第24話 シャーロット誕生パーティ狂騒曲2

 椅子にもたれるとイビキをかいて寝てしまったメアリー夫人に、メイド二人と執事が駆け寄り慣れた動作でソファーに寝かせる。

 メアリー夫人は夜会に参加して二回に一回は酔いつぶれる前科があるので、ジェームズが故意に酔いつぶしたと疑われることはない。

 夫人が寝てしまっても、クレイグ家の使用人達とメアリー夫人の従兄を名乗る銀髪の男性によって、パーティは滞りなく進行する。


「メアリー夫人の騒がしいおしゃべりに付き合わないで、じっくり聖女シルビア様のお姿を拝める」

「私たちも麗しいフレッド殿下の寝姿を、この目に焼き付けましょう」


 今日のパーティの主役は、眠れる聖女候補シルビアと次期国王と噂されるフレッド王子。

 来客が一通り食事を終えた頃、大広間にピアノと弦楽器の優雅な演奏が始まる。




 *




 部屋を仕切る曇りガラスの向こうから音楽が流れて、どうやらダンスパーティが始まったようだ。

 本来なら誕生パーティの主役であるシャーロットが、ファーストダンスを踊るはずだ。 


「シャーロット様、そんな暗い顔をしちゃダメよ。今ダンスを踊っている連中は、ただの前座、主役は一番盛り上がったところで出てゆくの」


 曇りガラスの向こう側を泣きそうな顔で見つめるシャーロットに、ピアノの前でスタンバるマーガレットが気合いをいれる。


「やっと花の飾り付けが全部終わった。これからがシャーロットお嬢様の誕生パーティ、本番です」

「まぁ、なんと言うことでしょう。飾り付けひとつ無い殺風景だった部屋が、庭師ムアの手にかかると、南方の色とりどりの花が所狭しと咲き誇る、まるで秘密の花園に変身しました」(びふぉーあふたー風)


 椅子とテーブルが置かれただけの部屋は、花で溢れている。

 特にシャーロットお気に入りの淡いピンクの花の鉢植えは、腰の高さまで成長して沢山の花を咲かせている。


「ああ、なんて綺麗。私の椅子の隣にピンクのお花を置いてね」


 満開の花で飾り付けられた部屋を見渡したシャーロットは、美しく可憐に微笑む。

 すると部屋の裏口から、スキップするような足取りで執事ジェームズが入ってきた。


「やった、俺はやったぞ。メアリー奥様は酔い潰れて、きっと明日の昼まで起きない。シャーロットお嬢様、どうぞ誕生パーティをお楽しみください」

「えっ、まだパーティ途中なのに、お母様は寝てしまったの?」


 突然のことで、なにを言われたのか理解できないシャーロット。

 エレナとマーガレットとムアはうなずき合いながら、一枚の紙を取り出して確認する。

 それはシャーロットの中の人が記した、誕生パーティ行動指示表。


「では計画表通りに始めましょう。と言いたいところだけど、仕切りの曇り硝子が邪魔ね。全部たたき割ろうかしら」


 マーガレットが本気で曇りガラスに腕を振り上げようとするのをエレナが止める。

 エルフ祖先返りのエレナには、ガラス扉に張り付いた薄くモヤモヤした脆弱な結界が見えた。

 この程度の結界では、シャーロットの深い湖底のような青紫色の力強いオーラを防ぐことは出来ない。


「これは聖教会の神官が張った結界。でもシャーロット様の《老化・腐敗》呪いと比べれば大したことありません。シャーロット様がガラスに触れるだけで曇りは消えます」


 エレナはシャーロットの手を取ると、部屋を仕切る曇りガラスの扉の前に進む。

 シャーロットは恐る恐る手を伸ばしガラスの扉に触れると、張り詰めた弓が切れたような高い音が響き渡り、灰色の煙が風で流されるようにガラスの曇りが晴れた。



 突然、大広間を仕切っていた壁が消えて、ダンスを踊っていた人々はその場で立ち止まる。

 ガラス扉の向こうには色とりどりの花々が咲き乱れ、キラキラと輝くクリスタルのオブジェが並ぶ。

 開かれたガラス扉の前には、美しく波打つ金色の髪に愛らしい顔立ちの少女と、グリフォン騎士学校四聖の正装をした小柄な美青年が立っていた。 


「さっきからヌルい演奏ばかりで眠たくなったわ。さぁ、シャーロット様とエレナのダンスで、みんなの目を覚ましてらっしゃい」


 ピアノの鍵盤を叩きつけるような激しい演奏と、マーガレットの響き渡るカウンターテナーの歌声にあわせて、エレナとシャーロットは大広間に躍り出た。

 王都で特に若者に人気の、超絶テンポで歌う吟遊詩人の歌をワルツにアレンジ。

 中の人に渡されたエレナの行動指示書には、ダンスを踊るの人々の合間をぬって煽るように踊れ。と書かれていた。


「金髪の女の子とグリフォン騎士学校の男、あいつら誰だ」

「うわっ、吟遊詩人のワルツだ。リズムが速すぎるのに、ふたりとも全然躓かない」


 ボソボソと聞こえる声を無視して踊り続けていると、ダンスを眺めていた神官が何かに気づき甲高い声をあげる。


「顔がシルビア様にそっくり。まさかあの金髪は《老化》呪いのシャーロット!!」

「どうして貧相シャーロットがここにいる。部屋に閉じ込めていたはずだ?」


 突如ざわめきが多くなり、隣にいたカップルはダンスを止めて大広間の隅に慌てて逃げる。


「あの女を見るな。寿命が縮まるぞ!!」


 神官の罵りの言葉がシャーロットの耳にも入ってくる。

 思わず足が止まりそうになったシャーロットの腰を、エレナは引き寄せて「大丈夫です、このまま踊り続けましょう」と耳元でささやく。

 クレイグ家の執事やメイドたちがうろたえている間に、シャーロットのダンスをやめさせよう数人の神官が怒声をあげながら近づいてくる。


「あははっ、シャーロット・クレイグ伯爵令嬢の十歳の誕生パーティだから、本人がここに居るのは当たり前じゃないか」


 突然、声変わりしたばかりの少し掠れた少年の笑い声が大広間に響き渡り、さらに言葉を続ける。


「王族、公爵に続く地位のある伯爵家の御令嬢を、神官ごときが呼び捨てて罵るなんて無礼だぞ」


 見栄っ張りなメアリー夫人が誕生会に招待したのは同格以上の貴族と大富豪、聖教会から派遣された神官の身分は完全に格下だった。

 するとどこか人混みから、おどけた若い青年の声が聞こえる。


「《老化》呪いは、姿を見るだけで一年寿命が縮まると聞いていたが、メアリー夫人は顔の色つやも良く食欲もあってとても元気そうだ」


 さっきまで大声でおしゃべりをして、美味しそうに酒をガブ飲みしたメアリー夫人の姿を思い出し、数人が肩を震わせて笑いをこらえた。


「きっとシルビア様が一緒だから、《老化》呪いが効かないのだろう」

「ここに聖女シルビア様がいらっしゃるから、私たちも大丈夫よ」


 恐怖に包まれていた人々は会話を聞いて納得すると、安堵の表情になる。

 クレイグ家の執事と王子の護衛の者が、神官たちを大広間の外に追い出した。

 騒ぎの間も大広間の中央で踊り続けるシャーロットの姿に、皆の視線は釘付けになる。

 シルビアとよく似た愛らしい顔立ち、黄金の髪をなびかせながら、まだ十歳とは思えない大人顔負けの素晴らしいダンスを披露するシャーロット。

 三曲目のダンスの頃には、シャーロットは舞踏会の華になっていた。

 特に誕生パーティに招かれた若い貴族子息は、シャーロットを熱いまなざしで見つめる。 


「噂では痩せたゴブリンみたいな娘と聞いていたのに、まるで花の妖精みたいに可愛い。次は俺とダンスを踊ってもらおう」

「でも、《老化》呪いで寿命が縮んだらどうする」

「あの娘とダンスが踊れるなら、俺は百歳の寿命が九十九歳になっても後悔しない」


 生意気そうな貴族子息の会話を踊りながら盗み聞いたエレナは、なるほどと頷く。

 中の人から渡された誕生会の行動指示表には、怖い物知らずでイキがる若い貴族子息は、《老化)呪いを気にしない。と書かれていたのだ。

 エレナの役目は、シャーロットにダンスを申し込む猛者の中から、ダンスパートナーとしてふさわしい相手を見極めること。

 三曲目のダンスが終わり、シャーロットに数人の貴族子息が駆け寄ろうとした。

 その時、けたたましいドラムロールが鳴り響く。

 音につられてガラス扉の向こうを見ると、数十本の酒瓶が浮遊魔法で天井近くを浮遊する。

 百個以上のクープグラスが積み上げられたオブジェの前で、カマキリのように痩せた執事が高らかに宣言した。 


「それではこれよりクレイグ伯爵家令嬢シャーロット様の十歳誕生を祝し、酒を滝のようにシャンパンタワーに注ぎましょう」

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