第5話 中の人、真夜中に食糧調達する。2回目
次の日の深夜、僕はシャーロットの中の人として再び目を覚ます。
『どうやら僕とシャロちゃんは、夜中に意識が入れ替わるらしい』
今夜もシャーロットはお腹を空かせていた。
夕食に小骨の多い魚が出されて、殆ど食べることが出来なかったのだ。
そういえば今日は灰色の髪のメイドの代わりに、痩せた執事が食事を持ってきた。
シャーロットをまともに世話してくれた乳母が急病で亡くなると、母親や身内の者、召使いすら老化と腐敗に呪われたシャーロットに近づこうとしない。
しかもシャーロットの姿を見るだけで寿命が一年縮まる。と噂を広げているのは実の母親。
『シャロちゃんの《老化》は、一日五時間寿命が短縮するだけだ。母親が老けて見えるのは、夜遊びによる寝不足で肌荒れと暴飲暴食による太りすぎが原因で、シャロちゃんのせいじゃない』
育児放棄されたシャーロットは、一日の半分をやることがなくベッドで寝て過ごし、昼前に起きる。
一日二回、昼と夜に不味い手抜き料理を与えられる。
毎日着替えはするけど、風呂は三日に一回、メイドが直接肌に触れたがらずお湯につかるだけで綺麗に洗えていないし、伸び放題の髪は毛先が絡まって櫛が通らない。
でも今はシャーロットの栄養失調状態を改善するのが最優先だ。
『さて、今夜の食材調達に行こう。シャロちゃんは将来巨乳美少女になるんだから、もう少し太った方がいい』
僕は昨日よりスムーズに、鍵穴をピッキングして扉を開けて部屋の外に出る。
埃っぽい廊下と長い階段を迷うことなく進み、赤い絨毯の敷かれた廊下の向こうにある厨房の前にたどり着く。
扉を開けて中を覗くと、今日は酔っ払いコックの姿は見えなかった。
僕は厨房に入り、このチャンスを逃すまいと中を隅から隅まで探索する。
テーブルの上に置かれた、大きくて丸い形のカンパーニュ風パンを見つける。
かまどの上の大鍋には、大きな肉切れと色とりどりの野菜が煮込まれたスープ。
食の細いシャーロットが食べられる量を密封できる蓋のついた瓶に移して、椅子の上に置かれた背負いカゴの中に放り込んだ。
『そうだ、お上品なシャロちゃんのためにナイフとフォークを用意しないと』
昨日のシャーロットの記憶が蘇った僕は、食器棚に向かう。
引き出しの中に無造作に投げ込まれた銀色のスプーンとフォークを数本、コートのポケットに入れる。
今日は背負いカゴに食材を入れたから、両手が開いている。
僕は大鍋のそばに置かれていた生卵を両手に持つと、食材調達を終えて厨房を出る。
帰り道は五階までの階段昇降に加え、両手に持った生卵をつぶさないように気を使い、再び疲労困憊になりながら部屋にたどり着いた。
少し休憩して、急いで調理に取り掛かる。
棚に飾られた陶器の蓋つき菓子器を鍋の代わりに暖炉の上に置いて、ごろりと大きな肉と彩野菜のスープ、さらに卵を割り入れる。
『夜明けまで鍋を数時間放置、シャロちゃんが目を覚ました頃にはじっくりコトコト煮込まれた柔らかいお肉と野菜のスープが出来上がる』
パンはシャーロットが食べる分だけ薄くスライスしてテーブルの上に置いた。
シャーロットの腐敗の呪いで料理がすぐ腐るけど、スープはぐつぐつ煮込んでいるし、数日保存がきくカンパーニュ風の茶色い田舎パンなら朝まで大丈夫だ。
『さてと、今日は食料調達がスムーズに出来たから、夜明けまではまだ時間あるぞ』
僕は中をぐるりと見渡し、ベッドの反対側の壁一面に並べられた、子供部屋には不釣り合いな分厚い本の並んだ本棚に向かう。
シャーロットの父親は半年に数回しか帰ってこないが、シャーロットに会いに来ると本棚の前で数時間は本を読みふけっている。
試しに本を一冊開いてみたが、日本語でも英語でもない、この世界の言葉で書かれている。
育児放棄されたシャーロットは、自分の名前と数種類の単語を書ける程度で、とても知識が少ない。
『月に数回、風変わりな家庭教師が来るけど、教えるのは歌とダンス。ある程度文字を知らないと魔道書が読めない』
そう、ここは魔法が存在する異世界。
現状シャーロットは、まともに文字も読めない状態けど、将来お屋敷が焼かれる悲劇から逃れるために、今から魔法を勉強したい。
二つ星火属性魔法を強化・限界突破でレベル上げ、できれば魔力六つ星の妹シルビアと同じくらい強化させたい。
最終目的はクソ勇者とのバトルに勝って、脱ハーレム・自由の身になること。
その時、僕はふと、ある疑問がわき起こる。
ゲームでは主人公はシャーロットより五才年上だった。
勇者の恋人である妹シルビアが存在するなら、彼もこの異世界のどこかに居るはずだ。
『そういえばゲーム勇者はヒロイン全員と関係を持つのハーレム設定だけど、この世界でも未成年者や獣娘、既婚者や女王とのハーレムが許されるのか?』
ゲームでは平民出身の冒険者が、豊穣の女神の神託で勇者に選ばれて、冒険をしながらハーレムを築いた。
でも現実的に考えて、元平民の勇者が魔王を倒す前から、一国を治める王女や旦那のいる三人の子持ち主婦とハーレムなんて倫理的に無理だよな。
そういえばこの世界、モンスターや魔王はいるのか?
そんなことをつらつらと考えている間に、暖炉の上にのせた鍋の蓋がカタカタと踊り出し、煮込まれたスープの美味しそうな匂いが漂ってくる。
もうすぐ夜が明けて、僕とシャーロットは入れ替わる。
僕は暖炉の火を消して湯たんぽを抱え、ベッドに入ってもう一度本を読もうとしたけど、不意に眠気に襲われる。
『大丈夫、僕がシャロちゃんを守るから、勇者には指一本触ら、せ、ない』
まだ朝早く、目を覚ましたシャーロットはベッドから飛び起きる。
いつもは母親に怒られたり乳母が死んだ悲しい夢を見るけど、昨日と今日、シャーロットは不思議な夢を見た。
夢の中のシャーロットは自分で暖炉に火を点けて、ヘアピンで扉の鍵を開ける。
この一年間、子供部屋から出たことないのに、夢の中でシャーロットは厨房にしのびこんで食材を持ってきた。
そしてテーブルの上には、夢の中の食事が準備されている。
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