09話


 §   §   §



「随分と好き勝手にしてくれたじゃないか。ええ?」



 本土から遠く離れ、周りは見渡す限りの海。太平洋の只中に浮かぶ島。

 遥かいにしえ、戦国より前の時代。元は罪人の流刑地とされてきたこの場所は、現在では国の手が入り、その様相を一変させている。


 島の面積は本土の首都二十三区とほぼ同等で、島の内部であらゆる社会活動が完結できるように作られている。

 それは、この島に一度入ってしまえば、外と交流を持つ必要はないということ……しかし裏を返せば、外に出す気はないとも取れる。



「教師、及びクラスメイトへの脅迫、並びに暴行。しかも一人は頭蓋を割る重傷だ。荒っぽいことが日常茶飯事の学園ここでも、転入初日にここまでやらかした奴は過去いなかったぞ」



 始まりは日本に多く点在する島々と同じように、千に満たない住人と、特徴的な島の形、自然だけが取り柄のありふれた孤島だった。


 しかしある時、島は国によって買い上げられ、島民は移住を余儀なくされる。


 詳しい説明がされぬまま追い出されるような形になった島民たちだったが、その後の補償が破格だったこともあり、ほとんど不満は出なかったという。



「人的被害だけではないぞ。教室の床や壁、椅子机を含む備品の破壊。およそ三十分にも満たない短さで、いったいどれだけ損害が出たか……修繕費にいくらかかるか考えるだけで今から頭が痛い。どうやったらここまでの横暴さを発揮できるのやら」



 国が島を保有するようになってからの変化は急激だった。


 どのような技法が使われたのか、一月ひとつき後には島は現在の大きさと遜色ないまでに拡大しており、半年後にはインフラまで整備されていたと記録されている。


 噂では人工精霊タルパを使用できる覚者かくしゃを労働力として使用したのではとされているが、噂の域をでない……が、現在の島の用途を考えれば、あながち眉唾とも言い切れなかった。



「確かにここは日本国籍の覚者かくしゃであれば誰であろうと受け入れる。しかし、それは何をしてもいいという免罪符ではない!

 この落とし前、どうつけようと言うんだ?」


 現在の島民、実にその八割がカルマを抱える覚者で構成されている。というよりも、覚者以外の島への上陸は厳しく取り締まられていた。

 残りの二割に関しても、国が認可した特別な資格を持つ公務員のみに限定される……ということになっている。


 つまりここは、超常の力を駆使できる覚者を、一般人の社会から隔離しておくための檻にほかならない。


 事実、日本で業の発現が確認された覚者は皆、特別法によって十五日以内に島への護送が義務づけられていた。



「――聞いているのか!? 界昧弥さかいまいや!」



 とどの詰まり、遥か以前の世より変わらず、ここカルマを背負う罪人が、その果てに流れ着く地獄だった。



「変わらず良い味だ。ダーニャ」


「恐れ入ります」



 しかし、そんな事実は意味をなさない。


 獄中でなお優雅にティーカップを傾け、従者を労う昧弥に、ダニアは一歩下がって侍りながら、僅かに頬を緩めて小さく頭を下げる。

 まるで余人が入り込む隙など存在しない二人の空間。しかし、その完璧な絵図を破壊しようとする意志に満ちた怒号が部屋を揺るがした。



「話を聞け!」



 ダンッ、と拳が木板を打つ。緻密に美しい彫刻が施されながらも、重厚な頑強さを感じさせるテーブルが、その一撃によって悲鳴を上げて震えた。


 その騒音を横目に、昧弥は鬱陶しそうに口を開く。



「大きな声を出すな。そう怒鳴らずとも聞こえている」



 昧弥は足を組みながらアンティーク調の木椅子に腰かけ、ゆったりと背もたれに体を預けて声の主を睥睨する。


 やや赤みを帯びた茶髪が高い位置で括られ、ポニーテールの毛先が肩甲骨の辺りで揺れる。

 仕立ての良さが一目で分かる黒のスーツで身を包んだ道祖夕里みちのやゆりは美しい顔を怒りに歪めながら、鋭い視線で不遜に座ったままの昧弥を見下ろした。


 元は涼しげな印象の美麗な顔立ちであろうに、今は見る影もなく怒りによって燃え上がり、物理的な圧迫感を生じさせているほどだった。


 しかし、そのような怒りの熱風程度で昧弥を揺るがせる筈もなく、胡乱な目を向けていた……かと思うと、何かを悟ったようではたと顔を上げた。



「いや、違うか。大きな声を出しているつもりはないのだな? これはすまない、貴様のことも労わってやらねばならなかったようだ。

 ダーニャ、彼女にも紅茶を。ああ、言わずとも分かっているだろうが、温めでな? あまり熱いものを出して、ぽっくり逝かれては敵わん」


「承りました」


「いらんッ!」



 まるで反省の見えない態度に道祖は怒鳴り返し、大きく息を吐きながら頭痛を和らげようと米神を指で揉んだ。



「その態度だけでも問題だというのに、お前という奴は……いったい何なんだッ!?」



 聞きようによっては悲鳴とも取れる声を上げ、道祖は脱力しながらドカッと椅子に座り直すと、机の上の資料に目を向けた。


 そこには昧弥がこの島に上陸するにあたり、先んじて調査された彼女のカルマ人工精霊タルパについての情報が纏められている。



カルマの詳細は不明、人工精霊タルパに至っては検出すらできなかっただと? ……お前、いったい何をした?」



 道祖は調書の内容を確かめるように指でなぞり、睨みを効かせる。それに対して不遜な態度を変えず、昧弥はティーカップをダニアに下げさせながら返した。



「これからは検査所にはお上品にでも飾っておくんだな。はなから話にならないのなら、漏らさないだけ人形の方が幾分かだ」


 つまり貴様らはクソだ、と言外にのたまい、昧弥は口角を吊り上げる。あからさまな挑発に道祖は静かな怒りを腹の底に溜めながら、平坦な口調で返した。



「……彼らは国が認めた資格を持つ専門家プロフェッショナルだ。彼ら以上にマナスや人工精霊タルパに精通している者はいない。彼らがどれだけ狭き門を通ってきているか知らんだろう?」



 道祖の定型的な返答を昧弥は鼻で笑った。



「だから貴様らは下作だと言うんだ。資格に意味などない。物事を外からしか見ない、教科書との答え合わせしかできない貴様らには、その程度が限界ということだ。

 所詮は人工精霊タルパのなんたるかも理解できない愚物。貴様らごときで私を測ろうなどと……思い上がったものだな」



 昧弥が頬杖をつきながら目を細める。その瞳に戦意は欠片も含まれていない、そこにあるのは眼前を無遠慮に飛び回る羽虫に対する乾き切った殺意のみ。



 ――虫と戦う人間などいはしない。


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