07話


 §   §   §



『――〓〓〓はいるよ』



 子どもの頃、何もない空間に向かって話しかける友人を見たことがあるだろう。


 彼らは親しげに、楽しげに、その人物について事細かに説明してくれたはずだ。

 目の色、髪の色。容姿に声音。果てはその肌の温もりまで……。


 だが、それを他人が見ることはできない。

 ましてや触ることなどできるはずもない。


 ――自分にしか見えない友人がいる。


 その事実に直面した時、大半の子供はその存在の希薄さに気づくことになる。


 ――イマジナリ―フレンド、解離性同一性障害、IF空想の友人――。


 様々な名で呼ばれてきたそれは、一昔前までは幼少期のある一定条件下で現われる、一種の本能的な、自己防衛や精神的成長を促すための心理的な働きと考えられていた。


 しかし、ある日を境に世界中で青年期にいる者たち、あるいはそれを過ぎた者たちからも、その存在が今もなお確かに存在していると、報告が上がるようになった。


 同時期、自然科学界において、ある発見がされる。



 曰く――人の意識は物質に影響を及ぼす。



 物質を観測した時、その対象が意識下に置かれる前と後でその性質が変化していることが分かったのだ。


 これは、それまでの常識のすべてを覆すほど大きな発見だった。

 その衝撃は科学に止まらず、哲学、数学、歴史、果ては宗教、神学にまで及んだ。


 それも致し方ないことだろう。これまで身体の内で行われる電気信号の交信とされていたものが、体の外、つまりは外界に繋がっていたのだから。


 そして、この発見からほどなくして、精神には肉体と同じように外界に働きかける不可視で、非物質の体のようなものが存在すると定義された。


 学者たちはこれを、神智学における知性や心が実体化した存在『自我の身体』と同義のものであるとし、その名称を引き継ぎ『Manasマナス』と名づけた。


 しかし、この『マナス』が外界に影響を及ぼしていることはボンヤリと分かってはきたが、それがどういったプロセスによってなされているかは判然としなかった。


 そこで、ある学者がアプローチの方向を変える実験案を打ちだした。


 曰く、『マナス』が起こした現象を観測するのでは、個体差などによって観測の結果に大きくが生じる。

 故に結果ではなく原因。『マナス』そのものを観測し、コントロールすることでそのプロセスを解明するべきだと、そう提唱したのだ。


 この提唱は大きく支持されることとなる。科学者たちはこぞって被験者を募り、心理学を中心に、様々なアプローチの精神実験を行っていった。


 実験は順調かに見えた……しかし、すぐにこの方法に潜む大きな問題に直面した。

 それは、『マナス』が反応した実験のすべてが、精神的苦痛を伴うものということだった。


 多くの被験者は実験の影響により何かしらの心的外傷トラウマを負い、少なくない数の精神異常者を生みだした。

 最悪のケースでは廃人となったという記録まである。


 さらに、原因不明とされる火災や感電などの現象が被験者の周りで頻発したことも、実験に対する信頼性を著しく損なう原因となった。


 公的な理由としては倫理的な観点から、すべての実験は早急に中止。


 これにより『マナス』に関する実験は完全に頓挫した……表向きには。


 ――倫理、人権、命。


 それらを損なうという人間の善性に訴えるだけの理由で、『マナス』に関する実験のすべてを止めさせるには……あまりに弱かった。

 それほどに、あらゆる観点から見て『マナス』というものは魅力に満ちていた。


 さらに、元より他人ひとのことなど考慮に含まない気狂い《マッド》からすれば、そんなことはの結果だった……『マナス』に莫大な金の匂いを嗅ぎつけた好事家にとっても……。


 最早、流れを止められる者はいなかった。


『マナス』の研究は人目を避け、闇の奥深くに沈みながらも、着々と進められてこととなる。


 時は流れ、多くの実験体が消費され、非人道的な実験の果てに壮絶な末路を辿り、通った道の後には大量の骸が折り重なった頃。



 ついに――見つけ出されることになる。



 確実に『マナス』を観測しつつ、それが引き起こす現象をコントロールする方法。

 人間の悪性を積み重ね、数多あまたの命を磨り潰し、血と臓物と慟哭を煮詰めた果てに、ようやく人は――『マナス』に形を与えることに成功した。



 ここに、『人工精霊:Tulpaタルパ』は産み落とされた。



 しかし、学者、研究者たちは見落としていた……いや、分かっていながらも問題なしと判断したのか……どちらにしても、当時のことを確かめる術はもうない。


 なぜなら、あの血に塗れた地獄の時代を作り上げた気狂い共は、その末端に至るまで、生き残っている者は一人としていないのだから……。


 彼らがどうような人生を歩んでいたのか、詳しい情報は残っていない。ただ、あの実験に関わった者は皆、不審な死に様を晒したことだけが伝わっている。


 一切火の気のない場所で突如として炎に包まれて焼死した者、なんの前触れもなく重力に押し負けたように上からプレスされて圧死した者。


 その最期に一貫性はなく様々だった。


 明らかに異常な死によう。しかし周辺に人がいた記録は一切ない。

 ただ、現場を見た者は口を揃えてこう言ったという――。



『あの現場には明確な悪意があった。自然現象や偶然の産物ではない。あれは紛れもなく、人の憎悪がもたらした――殺人だった』と。



 その証言が眉唾の世迷い事の類ではなく、ある種の直感とも言うべき、人が忘れて久しい種の防衛本能が知らせた警鐘だったと知るのは、それからしばらく後になる。


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