シャーロット、お城へ行く

 王都を一望できる王宮最上階の貴賓室バルコニーから、馬車で渋滞する大通りを見下ろした第三王子フレッドは満足そうに頷いた。


「俺のシルビアを求めて、これだけの民衆が王都に詰めかけている。シルビアをいつまでも聖女候補に留める聖教会の連中に、今度こそ聖女と認めさせよう」


 次期国王と呼び名の高かったフレッド王子だが、最近は必要な書類を大量紛失したり、招待した国賓の歓迎行事に半日以上遅刻・ダブルブッキング。

 極めつけは新婚旅行で王都を訪問した、隣国の公爵夫人を酔い潰して関係を持つ不祥事を起こした。


「書類紛失もスケジュールダブルブッキングも、無能な部下がやらかした事だ。それに俺より七歳年上の若作り公爵夫人に多額の慰謝料と公式謝罪させられるなんて、こっちの方が被害者だ」


 フレッド王子は部下に責任を押しつけているが、本当は事務とスケジュール管理を行っていた従者扱いダニエル王子がいなくなり、フレッド王子の無能さが表面化した。

 この機に乗じて、揚げ足取りの上手い狡猾な第二王子マーチが、フレッド王子を声高に批判している。

 そしてシルビアの姉を辺境に連れ去ったダニエル王子は、国王へ密かに貢ぎ物を送っているという。


「役立たずの部下に、俺の邪魔をするマーチと国王に媚び売るダニエル。だが優秀な俺は豊穣の聖女シルビアの後見人として、民衆を味方に付ける。どうだ、素晴らしい計画だろう、マックス」

「はい、フレッド殿下の優れた慧眼、恐れ入ります」


 フレッド王子の後ろに控えた、美しく磨き上げられた白銀の鎧に鮮やかな青いマントを羽織った近衛兵マックスが、キビキビとした声で返事をする。

 半年でフレッド失態の責任をとらされて従者が次々辞め、下っ端近衛兵のマックスがフレッド側近まで上り詰めていた。

 まれにみる立身出世だと本人も周囲も喜ぶが、実はこれが運命の歯車が狂うきっかけになる。



 *



 春と秋に開催される、王族主催の豊穣祭および舞踏会。


 特に秋の豊穣祭は、この地に恵みをもたらした豊穣の女神への感謝とサジタリアス王国の未来永劫の繁栄を願う大切な行事だった。

 そして五十年ぶりに現れた、数年後には確実に豊穣の聖女となるシルビア・クレイグが参加する。

 さらに豊穣の女神に瓜二つと噂される、辺境伯令嬢アザレア・トーラスも王宮に招かれていた。

 シャーロット達を乗せた馬車は巨大な跳ね橋を渡り、白い大壁と深い堀に囲まれたサジタリアス王宮の中へ入る。

 車窓から花の都と称される王国の素晴らしい庭園を眺めていたシャーロットは、さっきの大渋滞から、いつのまにか馬車が一台だけになったのに首をかしげる。


女神アザレア様、他の馬車は途中の広場で停まったのに、この馬車はどこまで行くの?」

「広場で停まったのは公爵家の馬車よ。五大貴族トーラス辺境伯は、王宮正面に馬車を停めることが出来るの」


 殆どの貴族が、広場に馬車を停めて、白い大理石の道を歩いて王宮正殿に向かう。

 正殿真横に馬車を停めたシャーロット達は、煌びやかなドレスを身にまとった貴族達のパレードを眺めることが出来た。

 そして貴族達も、花びらを模した七色の宝石がちりばめられた豪奢な馬車見て足を止める。


「あれはトーラス辺境伯家の馬車。辺境伯が王宮のパーティに参加するとは珍しい」

「しかし最近魔獣が増えて、辺境伯は北山脈の要塞から動けないはずだ」


 身分の高い五大貴族は、貴族達のパレード最後に王宮へ入る習わしがある。

 御者が声をかけて馬車の扉が開かれ、アザレアは優雅な仕草で皆の前に姿を現す。



「辺境伯の馬車から女性が出てきた。ああっ、なんて美しい艶やかな黒髪だ」

「アザレア様は病弱で、これまで人前に出ることは無かった。しかし今日はとても血色が良く、瑞々しい薔薇色の頬に深紅のドレスがよく似合っている」

「彼女がアザレア様? 少し女神に似ているどころか、まるで女神様が地上に降り立ったような、なんて尊いお姿でしょう」


 彼女の姿は大聖堂に祭られた、人々に愛と豊穣をもたらす女神と瓜二つだった。

 それもそのはず。

 上級薬草で健康を取り戻しダニエル王子とのお付き合いが始まり、恋する乙女状態のアザレアは全身から幸せオーラを発している。

 アザレアが人々の視線を釘付けにしている間に、シャーロットはこっそり馬車から降りる。


「彼女が辺境伯令嬢アザレア・トーラス? 美しくなったという言葉では足りない、まるで生まれ変わった豊穣の女神の化身だ」


 アザレアの周囲で騒いでいた貴族達が、彼の声を聞くと一斉に静まりかえる。

 王宮入口から数名の従者連れで現れた第三王子フレッドは、アザレアに魅入られたように突然駆けだした。


「お待ちください、フレッド殿下!!」


 護衛のマックスは慌ててフレッド王子を止めようとするが簡単に振り切られ、その姿を大勢の貴族が目にした。

 二ヶ月前に隣国公爵夫人との不祥事を起こしたばかりなのに、第三王子は女狂いではないかと疑念を持つ。

 うわごとのように何か叫びながら喜色満面で迫ってくる第三王子に、アザレアは身の危険を感じて後ずさる。


「どうしたの女神アザレア様。この人は誰?」


 獣のように近づく男の前に、アザレアをかばうように小柄な少女が飛び出してきた。


「シャーロットちゃん、このお方はサジタリアス王族・第三王子フレッド殿下よ」

「どけ、邪魔だ子供。俺の前に偉そうに出てくるな!!」


 アザレアに抱きつこうとして阻まれたフレッド王子は、苛ついて腕を振り上げる。

 しかし深い森で魔物を狩って戦闘力の増したシャーロットは、アクセサリーの腕輪を拳に巻いてナックルにすると、七角鬼バッファローを仕留めた豪腕で王子の腹に狙いをさだめる。

 王族すら恐れないエレナは、背後から飛び蹴りを喰らわそうとした。


「シャーロットちゃんエレナも、手を出してはダメ。フレッド殿下はダニエルのお兄様よ」


 間一髪、アザレアは後ろからシャーロットを抱きしめて凶行を阻止する。

 目の前の子供を張り倒そうとしたフレッド王子も、シャーロットの名前を聞くと動きを止めて不思議そうに首をかしげる。


「シャーロット、まさかシルビアの姉の貧相シャーロット? 痩せたゴブリンのように貧相な娘と母親から聞いたが、話と全然違う。シルビアそっくりの美少女ではないか」

「貴方がダニエル王子のお兄様。初めまして、私は、クレイグ伯爵家長女・シャーロットと申します。」


 シルビアと同じ愛らしい顔に海の底を思わせる碧い瞳と、艶やかに波打つハニーブロンドの髪、ドレスの裾を軽く持ち上げ洗練された仕草で挨拶する。

 シルビアの母親から、シャーロットは野蛮な娘だと聞かされていたが、ひとつ年下のシルビアより礼儀作法が身についている。 


「フレッド殿下、その娘から離れてください。クレイグ伯爵家のシャーロットは《老化・腐敗》呪い持ちの悪魔。ひと目見ただけで一年寿命が縮みます!!」


 純白の法衣に紫色の五本線の縁取り、高位の准神官が大声で叫ぶ。

 女神への神事を兼ねる舞踏会には高位の神官も招待され、准神官はシルビアの母親からシャーロットの悪い噂を色々吹き込まれていた。

 呪いと聞いた人々は悲鳴を上げて逃げ出し、フレッド王子も汚物に触れたかのようにシャーロットから離れると護衛騎士の背後に隠れる。

 シャーロットの周りは、ぽっかり穴が空いたように人が居なくなる。

 その時、黄昏の薄暗い空から大きな羽ばたきが聞こえ、黒い巨大な影が人々の頭上に迫る。


「うわぁ、逃げろぉ。魔獣が襲ってきた!!」 

「王宮に魔物があらわれるなんて。そうか、呪われたシャーロットが魔獣を呼び寄せたんだ」


 空から現れた魔物は、鋭くとがった鉤爪の前足と恐ろしく太い猛獣の後ろ足で、頭上を旋回する。

 フレッド王子は逃げる貴族達を押しのけ、一目散に王宮の中へ避難した。

 シャーロットを罵った准神官は、ブルブル震えながら馬車の影に隠れる。

 その場に残ったアザレアとシャーロットは、微笑みながら空を見上げる。


「ダニエルは、なんとかギリギリで間に合ったみたいね」

「でもグリリン(グリフォンの名前)何回も王子を落としたから、ちゃんと着陸できるかな」


 逃げたフレッド王子と入れ替わりで、全身ミスリル鎧で身を固めた近衛兵が武器構えてシャーロット達を取り囲もうとする。


「下がれ、お前達の目は節穴か。サジタリアス王家・第五王子ダニエル殿下が、王獣グリフォンを伴い御到着する。武器を収め、臣下の礼でお迎えしろ」


 シャーロットのダンスパートナーとして軍服を模したパンツスーツを着たエレナが、近衛兵達を怒鳴りつける。

 四聖の威圧と最高級スーツ姿のエレナを、ダニエル王子の従者と勘違いした近衛兵は慌てて王宮正面に整列する。 

 エレナはグリフォンの好きな神羅鹿の乾燥肉を足元に置くと、シャーロット達を後ろに下がらせる。

 バッサバッサと巨大な翼の羽ばたきで周囲の木々が大きく揺れ、伝説の生き物と称された王獣グリフォンが地上に舞い降りる。

 その背には王族のみが纏うことの許される青紫のマントをはためかせ、グリフォンの手綱を握る青年がいた。

 燃える炎のような深紅の髪に眼光するどい赤紫の瞳、地味な黒と灰色の騎乗服を着ても長い手足に引き締まった体格がよくわかる。

 アザレアがハラハラしながら見守る中、幼いグリフォンは神羅鹿の乾燥肉を狙って、前のめりになりながら、王子を振り落とさないで無事着陸した。

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