第22話 シャーロット、誕生パーティ会場に入る

 その日の正午過ぎ。


 自分の誕生パーティが開かれる時刻を過ぎてもシャーロットには何の連絡もなく、一時間後にメイドのエレナがやっと状況確認できた。


「お待たせしました、シャーロット様。誕生パーティに参加予定の王族方の到着が遅れているので、パーティ開催は夜九時に変更されました」

「よかった。お母様の気が変わって、私の誕生会をやめたと思ったわ」

「ですがシャーロット様、いくら準備が忙しくても、誕生パーティの主役であるシャーロットに一切連絡が無いなんて」 

「王子様はとても偉いお方で忙しいから、時間に遅れても仕方ないのでしょう」


 それまで誕生パーティのことが心配で涙目になっていたシャーロットの、けなげに明るい声にエレナは怒りを堪えた。

 実は第三王子フレッドが、前日の滞在先で夜通し女遊びをして寝過ごしたせいで、到着が遅れたのだ。

 そして夕日が沈み、夜八時を回った頃。

 執事ジェームズに案内されて、シャーロットは二年ぶりに子供部屋の外へ出る。

 誕生パーティが開かれる大広間は美しい調度品で飾り付けられ、そして妹シルビアの肖像画が所狭しと並んでいる。

 綺麗にドレスアップしたメイドや執事達が忙しそうに会場設営する手を止めると、深々と頭を下げた。

 大広間の立派な正面扉から入ってきたのは、ショッキングピンクのフリルで体積が二割増しのドレスを着たメアリー・クレイグ伯爵夫人。

 シャーロットの《老化》呪いを恐れる彼女は、実の娘と直接対話するのは三年ぶりだった。


「メアリーお母様、私のためにお誕生パーティを開いてくださって、ありがとうございます」

「シャーロット、呪い持ちのお前がいるとシルビアが迷惑するわ。早く向こうのガラス扉の中に入りなさい」


 大広間の右側は調度品とシルビアの肖像画、正面奥は鮮やかな深紅の絨毯が敷かれ床が一段高くなった主賓席が設けられている。

 でも大広間の左側はなにも装飾のない曇り硝子の扉で仕切られ、四人の聖神官がなにやら呪文を唱えていた。


「今日、私はお母様と一緒ではないの?」


 母親は悲しそうに呼びかける娘を無視して、その場を立ち去る。


「あれが呪われた貧相シャーロットなの? 噂では痩せ細った骸骨みたいな子供と聞いていたけど、綺麗な女の子じゃない」

「見かけが良くても、姿を見るだけで寿命が一年縮むのよ。怖い怖い」


 メイド達がひそひそ話をしながら、遠巻きにシャーロットの様子をうかがっている。

 気まずさで身を固くしたシャーロットの背中を、エレナが優しく撫でた。 


「気にすることありません、今日のお誕生会の主役はシャーロット様。私も執事ジェームズもマーガレット先生も庭師ムアも、シャーロット様を全力でお支えします」


 メイド達は誕生会用に仕立てられたドレスを着ているが、エレナだけが着古した黒いメイド服姿。

 でも誕生パーティで、エレナはシャーロットのために騎士姿になってくれる。

 エレナに手を引かれて曇りガラスの扉の中に入ったシャーロットは、しかしその場で立ちすくんだ。

 大広間に仕切られた曇りガラスの向こう側には、ピアノとテーブルと椅子が二脚だけ。

 美しい調度品も肖像画も飾られていない、空っぽの部屋だ。

 するとそこへ、牛二頭分の大きな台車を引いた庭師ムアが現れる。


「大丈夫ですよ、シャーロットお嬢様。大切な花を意地悪奥様に横取りされないように、誕生パーティが始まる直前に飾り付ける予定です」


 台車を覆う灰色の布の中には、シャーロットの子供部屋で育てられた鉢植えの花が咲いている。


「そうよ、今日はアタシの愛弟子のお披露目会。シャーロット様の可憐なダンスで、パーティの主役は自分だと見せつけてやりましょう」


 野太い気合いの入った声に振り返ると、見事な縦ロールの髪に大きな赤いリボン、胸元と腰にも蝶のようにリボンを飾ったドレスを着たマーガレット。


「パーティの参加者を確認しましたが、今のところ私より貧相な男ばかり。私がシャーロット様をプリンセスにして差し上げます」


 シャーロットが庭師ムアとマーガレットと話している間に、エレナはグリフォン騎士学校の正装に着替えてきた。

 普段は下ろしている前髪を後ろに撫でつけて額を見せると、形のいい細い眉に黒々とした光の無い瞳がとてもミステリアスだ。

 細身で中性的な体型にフィットした赤紫のベストに白銀のチェーンが、エレナの凜々しさを引き立てる。

 その姿にシャーロットとマーガレットは、思わず感嘆の声を漏らす。


「きゃあ、とても素敵。今日はエレナが私の騎士様、いいえ、王子様ね」

「いつもの無愛想メイドとは思えない、超イケメン騎士様ね。このアタシが少しときめいたじゃない」


 エレナはシャーロットの目の前で膝を折り、手を取って手の甲にキスをする。 


「シャーロット様。私は貴女と、中の誰かへも忠誠を誓いましょう」

「ありがとうエレナ、とても心強いわ。中の誰か……ええ、私は頑張ります」


 普段は存在を感じないけど、シャーロットの誕生パーティのために、私の中にいる誰かが頑張ったのは分かる。

 だから私シャーロットはその努力に報いるため、今日は精一杯頑張ろう。


「シャーロットお嬢様には私もおります。忘れないでください。」

「そういえばジェームズはお酒係なのね。私、ハチミツのお酒を飲むの楽しみにしているわ」

「我が《豊穣の女神》シャーロットお嬢様が指示した図面どおりに設置して、全ての準備を整えました」

「私、ジェームズになにかお願いしたの? えっ、アレはなに」


 ジェームズが合図すると、彼と一緒にハチミツ酒作りをしていた新入りコックとその助手が、大広間の裏口からなにかを運び込む。

 それは大広間の照明の光を浴びてキラキラと輝き、見上げるほど高く積み上げられていた。


「ジェームズ、こんなに大量のグラスを並べて遊ぶなんて。シャーロット様、それから離れてください。グラスが落ちたら怪我をします」

「俺の一つ星固定魔法で、崩れないから大丈夫。シャーロットお嬢様が旦那様から教わった図面通り、クープグラス七段140個を積み上げました」


 ジェームズがシャーロットの中の人に命じられて準備したモノは、ホストクラブ等でみかけるシャンパンタワーだった。

 積み上げられたグラスを、唖然と見つめるシャーロット達。

 その時、曇りガラスの敷居の向こうが湧くような大きな歓声が起こる。

 待ちに待った、王子様達の到着だった。

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