第23話 シャーロット誕生パーティ狂騒曲

 伯爵令嬢シャーロット・クレイグの十歳の誕生会は、午後十時を過ぎに始まった。


「本日はようこそクレイグ家長女の十歳誕生パーティへいらっしゃいました。私の隣にいるのが、次期豊穣の聖女候補のシルビア・クレイグ。聖女シルビアは皆様とお会いできるのを、とても楽しみにしております」


 伯爵夫人の挨拶はシャーロットの名前を紹介しないで終了すると、大広間に料理が運ばれて立食パーティが始まる。

 《老化・腐敗》呪いで食事が不味いと有名なクレイグ家だが、誕生パーティのために王都から一流料理人を呼び寄せた。


「クレイグ家は飯マズと聞いていたのに、普通に美味しい料理だな」


 この地方で育てられるジンドア牛は王家に献上されるブランド牛で、それを半日以上じっくりとロースとした赤身肉に秘伝のソースと香菜が添えられる。

 領地内の湖で釣れたナウロール鮭は、野菜や芋と一緒にクリームで煮込まれ、大皿に丸ごと一匹出されたのを取り分けられた。


「でもクレイグ家秘蔵の酒を使用人に盗まれて、ワインではなく蜂蜜酒ミードを準備したと聞いた。ああ、これがそうか」


 肉料理の食前酒には砂蛇ザクロの酒、魚料理には白レモンの酒が一口で飲めるショットグラスで出され、料理よりも酒を期待していた招待客は物足りない顔をしていた。


「おい、そこの執事。もっと酒はないのか、これだけじゃ足りないぞ?」

「お客様、お食事の後にクレイグ伯爵家秘蔵の酒を浴びるほど飲んでいただきます。でもその前に、シルビアお嬢様にお声をかけた方がよろしいかと」 


 聖女シルビアと側に寄りそう第三王子フレッドの周りには、黒山の人だかりができている。

 しかも時間は夜十一時近く、まだ九歳のシルビアは何度も目蓋を擦って眠たい様子だ。

 酒担当のジェームズに言われ、男は慌ててシルビアの方へ走ってゆく。


「ふうん、ずいぶんと強い酒じゃないか。これをガブ飲みしたらダンスの前に酔いつぶれる」


 二人のやりとりを離れて見ていたくすんだ赤毛の青年が、興味津々の顔でジェームズに話しかける。


「こ、これは、ダニエル・サジタリアス殿下。私のような下僕に直接お声をかけてくださるとは、光栄の極みです」


 青年の服装は灰色と黒、貴族のお連れの従者より地味な服装だが、袖のボタンに印された王家の紋章をジェームズは見逃さなかった。


「伯爵夫人が、喉が渇いたといってる。それにしてもお前、よく俺が王子だと知ったな。だが末席の王子の機嫌を取っても、俺は兄上のおまけだから何の得もないぞ」

「それでも貴方様は王族です。それに二十三番目の王子が王になった神話がありますから」


 ダニエル王子は意外そうな表情で、カマキリのように痩せて少し顔色の悪い執事を見た。

 ジェームズは酒を乗せたワゴンを押して、なぜかとても緊張した様子で伯爵夫人達のいる黒山の人だかりに向かう。

 実はジェームズは、誕生日前日に子供部屋で倒れ、目覚めた時にシャーロットの中の人から一枚の紙を渡された。

 それは誕生パーティの行動指示表だった。


・その1,立食パーティの時にハチミツ蒸留酒を少量提供して、招待客が下戸か大酒飲みか見定める。

・その2,ダンスが始まる前に、メアリー伯爵夫人を酔いつぶす。


 執事のジェームズがメアリー夫人を無理に酔いつぶすことは出来ないが、彼女が自主的に酒を選べば良い。

 ジェームズは黒山の人だかりをかき分けながら、夫人の元へたどりつく。


「ああ、とても暑いわ。ジェームズ、早く飲み物をちょうだい。ほら見てご覧なさい、みんな私のシルビアに一言でも声をかけてもらおうと必死よ」

「メアリー奥様、飲み物をお持ちしました。少しお酒が入っているので、シルビア様はこちらのジュースをどうぞ」


 ジェームズが用意したのは、小さなショットグラスと大きなジョッキー。

 夜遊びで泥酔したメアリー夫人を何度も介抱したことのあるジェームズは、彼女の酒量を知っている。

 メアリー夫人は額の汗を拭いながら、迷わずジョッキーに手を伸ばすと、ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干す。

 メアリー婦人を酔いつぶすために準備した、ハチミツ醸造酒かなり多めの異世界ストロン愚ゼロだ。


「あら、いつもの白レモン水よりも甘くて、少し花の香りがしてとても美味しいわ。もう一杯頂けるかしら」

「ほう、それは旨そうだ。俺も喉が渇いた、同じモノが飲みたい」

「ちょっと待って下さい。フレッド殿下がお飲みになられるのは、ちょっと……」


 王族は従者が毒味してから飲食するはずなのに、フレッド王子は怖い物知らずなのか。

 いくら王子の頼みでもこれは断るしかないと思ったジェームズの視界に、ダニエル王子の姿がみえた。

 彼は無言で頷いているということは、フレッド王子に酒を渡しても大丈夫のようだ。

 ジェームズは指先の震えを必死で止めながらフレッド王子に酒を注ぎ、目の前でふたりが酒を一気飲みする姿を、冷や汗を流しながら眺める。

 大人が酒をがぶ飲みしている隣で、九歳のシルビアはとても眠たくて、眼を開けているのも辛い状態だった。

 部屋に帰って眠りたいと言っても、母親は我慢しなさいというだけだ。

 母親がダメなら王子様に頼もうと考えたシルビアは、フレッド王子の腰に抱きつく。


「フレッド王子様、シルビアはとても眠たいです。良い子は九時までに寝なさいと、聖教会で教わりました。シルビアは王子様の怪我を治してあげたから、もう寝てもいいでしょ」

「そうかぁ、シルビアは眠たいかぁ。でも聖女シルビアに逢いに来た客の相手をしないと……でも俺も、すごく眠く、なって」


 酔いが足にきたフレッド王子は、小さなシルビアに抱きつかれて後ろによろめいた。

 いつの間にか背後にいたダニエル王子が身体を支えると、兄の耳元でささやいた。


「聖教会に飾られる豊穣の女神像には、眼を閉じた姿もあります。聖女シルビアが目を閉じて休まれる姿を拝めばいいでしょう」

「ダニエル、お前にしてはいいアイディアだ。ここにソファーを運ばせよう。シルビアはパーティが終わるまで、俺と一緒にぃ、座ってれば、よい」


 酔ってろれつの回らなくなったフレッド王子の命令で、大広間に五人掛けの大型ソファーが運び込まれる。

 シルビアはソファーにもたれるとすぐに眠ってしまい、フレッド王子も身体を倒すと肘掛けに頭を乗せたまま爆睡してしまう。

 聖女候補として忍耐力が無く、王族らしからぬだらしなさだが、見目麗しい二人の寝姿はまるで絵画のように美しい。

 後に誕生パーティに参加していた画家が、この場面を宗教画して描いたことで色々と物議を呼ぶ。


「メアリー奥様のご命令通り、最高級の素晴らしい酒が用意できました。お客様に酒を提供する前に、お味見をお願します。奥様の好きな甘みの強い岩西瓜のカクテルがおすすめです」


 同じく酔いが回って立ち上がることが出来ず、椅子に座り込んだメアリー夫人に、ジェームズはさらに酒を勧める。

 ワゴンの上には形の違うショットグラスに、色とりどりの酒が八種類並べられている。

 見た目は可愛らしいが中身はハチミツ蒸留酒多め、全部味見すると酒瓶一本飲み干す計算になる。

 ジェームズのもくろみ通り、甘さ強めの岩西瓜カクテルを飲んだメアリー夫人は、口直しに野草カクテルに手を伸ばし、その苦さの口直しに砂蛇ザクロを飲んだところで撃沈した。


 ジェームズ、ミッションコンプリート。

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