第31話 王族専用馬車の旅
辺境トーラス領まで、豪華な客室仕様の王族専用馬車の旅。
「俺はもうフレッド王子と一切関わらないし、できるだけ距離を置きたい。役立たず王子を追いかけてくるとは思えないが、念のため先を急ごう」
一日目は湖の畔にあるレストランから食事を取り寄せて夕食をとり、再び馬を走らせる。
夜十時頃隣領に入り、街道で待機していた王族馬を取り替え、一晩中走り続ける。
二日目は深い森の中。管理人しかいない貴族の別荘で半日休憩して、日が沈む頃出立した。
「シャーロット様は誕生パーティの疲れと慣れない馬車の旅で、昨夜は少し熱を出しましたが、朝には熱も治まり元気に食事をとっています」
「この二日間、シャーロット嬢の中にいるバケモノは出てこないな」
三日目の朝、深い森を抜け、畑に緑の新芽が芽生える広い穀倉地帯と、遙か彼方に白い雪の積もった険しい山脈が見えた。
数人の護衛を連れて馬で先駆けしたダニエル王子は、額から角の生えた黒いウサギを二羽仕留めて戻ってくる。
「エレナ、これを昼食用に調理したいが、シャーロット嬢の《腐敗》呪いで食べられなくなるのか?」
エレナは魔法砂時計を取り出すと、王子に手渡しながら説明する。
「シャーロット様の《腐敗》呪いは、三時間で一日分の腐敗が進みます。呪いのはダニエル殿下の足で七歩の距離、シャーロット様のいらっしゃる馬車から離れて調理すれば大丈夫です」
「シャーロットお嬢様が腐らせるのは死んだモノ、植物をそばに置けば三時間で一日分、一日で八日分植物が育ちます」
後方の荷馬車から顔を出した庭師ムアが、誇らしげに答える。
シャーロットの乗る王族専用馬車の後ろに置かれたアザレアの花は、この三日間でさらに大きく成長して、馬車が走るたびにピンク色の花吹雪を散らす。
ダニエル王子は目立たぬように移動したいが、豪華絢爛な王族専用馬車と色鮮やかな花吹雪、馬車の窓から外を嬉しそうに眺める金髪の愛らしい少女の姿は、道行く人々の噂になった。
「この馬車もアザレアの花も目立ちすぎる。噂を聞きつけた領主が、街道の先で俺たちを迎える用意をしてると報告があった。ああいう輩に捕まると二,三日身動きがとれなくなる」
「私の呪われた噂を、みんなが知っているの?」
「どこかの馬鹿王族が十歳の娘をかどわかした噂と、祝福の花びらを舞い散らしながら、金髪の愛らしい少女が馬車で旅をしている噂がある」
「まぁ、十歳って私と同い年の子を連れ去るなんて、酷いことをする王族がいるのね」
大まじめにさらわれた少女の心配をするシャーロットに、エレナは必死で笑いをこらえ、ダニエル王子は渋い顔をする。
「街道を外れて裏街道を進む。ひんぱんにモンスターが現れる道だが、俺とメイドがいれば大丈夫だろう」
*
『って四日ぶりに目を覚ましたら、シャロちゃん大ピンチじゃないか。ゲーム序盤にヒロインの乗っている馬車がモンスターに襲われる、異世界ファンタジーのお約束だ』
「口を閉じてください、ゲームオ様。舌を噛みますよ」
次の瞬間、馬車がガクンと大きく揺れてシャーロットは壁に頭を打ち付けそうになり、エレナが腕を伸ばしてかばう。
まともに舗装されていない裏街道は岩や倒木が所々で道をふさぎ、先を急ぐ馬車の後ろから犬に似た遠吠えが追いかけてくる。
シャーロットの中の人が窓の外を見ると、馬に乗って併走するダニエル王子と目が合った。
「シャーロット嬢、いや、この赤黒いオーラはゲームオか。何故今まで出てこなかった」
『僕とシャロちゃんはひとつの身体の中にいる。誕生パーティのダンスと、外に連れ出された刺激で疲れたシャロちゃんには、睡眠が最優先』
「なるほど、シャーロット嬢は外の景色が珍しくて、昼間ずっと起きている」
『寝不足で可愛いシャロちゃんのお肌に吹き出物が出たら一大事だ』
シャーロットの中の人が現れるのは、深夜から日の出まで。
そのせいで深夜の睡眠時間の削られたシャーロットは、朝食が済んだら昼前まで眠るという生活リズムだった。
「ゲームオ、現在の状況だが、領主を避けるため裏街道に入ったところで、餌を求めて集団移動中のダークムーンウルフと出くわした」
再び馬車が激しく揺れ、エレナが光の無い黒い瞳をさらに曇らせながら、シャーロットの中の人を抱きしめるように支える。
ダークムーンウルフは山岳部に住む牛ほどの大きさの狼モンスターで、短い距離なら馬より速く走る。
最初一,二匹だったダークムーンウルフが仲間を呼び、群れて百匹近くが馬車を追いかけている。
『それで王子様は、どうやってこの窮地を脱する』
「荷を捨てればもっと早く走れるが、せっかく満開の花を咲かせているアザレアの花を捨てられない」
馬車をひく虹色のたてがみを持つ王族馬は、神馬ペガサスと普通の馬との掛け合わせで生まれ、脚力はダークムーンウルフに勝る。
しかし裏街道の悪路と大量の積み荷にせいで、このままではウルフの群れに追いつかれる。
ダニエル王子の返事を聞いたシャーロットの中の人は、不機嫌そうに怒鳴った。
『ブブゥーッ!! 裏街道を選ぶ判断ミス、仲間を呼ばれる前にムーンウルフを仕留めなかった油断、アザレアの花込みで荷物を捨てない優柔不断。アンタのような王子にシャロちゃんは任せられない』
「ゲームオ、ぶぶうとはどういう意味だ。豚の鳴き声か?」
『ブーイングだよ。アンタもエレナも戦闘には自信あるから余裕だろうが、ダークムーンウルフは、獲物の能力を取り込み強化する特性がある。狼が狙っているのは僕たちじゃ無い、この馬車を引く四頭の王族馬だ!!』
シャーロットの中の人は、ゲームプレイで何度もダークムーンウルフの遠吠えを聞いた。
遠吠えが三つまでなら通常バトルだが、四つ以上になるとモンスターの無限湧き、レイドバトルになる。
「護衛と荷運びの馬、合わせて十二頭。ムーンウルフの群れが腹を満たすには、充分の数だ」
馬車がモンスターに襲われた時の最終手段は、馬を犠牲にして人間は逃げる。
しかしペガサス並みの脚力を持つ王族馬の能力を、ダークムーンウルフに奪われれば大変なことになる。
『ダニエル王子、どこか広い場所で馬を一カ所に集めて結界を張り、護衛に守らせろ。ダークムーンウルフの無限湧きは日の出まで。その間王子とエレナでムーンウルフを狩りまくれ』
「しかしそれではシャーロット様をお守りできません。ダニエル殿下おひとりで、ムーンウルフと戦ってください」
シャーロット至上主義のエレナの前では、王族の肩書きなど無に等しかった。
これには打たれ強いダニエル王子も、思わず言葉を詰まらせる。
『エレナ、シャロちゃんもバトルに参加させる。ダークムーンウルフのレイドバトルなんて、初心者シャロちゃんを熟練プレイヤーに寄生させレベルを上げる絶好のチャンス』
「シャーロット様が戦いに参加するなんて危険すぎます。シャーロット様の二つ星火魔法では、ムーンウルフにダメージ与えられません!!」
驚いたエレナは、シャーロットの中の人に詰め寄る。
深夜のシャーロットが纏う赤黒いオーラが濃さを増し、金色の美しく波打つ髪が光を放つように見えた。
『大丈夫、シャロちゃんはエレナにくっついてサポートするだけ。パーティとして連れ歩けば《老化・腐敗=時間進行1.2倍》のバフをもたらす、悪ノ令嬢シャーロットの真価を見せてやろう』
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