03話
ユクとココが同時に、バッと風を切る勢いで振り向く。
視線の先には自分たちと同じ制服に身を包んだ少年の姿。
同年代のはずだが、服の上からでも一目で分かるほどの痩躯と、その手の趣味の者からは確実に絶大な支持を得るだろう童顔が相まって、実年齢よりさらに幼さが際立って見える。
庇護欲やら母性やらのツボを穿つ勢いで突いてくる容姿だ。
しかしそんなことには欠片も興味がない二人は、急な乱入者に対して総毛を逆立て、眼を鋭く尖らせて睨みつけた。
「アンタ、誰?」
「部外者、立ち退き要求」
「……え? ええぇ!?」
容姿の幼さに飴玉ほどの価値も見出さない二人は、たとえ相手が年齢一桁の幼児でも邪魔するならば容赦はしない。
晒された瞬間に凍てつきそうな視線を送くる瞳は、まるで冷凍魚のように艶のない無機質さに覆われていた。
憐れな少年は一も二もなく涙目で両手を掲げ、全面降伏を示すほかなかった。
「ごめんなさい! い、命だけは……ッ!」
「言葉だけで済むと思ってんの? 誠意を見せな、誠意をッ! 仏様だって天国行くのに必要なのはお慈悲だって……あれ? 言ってたよね? 違った……?」
「ユク《おばか》は沈黙必須。とりあえず、ただちにジャンプ要求。おらおら」
「ひっ、ひいぃ!」
「こらッ! 二人とも脅かさない! ごめん、そんな怯えなくても大丈夫だよ。二人とも本気で言ってるわけじゃないから!」
影で覆われた怪しげな笑みで詰め寄ろうとする二人を、
猫のように宙吊りになりながら、なおも威嚇を止めようとしない二人に、少年は頭を守るように抱えて小さく丸まった。
今にも零れそうなほど涙を溜めて、情けない悲鳴を上げる少年に、結紀は眉尻を下げて申し訳なさそうに声をかけた。
「本当にごめん。二人は少し人見知りが激しくて、知らない人に話しかけられると凄む癖があるんだ。だから、別に君が嫌いとか、やっつけてやろうとか思ってるわけじゃないから、勘違いしないでくれると嬉しいかな」
「ほ、本当ですか? これで次の瞬間に襲いかかってくるとかなしですからね!? 泣きますから! そんなん泣きますからね、僕ッ!」
「ほんと、ほんと。ほら、二人とも。話をしにきた
「むぅ……ユーキがそう言うなら」
「渋々、容認」
不満そうに口を尖らせながらも、二人は仕方ないと頷いた。
しかし、反省も束の間、すぐに両者とも鋭い視線で隣人を咎めた。
「もうっ、ココのせい怒られたじゃん」
「責任転換。すべてはユク《おばか》がお馬鹿だから」
「なにをーッ!」
自分の手にぶら下がったまま、また小競り合いを始めた二人に、結紀は半笑いのまま頬を引き攣らせる。
いがみ合う二人をそのままにしては、碌なことにならないのは目に見えている。しかし、わざわざ訪ねてきた客人を放っておくわけにもいかない。
仕方ないと結紀は溜息を吐き、二人を一度地面に下ろすと、火花散らす両者の頭に手を置き、髪を梳かすように撫でながら
「んぅ!? ……んふふ。へへっ」
「……んねぇひひっ」
途端に二人とも頬を緩め、
ようやく静かになったと安堵に息を吐く結紀だったが、力が抜けていくのに任せて横になるわけにもいかない。
自分もベッドから立ち上がると、未だに座り込んだままの少年に視線を合わせるように身を軽く屈めた。
「えっと、それで……君、誰かな?」
「……え?」
「へ?」
できる限り圧を感じさせないよう申し訳なさそうに笑みを浮かべた結紀と、思わずといった様子で振り返った少年の視線が正面からぶつかった。
お互いを見つめ合ったまま数拍の沈黙が流れる。
気の抜けた笑みを浮かべたまま固まる結紀。その顔に少年も動けずにいたが、すぐに信じられないものを見たように目を見開くと、大きく開けた口を戦慄かせた。
「なんで……えぇええ!? 君まで!? 君までそんなこと言う? 僕だよ! 君たちと同じAクラスのクラス委員長の
なんかたくさんの生徒が一度に医務室に運び込まれて、その中にAクラスの生徒もいるって知らせを受けたから、僕が代表で様子を見に来たんじゃないか!」
ほらっ、ほらっ、と自分を指さして顔を突きだしてくる少年の顔をまじまじと見つめてみるが、結紀の中に引っかかる記憶は見当たらなかった。
ただぼんやりと、その『枝薙』という珍しい苗字に聞き覚えがあるような……ないような……といった具合だった。
「知らな~い」
「知名度不足」
「えっと、その……はははっ」
復活したユクとココが、肩越しから覗き込みながら冷たく突き放すように告げる。
それを否定することもできず、視線を反らしながら頭の裏を掻き、結紀はバツが悪いのを誤魔化すように笑った。
しかし、いくら幼く見えるとはいえ、さすがにそれで有耶無耶にできるはずもなく、枝薙はその可愛らしい顔をくしゃっと歪めた。
「そ、そんなぁ……」
見るからにショックを受けていますといった様子で枝薙はヨロヨロと後退ると、どんよりと湿度の高い重苦しい空気を背負って座り込み、三人に背を向けて床にのの字を書き始めた。
「いいよ……。どうせクラス委員長なんて言ったって、誰もやりたがらなかったのを押しつけられただけ。所詮はお飾りに過ぎないんだ。そうだよ、僕みたいなのがみんなに覚えてもらえるはずがないんだ。いいよ、いいよ」
そこだけ影が落ちたように暗くなり、ジメジメした空気が淀みだす。
頭上に擬音が浮かんでいそうな顔で涙を蓄える枝薙に、結紀は慌てて駆け寄り、努めて明るく声をかけた。
「そ、そんなわけないだろ! 今回はたまたまだよ、たまたま! 俺たちが特別周りを気にしなさ過ぎなんだ。絶対にみんな君には感謝してるよ。
それに俺たちだってもう忘れない。枝薙だろ? 枝薙! うん、覚えた! もう忘れないな、これは!」
「……なんで名前も覚えてもらえてないような奴が、みんなから感謝されてるなんて分かるんだよ? 適当言ってない?」
結紀の肩がギクリと跳ねる。枝薙のジトッとした目つきに、背中を流れていく汗が冷たくなっていく気がした。
「い、いや、そんなことないって! だって、枝薙はみんながやりたがらないことを引き受けてくれてるんだろ? それってとても立派なことじゃないか!
みんな絶対に感謝してるって、自信持ってこう!
ね、そうだよねッ! 二人とも!?」
ぐりん、と首がへし曲がりそうな激しさで振り返り、結紀は焦りにギラついた目で通信制限がかかりそうな勢いのアイコンタクトを二人に送る。
しかし上手く伝わっていないのか、二人は同時にコテンと小首を傾げて『?』マークを頭に浮かべた。
「あぇ? …………あぁ、そういうこと?」
しかしそれも束の間、いち早く意図を察したユクがポンと手を叩き、輝かしいばかりの笑みで頷くと、元気のいい晴れやかな声で答えた。
「うん――アタシは思わないかな!」
夏の太陽を思わせる快活な陽気が場を照らした。
しかし、そこに流れる空気は荒野のごとく乾き切っていた。
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