第19話 中の人、ハチミツ蒸留酒試飲会を開く
シャーロットの三十四回転ソロダンスと、エレナとのペアダンスの練習。
伯爵令嬢としての礼儀作法と、美しい立ち振る舞いのレッスン。
誕生会用のドレスのお直しに、肌と髪のスキンケア。
そして深夜になると中の人は食料調達して、料理を作る。
シャーロットにとって多忙な日々も残り二日。
深夜十二時、子供部屋の扉がノックされて、ボサボサの髪に中途半端に生えた無精ヒゲ、よれよれのワイシャツ姿の男が現れる。
『ひいっ、誰だお前!!』
「シャーロットお嬢様、ついに出来上がりました。完璧です、最高の仕上がりのブツです」
怪しい男は、一週間全く姿を見せず、子供部屋の下の階でハチミツ酒を作り続けた執事ジェームズ。
寝不足で目の下にクマが浮き出て、ギラギラとした眼光で痩せたカマキリのような姿になっている。
「ああ、驚かせて申し訳ありません。シャーロットお嬢様の《女神の加護》でハチミツ酒が仕上がったあと、我が造醸所秘伝の製法で酒を何度も濃縮しました。通常なら五十日かかる酒が、《女神の加護》ならわずか七日で完成する。シャーロットお嬢様に、俺の最高傑作である燃える酒を、一刻も早く飲んでもらいたくて持ってきた」
『そ、そうかジェームズ、ご苦労だった』
「少し落ち着きなさい、ジェームズ。シャーロット様が怯えています」
不気味な微笑みを浮かべながらオタクの早口で一気にしゃべるジェームズに、エレナはドン引きしたが、シャーロットの中の人は気持ちが痛いほどよく分かる。
シャーロットの《腐敗》呪いは、ハチミツ酒の醸造・蒸留・熟成まで五十日かかる行程を、八倍速の七日で終わらせる。
そしてハチミツ酒を造るジェームズは、八倍の忙しさで働かなくてはならなかった。
ジェームズは手にしたハチミツ酒の瓶の蓋を取ると、強烈なアルコールの香りが周囲に漂う。
エレナは前回と同じようにテーブルの上にグラスを並べていると、再び部屋の扉が開き、騒々しい足音を立てながら家庭教師のマーガレットと庭師ムアが部屋に入ってきた。
「そんなでかいグラスで強い酒を飲んだら、一杯で酔って倒れるぞ。味見は小さいグラスで飲むんだ」
「あら、ジェームズちゃん久しぶり。シャーロット様、頼まれた果物ジュースを持ってきました」
『マーガレット先生もじいさんも、ちょうどいいタイミングだ。ところで三人は強い酒を飲める?』
シャーロットの中の人が愛嬌たっぷりにたずねると、マーガレットはお酒大好きと答え、庭師ムアはグラスを持つ仕草でのんべぇアピールをする。
執事ジェームズは、すでに酒の味見で何度も呑んで泥酔状態だろう。
『マーガレット先生とじいさんは、たくさんお酒の味見をしてね。それじゃあ一週間ぶりのハチミツ酒試飲会を始めよう』
ダンスレッスンは仕上げの状態だし、部屋の植物も順調に育っているから、中の人はふたりを実験台にするつもりだ。
エレナはムアのアドバイスに従って、小さなグラスにハチミツ酒を注ぐ。
空気に触れたアルコールが揮発して、濃厚な香りが周囲に漂う。
「私はハチミツ酒の匂いだけで酔ってしまいそうです。シャーロット様、このスプーンをどうぞ」
『ちょっと待てエレナ、このスプーンじゃ一匙どころか、数滴しか飲めないぞ』
漂う香りでアルコール度数が高いと知ったエレナは、とても小さなティスプーンを中の人に渡す。
エレナは恨めしそうに眺める中の人を無視して、三人にグラスを渡し、自分のグラスには少なめに酒を注ぐ。
『最初に確かめたいことがある。エレナ、グラスの酒を一匙もらうよ』
金色がさらに濃くなったハチミツ酒を一匙すくうと、皆に見えるように目の高さまで掲げる。
金色の酒から揮発するアルコールに、シャーロットの火魔法で息を吹きかける。
一瞬、青い炎が膨れあがりハチミツ酒がメラメラと燃え、甘くて強いアルコールの香りが立ちのぼる。
エレナは少しだけ身じろぎして踏みとどまり、マーガレットは「ウホッ!!」と野太い驚きの声をあげた。
すぐ火がついた、ということはアルコール60度は越えている。
『ありがとうジェームズ。シャロちゃんのために火がつくお酒を造ってくれて嬉しい、貴方は素晴らしい執事よ』
「シャーロットお嬢様、我が豊穣の女神からお褒めの言葉が頂けるなんて、ううっ、ありがたき、幸……せ」
喜びで感極まり泣き出したジェームズは、その場でひれ伏したまま動かなくなった。
過労で再び失神、そのまま爆睡のジェームズをエレナはお姫様だっこで抱えると、乱暴にソファーに放り投げる。
「それでは改めて、再びハチミツ酒の試飲会を行います。シャーロット様、乾杯の合図をお願いします」
『それじゃあシャロちゃんのお誕生会の成功を願って、乾杯!!』
前回より控えめに乾杯したマーガレットとムアは、グラスの中で怪しく揺らめく金色の酒を恐る恐る口にする。
「ぷはぁ、これは喉が焼けそうな強いお酒。でも花の爽やかな香りと微かにハチミツの甘みも残っているわ」
「このハチミツは、スキキとウメメの蜜だな。しかしワシにはまだ甘すぎる」
エレナはグラスの縁についた酒をペロリと舐めただけで、慌ててグラスを遠ざける。
「シャーロット様には、スプーン一匙でも多すぎるかもしれません。これはかなりキツい酒です」
シャーロットの中の人はエレナの注意を無視して、エレナのグラスからスプーン一匙のハチミツ蒸留酒を口にふくむ。
あれ、もしかして間接キス?
と思ったのも一瞬で、わずか一匙のハチミツ酒は舌が燃えるように熱く、口の中に広がる濃厚なアルコールに思わずむせてしまう。
『うぷっ、ゲホゲホっ、これはアルコール80度近いかも。かなり強烈な蒸留酒だ』
エレナにむせる背中を撫でられながら、渡された口直しの水を一気飲みした。
強烈なアルコールに驚いたが、ハチミツ酒そのものは微かに香る爽やかな花の香りで甘さは半分、微糖のドリンクぐらい。
ハチミツ独特の舌先に残るクセは全く無い、それでいてとんでもないアルコール度数の酒ができた。
『素晴らしい、最高だジェームズ。これでシャロちゃんのお誕生日は成功する!!』
「ジェームズにこれほど強烈な酒を造らせて、いったい何を企んでいるのですか。ゲームオ」
思わず両手を真上にあげてビクトリーポーズの中の人に、エレナが強い口調で聞いてきた。
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