17話
少年は拳を握りしめて、挑みかかるように
その様子に、それまで逃げ腰だった同行者の二人の少女も、仕方ないとでも言うような呆れを含んだ微笑を浮かべ、覚悟を決めて並び立った。
その気配は背を向けたままでもなお如実に、昧弥に対する敵意を感じさせた。
しかし、それにわざわざ昧弥が取り合ってやる義理もない。
故に背後からかけられた幼さの抜けきらない少年の声に振り返ることはせず、深く息を吸い、残り少なくなった紙巻を焦がした。
「おい! 聞いてんのかよ!?」
少年から焦れたように声が上がる。それは不思議と周囲の悲鳴に飲まれることなく、凛とした音で辺りに響いた。
「ちょっと! ユーキが話しかけてんじゃん! 無視するとか何様ぁ?」
「声をかけられたら返事をする。これは世の常識」
少年の声に同調するように残り二人の声が続いた。
三人の声音には厳しい避難の色が聞き取れた――が、それだけだった。
三人にできることは、三者三様の
この悪辣な惨状を作りだしたのが、目の前の少女の形をしたナニかであると確信していながら、詰め寄って指を突きつけて、心が痛まないのかと、良心の呵責を問うこともできない。
どれだけ向こう見ずな義憤に頼って走ろうとも、本能は現状の危うさを的確に察知し、それ以上の無謀を許しはしなかった。
「くそッ! どうなってんだよ……」
「ねぇ、ユーキ。これっていつもの勘なんだけどさ……。コイツ、マジでヤバいよ」
どれだけ意思を込めて一歩を踏み出そうとしても膝が笑うばかりの自分に、
その様子を横目に、褐色の肌に黒髪を短く切り揃えた少女も鼻にしわを寄せた。
本能の
「
少女は小柄な体躯をさらに縮めながら訴える。
鋭く尖らせた目の内で、琥珀色の瞳が不安げに揺れる。その目には、数秒後に自分を飲み込む惨劇がありありと浮かんでいるようだった。
全身を流れていく汗が異様に冷たく感じられた。
せり上がってくる氷水に指先から少しずつ沈んでいき、体の末端から
「――ッ!? 知らない、こんなの……こんなの今までなかったじゃん!」
自身の
――今すぐここから逃げろ、と。
しかしその選択肢は、隣の少年がこの状況に背を向けることがない以上、自分が選ぶこともまたあり得ない。
逃げようと引けそうになる足を叱咤し、嚙み締めた歯がギシと軋みを上げた。
その様子に、結紀を挟んで反対側にいる全身の色素の薄い少女も気怠そうに息を吐き、口元を苦々しく歪めながら微かに頷いてみせた。
「ユクに同意するのは不本意だけど、正直立ってるだけでも苦痛」
「ちょっとココ! 不本意って何よ!?」
黙っていれば儚げな印象の
二人の視線が結紀を挟んでぶつかり火花を散らす。その普段通りのやり取りに、結紀は僅かなりにも気が紛れたのを感じ、強張っている表情が微かに緩んだ。
未だに体は緊張と恐怖に支配されてはいる。それでも確かに浮かんだ笑みに、二人も無理やりにでも口角を吊り上げてみせた。
「正直怖くて仕方ないんだけど……でも、それはこの人たちを見捨てる理由にはならないよな! 二人とも、無茶なお願いなのは分かってるけど……つき合ってくれる?」
「当ったり前じゃん! 一人になろうとしたって許さないかんね!」
「確認不要。貴方がいる場所が、私のいる場所だから」
競うようにかけられた二人の言葉は、明らかに不足している力を補ってくれる勇気を心の底から湧き上がらせてくれた。
顔を見合わせて頷き合い、三人は揃って悪逆に抗うための一歩を確かな足取りで踏みだした。
「……ふむ」
その段になってようやく、昧弥は背後に立つ、矮小な群れを意識の下に置いた。
体を僅かに傾がせ、ゆっくりと煙を燻らせながら肩越しにその三人組を見やる。
どう高く見積もっても、自身に歯向かうには何もかもが不足している未熟な、相手にする価値など欠片もない下作ども……。
にもかかわらず、彼らは常人では意識を保っていること自体が奇跡の空間にいて、恐怖に身を竦ませながらも膝を屈さずにいる。
――その光景が昧弥に一抹の興味を持たせた。
目を細め、三人を一人ひとり検品するように、無遠慮な視線で上から下へ流し見る。
二人の少女は、どちらも一五〇にやや届かない小柄な体躯から幼さを感じさせることを除き、見てくれから纏う雰囲気まで何もかもが対照的だった。
ユクが生命力に溢れた美しさを惜しげもなく外へさらしているのに対し、ココは触れるのが
しなやかな生命力を感じさせ、光を受けて艶めくセミショートの黒髪。絹の生糸を思わせる無垢な色を柔らかく波打たせながら、背の中ほどまで届くロングの白髪。
キリッとした眉と大きなアーモンド形の琥珀色の瞳が目を引く快活な顔つきと、長い前髪が幕のように顔の覆い、その隙間からアメジストのごとき薄紫の瞳が覗く静謐な顔つき。
見れば見るほど共通項など背丈くらいしかないような二人だが、どうにも一人の少年、結紀への好意という点で、競うくらいに想いを同じくしているようだった。
「……なるほど」
三人の様子から、この群れの相関関係を確かに見て取り、昧弥は振り返ることなく、その場に靴底を地面に打ちつけた。
――タンッ
それと同時に、未だに悲鳴を上げ続ける有象無象に取り憑いていた
縛られていた者たちは糸を切られた操り人形のように地面に投げだされ、地に伏してピクリとも動かなくなった。
その様は、物言わぬ
それが怖気を湧き上がらせる光景であるのは間違いない。だが同時に、彼らの現状がどうであれ、これ以上の苦しみに嘆くことはなくなったことも確かだった。
それを素早く理解した結紀は、安堵の息を吐こうとして……息ができなかった。
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