15話


 その真意を掴むことができず、小貫おぬきは固まった。


 しかし、すぐに止まっていた思考を無理やり回しだす。どうしてだとか、なぜ今だとか、そんな逡巡は無駄だ。そんな余計なことを考えている暇はない。


 すぐにでも答えなければ、また、あのが……!



「お、おそらく念動力サイコキネシスの一種だと思われますッ!」


 小貫はなんとかそれだけを絞りだすことができた。


 それに対して、イエスもノーもなく、昧弥まいやは静かにティーカップを机に置くと、頬杖をついて足を組みなおす。


 感情の乗らない冷徹な視線が向けられているのを感じながらも、それに目を合わせることなどできるはずもない。


 高々数拍の間が、永遠の責め苦に感じられた。

 視線の当たった部分から腐り、溶け落ちるような感覚を覚えながらも、小貫は必死に姿勢を保ち続けた。



「……その理由は?」



 痙攣するようにビクついている小貫を試すように、昧弥からの静かな問いが続く。



「はいッ! 講師が気絶させられた際に酸欠の見られました! そこから推察して、念動力サイコキネシスによって気道を塞がれたものと考えました。

 あと、念動力サイコキネシスなら、最初の扉が破壊されことにも、説明がつく、かな、と……」



 最後まで声に張りを持たせることはできなかった。


 言葉を一つ重ねるたびに、自分に突きつけられた死神の鎌が食い込んでくるようで。小貫は喘ぐように途切れた言葉を、投げやりに吐き捨てて口を閉じた。


 喉を鳴らして唾を飲み込むが、緊張が荒縄のように首を絞め上げてきて、呼吸も儘ならないまま昧弥の言葉を待った。


 時間にすれば、ほんの数秒。

 徐に吐きだされたのは小さな鼻息だった。



「――ハズレだ。下作が」


「――ッ!? がッ! ぎぃいいぎゃがぁあああ!!!」



 途端、小貫の口から慟哭が溢れた。


 立っていることができず、頭を抱えながら地面でのた打ち回る姿を、昧弥は冷酷な瞳で見下ろした。


 頭の中をミキサーにかけられているような頭痛。一秒ごとに意識も自我も、自身を形成する何もかもが削り取られていく耐えがたい激痛に、小貫はもはやここがどこなのかも、自分が誰なのかも分からなくなっていた。


 しかし、その声だけは澄んだ冬空に青褪める満月のように明瞭だった。乾き切った砂地に水を垂らすように、鼓膜を打った音が抵抗なく脳に染み込んでくる。


 その声を聴くことだけが、小貫に許された最後の寄る辺だった。



「まず、念動力サイコキネシスで何らかの方法で気道を塞いでの窒息では、あそこまで急激な酸欠には陥らない。

 加えて、念動力で《サイコキネシス》の場合、ドアを破壊したような爆発まがいの現象は考えづらい。念動力サイコキネシスの場合、何かで殴りつけたような跡が残るのが一般的だ」



 滔々と語られる内容に、殻木からきは地面に顔をへばりつかせながら息を呑んだ。


 ――このアマぁ、気づいてやがるッ!


 自身のカルマ、その秘匿性には密かに自信を持っていただけに、それをたった一度の行使で見抜かれたことに驚愕を禁じ得なかった。


 同時にこれ以上、自分の業の性質をぺらぺらと吹聴されてしまっては、今後の活動に大いに支障をきたす。


 ――こいつぁ使いたくなかったんだが……背に腹は代えられねぇ!


 殻木はあらかじめ手の内に握り込んでいた、三センチ程度のプラスチックのカプセルを、自分とダニアの中間にいくようピンッと指で空中に弾き上げた。



「そこから考えるに、こいつの業は空気に己のマナスを」



 ――バァン!!



 昧弥の言葉は、突如として響いた凄まじい爆発音によって掻き消された。


 それとほぼ同時に、ダニアの体が凄まじい勢いで上方へと打ち上げられる。いや、正確には弾き飛ばされたようにしか見えない速度で、ダニアは地面を蹴って上空へと身を躍らせ、その衝撃の範囲外へと逃げおおせていた。


 しかし、それは殻木の拘束が解かれたことも意味していた。



堺昧弥さかいまいやぁ! アンタに闘禅とうぜんを申し込む!」



 自由になった瞬間、殻木は獣のような俊敏性で動いていた。


 四ツ足で地面を蹴り、床でのた打ち回る小貫の服を引っ掴むと、そのままの勢いで滑るようにして距離を取る。

 小貫を背に庇い、両者の間に立ち塞がる姿は、傍から見れば弱者を守る善性を体現しているように映るだろう。



「オレの友人がぁ、虐められてんのをこれ以上黙って見てらんねーぇんだわ」



 そして殻木はそれをしっかりと理解しており、むしろそう見えるように立ち振る舞いを調節していた。


 震える手足を抑えつけているように、恐怖に縮み上がる精神を滾らせているように、悪を見逃すことのない正義の炎を目に宿しているように。


 一挙手一投足に意識を張り巡らせ、自身を構成するすべてを、公明正大に人道の中央を歩んでいると、偽って見せる。


 ――ここに正義と悪の構図ができあがっていた。



人工精霊タルパァ!」



 それは宣誓のように響いた。


 自身の声が引金トリガーとなり、自分の内側からずるりと半身が零れ落ちるような感覚が殻木を襲う。そこに痛みない。凄まじい虚脱感に眩暈に似た感覚を覚えるが、それも慣れたもの……。



 ――いつの間にか、殻木の背後には拘束具に縛られた人影が浮遊していた。


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