第12話 シャーロットと腐敗の呪い

 美しい白亜の神殿、大きな花瓶に溢れるほど生けられた美しい赤い花。

 幼いシャーロットは思わず花に手を伸ばし、指先が触れると、花びらが一枚ひらりと手のひらに落ちる。

 不思議に思って顔を上げると、目の前の満開の赤い花が、突如バサバサと音を立てて花びらを散らし始める。


 背後から女の甲高い悲鳴が聞こえた。


 大神殿の黒髪の神女が、幼いシャーロットを指さしながら「この子は呪われている。悪魔だ」と叫ぶ。




「おはようございます、シャーロット様。あら、ひどい汗。お熱はありませんか」


 全身汗だくになって目覚めたシャーロットの額にエレナは手を伸ばすと、乾いた音が鳴り響き、手を払いのけられた。


「怖い夢を見たの。私に触ったらダメっ、エレナも枯れてしまう」


 悪夢に怯えて震えるシャーロットに、エレナは優しく笑いかける。


「ふふっ、エルフは簡単に枯れません。シャーロット様、どのような夢を見たのですか?」


 エレナの言葉に少し安心した様子で、シャーロットは夢の話をする。

 それはシャーロットが魔力鑑定のために王都の大神殿を訪れた時に起こった、実際の出来事だった。


「いやだぁ、その話本当なの? それじゃあシャーロット様が綺麗に着飾ってダンスを上手に踊っても無理よ」

「なにが無理なの。いくら家庭教師でも、その物言いは許しません」


 ダンスレッスンの休憩時間、メイドのエレナは家庭教師のマーガレットにシャーロットの様子を報告する。

 休憩の合間にウスイホンを読んでいたマーガレットは、大きなため息をついて諦めの口調で話した。


「どうりで公式の場にシャーロット様が現れないと思った。伯爵令嬢の誕生会となれば、王族や有力貴族の子弟も招かれるから、パーティ会場中を盛大に花で飾るし、参加者は髪飾りやドレスを花で飾るわ」

「でもシャーロット様は花を枯らしてしまうから、誰も近づかない?」

「そして夫人はシャーロット様を差し置いて、妹シルビア様がパーティの主役になるように仕向ける」

「まさか、シルビア様はまだ九歳です。それに聖女候補のシルビア様は十歳から大神殿で修業を積まなくてはなりません」

「だから夫人は、シルビア様を修業前にお披露目したいのよ。ここの伯爵様はとても良い人だけど……アタシ、アノ女もアノ男も好きじゃないわ」


 主役のシャーロットを会場の隅に追いやり、豊穣の乙女候補の妹シルビアお披露目会になるのだ。



 *



『あのトド母、可愛いシャロちゃんをだしにして、妹シルビアを社交界デビューさせる考えか。ふざけんなよ、僕は最推し溺愛シャロちゃんの誕生日を祝うために全力を尽くす』

「でもゲームオ様、シャーロット様は腐敗の呪いで花を飾ることも出来ないのです。それと、トドってなんですか?」


 真夜中に目を覚ました中の人は、エレナと作戦会議を開く。


『トドとは、僕のいた世界の海に住む巨大モンスターだ。そんな事より、シャロちゃんの記憶では赤い花があっという間に枯れた。確かにシャロちゃんの食事は数時間で腐敗する。どうやら《老化と腐敗》の時間経過は違うようだ』


 老化スピードは1.2倍速、魔法砂時計で測定した老化範囲は、エレナの足で七歩・約五メートル。

 だが腐敗は「食べ物がすぐ腐る」とゲームシナリオに書かれた情報しかない。

 ゲームではバレンタインとホワイトデーイベントぐらいしか、食べ物は必要なかった。

 しかしこれが現実になって食べ物がすぐ腐ると、シャーロットは加熱した出来立て料理しか食べられない。

 腐敗の呪いのせいで、腕のいい料理人は嫌がって来てくれず、激マズ料理人を雇う羽目になっているとエレナは執事のジェームズから聞いた。

 そういえばシャーロットの部屋がどことなく寒々しいのは、花が一輪も飾られていないからだ。


『シャロちゃんの正確な腐敗速度が知りたい。エレナ、同じ花束を二つ用意してくれ』

「どうしてですか、花はすぐ枯れてしまうのに」

『シャロちゃんのベッドの側に花束を置き、同じ花束を呪いが届かない廊下に置く。花の枯れる時間を計算すれば、腐敗速度が分かる』


 翌日からエレナは様々な花を部屋に飾った。

 シャーロットの側に置いた花束はわずか三時間で枯れ、廊下に置いた花束は1日保った。

 いろいろ花の種類を替えても結果は同じ。

 三時間で花が枯れるとしたら、24÷3=8で、腐敗は八倍速で進む。

 そういえば老化・腐敗で奪われた時間は、どこに行ったのだろう。


「シルビア様は王都の有名洋裁店でドレスを仕立てています。それなのにシャーロット様は流行遅れの地味なドレス。花を飾ることも出来ないなんて、く、悔しいっ」


 シャーロット付きのメイドであるエレナは、妹シルビア付のメイドから色々言われたらしく、つい本音を吐いてしまう。


『花が無いなら宝石を飾ればいいじゃない。なんてゲームの悪ノ令嬢シャロちゃんが言ってたな。あれっ、花瓶に枯れてない花がある?』


 ここ数日ずっと枯れてゆく花を見続けたが、暖炉の上の小さな水差しの中に小さな緑色を見つけた。

 水差しの中を覗くと、水の中に沈んだ種から緑の芽が伸びて、小さな黄色い花が咲いている。


「これは水辺でよく見かける雑草のキキイロです。いつの間に紛れ込んだのかしら、すぐ処分します」

『ちょっと待てエレナ、どうして種から芽が出る?』

「一昨日水を取り換えたので、その時まぎれこんだ種が育って花が咲いたのかしら」

『そうか、微生物は物を腐らせて繁殖する。植物も同じと考えれば、二日の八倍十六日で種から芽が出て花を咲かせる』


 つまりシャーロットの《老化》は動物の成長スピードを1.2倍、《腐敗》は植物や微生物の成長スピードを8倍にする能力。


「ゲームオ様、ビセイブツとは何ですか?」

『えっと、この世界で微生物を教えるのは難しいな。分かりやすく説明すると』


 僕はエレナの持ってきた花を一輪、テーブルの上に放り投げる。


『エレナ、この花を八日間放っておけばどうなる?』

「それは枯れて腐りますよ。なに当たり前のことを言っているのですか」

『それじゃあ、水差しで咲いているキキイロを八日間放っておけばどうなる?』

「雑草だからどんどん増えて、水差しから溢れるかも……ああ、なるほど、そうですか!!」


 シャーロットはずっと屋敷に閉じ込められて、植物に触れることが無いから気付かなかった。

 シャーロットの《腐敗》呪いは、《植物及び微生物の成長促進》能力だった。


『これで問題解決だ。シャロちゃんの誕生日に合わせて花が咲くように育てればいい』

「植物なら庭師が詳しいでしょう。今から叩き起こして連れてきます」

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