な攻撃ができるのが強みのはずの念動力サイコキネシスを、体に纏うっていう使い方をしてるんじゃないかな? 自分から離れすぎると制御が利かなくて暴走する、とか」


「なるほどね。それなら君の人工精霊タルパにわざわざ近づいた理由も説明がつくし、周囲にそこまで大きな被害が出てなかったのも頷けるね。

 ……うん、分かった。じゃあ、彼女に出会ってしまった場合、なるべく離れて対応して、何かあったらすぐに素早く逃げる。これを徹底するように、会議でその方針を話してみるよ」


「ああ、よろしく頼む。……なんか結局、色々と動いてもらうことになってるな」


「もうそのことはいいよ。僕も色々聞いて考えてみたけど……確かに今すぐ動かないと大変なことになりそうだしね。

 仮初だし、吹けば崩れるような弱々しい平穏だけどさ。ようやくこの島に訪れた束の間の休息なんだ。できるなら僕も、なくしたくない」



 しんみりと目を瞑り、浸るように語る枝薙に、結紀も頷いて返す。


 この島ができてから長い月日が経った今、ようやく秩序らしきものが形成されつつある。

 それが完全なものではないとしても、壊されることで流れる涙があるのは間違いない。それが自分の周りでない保証は……どこにもないのだ。


 その事実を確かめ合った二人は、正面からしっかり向き合って、互いの意思の向かう先を確かめるように見つめ合った。



「本当にありがとう。何かあったら声をかけてくれ、必ず助けになるよ」


「任せてよ。なんていっても――僕はAクラスのクラス委員長だからねっ」



 お茶らけて笑い、わざとらしく胸を張ってみせる枝薙に、結紀も柔らかく頬を緩める。



 二人はこの縁に感謝しつつ、これから待ち受ける受難に、共に立ち向かうことを誓うように手を固く握りあった。

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