04話


 あまりにもあんまりなことを自信満々に言い切ったユクに、唖然と固まった結紀ゆうき枝薙えだなぎを放置して、状況を理解したココもなるほどと頷き、続いて口を開く。



「自己分析不足、思考力欠如。とりあえず――ベッドはある、楽になっちまえよ」


「頼んだのは援護であって、トドメじゃないんだよなぁ……」



 援護射撃を求めたら背後から頭を撃ち抜かれた結紀は、心の内でさめざめと涙を流しながら天を仰いだ。


 しかし、このまま消沈しているわけにもいかない。


 見るまでもなく、撃ちだされた言葉の弾丸は結紀を貫通して、枝薙まで見事に撃ち抜いていた。

 いや、どちらかという枝薙に向けて放たれた弾丸が、たまたま射線上にいた結紀にまで襲いかかってきたという方が正しいが……。


 ――どっちにしても致命傷だよな。


 すなわち火急な治療処置が必要であり、とりあえず何か言わないと、この重苦しい空気に耐えれそうになかった。



「えっと……これは違うんだ。別に君を貶すとかそういう意図はなくて、なんて言うのかな……そう、二人はちょっと気が動転してるんだ。ここに運び込まれるときに色々あったから、その影響が残ってる……なんて」



 弁明をすればするほど、猜疑さいぎ的な色が深まっていく枝薙の目に、結紀はしどろもどろになりながら身振り手振りを交えて言い繕う。


 なんとか場の空気を和ませようと右往左往する姿に何を思ったのか、横目でその様子を眺めていた枝薙はもう一度盛大に溜息を吐くと、徐に立ち上がった。



「……はぁ。いいよ、そんな無理に慰めてくれようとしなくても。自分のことだから、どんな風に見られてるかくらいは分かってるから。

 ……でも、一応その……気にかけてくれて……ありがと」



 若干卑屈っぽくなりながらも笑った枝薙に、結紀も慌てて姿勢を戻して答えた。



「いや、こっちの方こそ。なんか、ごめん。心配して、わざわざ様子を見に来てくれたのに、変に空気を悪くして……」


「ううん、謝ってもらうことなんてないよ。突然押しかけるみたいになったから、警戒されるのも当然だし。そんな簡単なことに頭が回ってなかった僕の方こそ悪かったよ。申し訳ない」



「いや、俺たちの方こそ」


「いやいや、こっちだって」



「………」


「………」



 互いに譲らず、無言のまま見つめ合う。


 どちらがより腰を低くできるか……日本人のさがというのは覚者かくしゃとなっても抜けないらしい。


 先に視線を逸らしたら負けだと、おかしな競争意識で張り合っていた二人だが、その何とも言えない空気に耐え切れず、どちらともなく噴きだすように笑っていた。



「ぷっ、くっ、はははっ!」


「ぷふっ、くく、ははっ!」



 穏やかな空気が流れ頃には、二人の間にあった見えない隔たりは、その緩やかな空気に流されるように消えていた。



「はーっ……笑った、笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ」


「うん、僕もだ。なんか色々とどうでもよくなっちゃった」



 腹を抱えたり、浮かんだ涙を拭ったりしていた姿勢を正し、二人は正面から向き合うと、自然と手を握り合っていた。



「じゃあ、改めまして。俺は名子残結紀なこごりゆうき。名前で呼んでもらえるとありがたいかな。苗字にあまりいい思い出がないんだ」


「分かった。さっきも言ったけど僕も改めて、枝薙えだなぎつくね。僕は名前がその……ちょっとあれだから、できれば苗字で呼んでもらいかな」


「そうかな? いい名前だと思うけ」


「――美味しそう!」



 穏やかに続きそうだった二人の会話は、背後から飛びかかってきたユクの快活さに引き裂かれた。


 背中からの衝撃につんのめり、結紀は慌てて踏ん張った。その瞬間、今度は後方に手を引かれて、よろめきながら数歩下がる。


 まるで打ち合わせでもしたかのような絶妙なタイミングだった。


 ユクを背負ったままココに手を抱え込むように繋がれ、結紀は白黒させながら枝薙から距離を取る形になった。



「有名無実。……でも、響きは合格」



 ユクに続いてココの声が割り込んでくる。


 二人の声音に先ほどまでの作られた刺々しさはなくなっていた。

 ただ、どことなく突き放すような印象はより強まっているようにも感じる。


 まるで、お気に入りの遊具を横取りしようとした余所者に、所有権を主張するような警戒心を結紀は声の裏に感じ取った。



「はは……じゃあ、これから中身も伴うように頑張るよ。でも良かった、君たちはそこまで大事になってないみたいで。一緒に運び込まれた人たちはまだ目を覚まさないし、今もずっと魘されてたみたいだから心配してたんだ」


「……あっ。そ、そうだ! 他の! 他の人たちは無事だったのか!?」



 急に声を荒げて肩に掴みかかってきた結紀に、枝薙は目を丸くして、揺さぶられるまま何度も頷いて返した。



「ぶ、無事とは言えないけど、致命傷はいなかったみたいだよ。手とか足がなくなった、とかそういう人もいないって。目が覚めたら各種検査して、それが終わったら今まで通りの生活に戻れる、って話だけど……」


「そ、そっか……良かった……」



 その返答に、結紀は大きく息を吐いて肩から力を抜いた。

 まるで震災時に我が子の安否が確認できた親のように、張り詰めた形相がにわかに緩んでいく。


 その鬼気迫る勢いからの急激な変化に気圧され、目を白黒させていた枝薙は、まだ肩を掴んだままの手に自分の手を重ね、肉食獣の機嫌を伺うような慎重さで尋ねた。



「その……もしかして、大切な人が巻き込まれたとか……そういうこと?」



 恐る恐ると絞りだされた枝薙の声に結紀はハッと顔を上げ、慌てて手を離した。



「ご、ごめん! 急に掴みかかったりして」


「いや、大丈夫だけど……」



 結紀の誤魔化すような愛想笑いに、枝薙の疑念の浮かぶ視線が向けられる。


 問い詰められたわけではない、ただ黙っているのがなんとなく苦しくなってしまい、結紀は降参するように両手を上げて口を開いた。



「いや、本当にそういう人がいたわけじゃないんだ。それどころか知り合いも一人もいないし、彼らのクラスさえ知らないよ。

 ただ、その……嫌なんだ。蚊帳の外にいるのが。自分の知らないところで、何もかも手遅れになっているなんて……そんなことはもう二度と……」



 ふとした拍子に開いてしまった古傷の痛みに耐えるような、自虐と後悔の入り混じった声音だった。


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