第20話 中の人、ハチミツ蒸留酒試飲会を開く2 

 エレナはかなり怒った様子で、シャーロットの中の人に詰め寄った。

 最近はゲームオ様と呼んでいたのに、いきなり呼び捨てだ。


『なに怒っているんだエレナ。これはすべてシャロちゃんのため』

「こんな強いお酒をシャーロット様に飲ませるなんて、泥酔させてイカガワシイ事でもするつもり?」

『まぁ、泥酔させるつもりだけど。シャロちゃんじゃなくて邪魔者を』


【邪魔者】の意味を理解したエレナは、そうですか。と呟いて後ろに引き下がる。

 シャーロットの誕生会を、妹シルビアのお披露目会にしようとたくらむ母親のメアリー伯爵夫人は、中の人とエレナ共通の邪魔者だ。

 深夜に歩けないほど泥酔して帰ってきた母親を見たことがあったから、あまり酒には強くないだろう。


『僕のいた世界で流行った、美味しいお酒を再現しようと思ったのさ。マーガレット先生、頼んだモノを出してください』


 僕に呼ばれて振り返ったマーガレットは、酔って顔を赤くしながらグラスのハチミツ蒸留酒をチビチビ飲んでいた。


「シャーロット様の《腐敗》呪いで腐らないように、果物ジュースを魔法で氷らせて持ってきたわ」

『ありがとうマーガレット先生。この白っぽいのはシャロちゃんが大好きな白レモンジュース、赤いのはイチゴかな、黄色いのはミカンっぽいな』

「シャーロット様、赤いのは岩山によく生えている蛇ザクロです。黄色いのは冬に実る初雪ブドウ、この赤紫色は珍しい岩西瓜ですね」


 ザクロとブドウとスイカ、僕にもなじみのある果物ジュースなら大丈夫だ。


「ワシもお嬢様に頼まれた野草汁を持ってきたぞ。苦くて渋くてえぐみがあるが、クセのある旨さだ」

『じいさんもありがとう。それじゃあエレナ、大きなグラスを五個用意してくれ』


 凍った果物ジュースをシャーロットの火魔法で溶かして、シャーベット状になった五種類のジュースをグラスに注ぐ。


「アラ、嫌だ。こんな美味しいお酒があるのに、ジュースを飲めなんて残酷なこと言わないで」

『マーガレット先生やじいさんはお酒に強いみたいだけど、ハチミツ酒を一瓶飲める?』

「いくらワシでも、火がつく強い酒を一瓶も飲んだら、泥酔して次の日は二日酔いだ」


 ジェームズが持ってきたハチミツ醸造酒の瓶は500mlのペットボトルくらい、グラスは缶ビールほどの大きさ。

 中の人は並べられた五個のグラスにアルコール度数60~80のハチミツ蒸留酒を各100ml、そして果物シューズを注ぐ。 

 それを見たマーガレットは、酒がもったいない。と驚きの悲鳴をあげた。


『海の向こうの国で流行っている美味しいお酒の飲み方だって、お父様が教えてくれたの。燃えるお酒と冷たいジュースを混ぜると、とても美味しくなるわ』

「まぁ、デニス伯爵のお勧めなら飲んでみたいわ」


 禁書ウスイホン繋がりでシャーロットの父親に好意的なマーガレットは、情熱の色がいいと赤いザクロカクテルを選ぶと一口飲んだ。


「あら、ザクロの甘みが増してハチミツの風味に癒やされる。アルコールをほとんど感じない、するりと飲めるお酒になったわ」


 キンキンに冷えた赤ザクロカクテルを、マーガレットはゴクゴクと美味しそうに飲む。

 それを見たムアは、酸味の強い白レモンのカクテルを手に取った。


「白レモンの酸っぱさをハチミツ酒の甘みが押さえて、女子供でも飲みやすい酒になったな。でもワシは、もっと風味が強い酒がいいな」

「アタシ二杯目は、岩西瓜のお酒にするわ。岩西瓜ってちょっと味が濃くて飲みづらいのに、ハチミツ酒を加えた分薄まってさっぱりしている」


 マーガレットの準備したジュースは果汁100%、そしてクセの無い酒はカクテルに最適、しかも凍らせたフローズン状態はアルコールを感じにくい。


「私が飲んでいる初雪ブドウジュースは僅かにアルコールの味がするけど、優しい甘さね」

『エレナ、酔いつぶれたくなければコップ半分で止めておけ』

「ふたりとも美味しそうにお酒を飲んでいるのに、私はダメですか」


 不満顔のエレナに、空になったハチミツ酒の瓶を見せる。 


『僕は五個のグラスにハチミツ酒を全部注いだ。ハチミツ酒入りの果物ジュースを五杯飲めば、酒瓶一本飲んだことになる』

「えっ、火のつくハチミツ酒は少し舐めただけで喉が焼けるくらいきつかったのに、果物ジュースと混ぜたらこんなに飲みやすくなるなんて」


 酔いでほのかに頬を赤くしながらも、まだ理性の残っているエレナは、名残惜しそうにグラスを置いた。

 三杯目のグラスを空にしたマーガレットは酔いが足にきたのか、床に座り込むと野太い声でグハハと笑いが止まらなくなる。

 その横で庭師ムアは、自分で野草カクテルをもくもくと作りはじめる。


『そういえば野草ジュースってどんな味が……ぶはっ、苦いっ。ゴーヤーとピーマンとヨモギを濃縮した青汁みたいな味で、これ以上飲めない』

「シャーロットお嬢様、酒を下手に薄めるなんてワシには子供だましだ。甘みのあるハチミツ酒と苦みのある野草ドリンクを半々で混ぜれば、どっちの旨さも引き立つ」

『じいさんの鼻と頬が真っ赤で、ガーデンノームみたい』


 人間離れした庭師ムアの酒量は、小人ノームというより飲んべぇドワーフの血が流れているようだ。

 酒を五杯飲み干したマーガレットは、誰かを想って泣きながらテーブルの脚に頬ずりをしている。

 さすがのエレナも、床に座り込んだ巨漢のマーガレットは放置するしかない。


『ふははっ、これでトド母を確実に酔いつぶせる。絶対シャロちゃんの邪魔をさせない。しかし念のため、第二第三の計画も進めておこう』

「ゲームオ様の計画って、ろくでもないことでしょうね」


 過労で倒れた執事ジェームズと酔いつぶれたマーガレットは、翌日夕方まで子供部屋で爆睡した。

 その間にシャーロットの中の人は、絶対成功確実で完璧な誕生会の計画を立てる。






 だがしかし、王族お二方の到着が遅れるという、お約束のようなアクシデントが起こった。

 伯爵夫人はシャーロット十才誕生会という名の、妹シルビアのお披露目が重要。

 誰にお披露目するのか。

 もちろんこの国で一番高位な王族にお披露目したい。


 こうして半日遅れ。

 夜二十二時からシャーロットのお誕生会が始まった。

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