第11話 シャーロットと禁書(ウスイホン)

 マーガレットは、一度言葉を句切って目を泳がせる。

 それを見たシャーロットの中にいる誰かが、必死に語りかけてきた。


 ーーこの屋敷の使用人は、寿命が短くなるより高い給金を選んで働いている。それほど金が欲しい。だから魔法砂時計より高価なものを家庭教師に渡せーー


 子供のシャーロットは物の価値が分からないが、部屋は伯爵家令嬢らしく格式高い家具と、貿易商の父親が世界中から集めた珍しい調度品がある。


「先生が欲しいなら、なんでも良いです。この部屋にあるモノと砂時計を交換してください」


 するとマーガレットの目の色が変わり、あれほど避けていたシャーロットに鼻先が触れるくらい詰め寄る。


「本当にいいの? この部屋にあるモノを、俺にくれるんだな」

「ええ、なんでも、先生の好きなモノを言ってください」


 マーガレットはシャーロットの父親の蔵書が並ぶ本棚に駆け寄り、震える手で棚の最上段に置かれた緋色の薄い本を取り出した。

 ノートサイズの無地の布張りで、タイトルも書かれていない質素な本だ。


「これは五十年前の聖教会改革で焚書対象になった、豊穣の女神がアレでエルフ女王とソレでナニする禁本ウスイホン。お願いだシャーロット様、俺にこの本を模写させてくれ」


 オネエ言葉を使うのも忘れて必死に頼むマーガレットを、シャーロットは不思議そうに眺める。



「その本でいいのですか? 本棚の後ろに似たような本が沢山置いてあって、時々お父様が読んでいます」


 シャーロットは本棚の左端を掴むと前に引っ張り出そうとするが、天井近くまで本が仕舞われた本棚は動かない。

 それを見たマーガレットはフリル袖をまくり上げると、野太い唸り声を上げながら本棚をつかんで持ち上げようとしたが、棚から本が二冊落ちただけでピクリとも動かない。


「シャーロット様、私がお手伝いしましょう。以前務めていた公爵家にも似たような本棚がありました。ほら、ここにある金具を横にスライドすれば」


 エレナは片手で金具に触れると本棚がひとりでに動いて扉のように開き、後ろの壁に埋め込まれた別の本棚が現れる。

 そこには、マーガレットの手にした物と同じ本が、数十冊並んでいた。

 緋色のウスイホンの背表紙には、一から五十六まで番号が振られている。


「うぉおおぉっ凄い、秘密の女神物語 全五十巻別冊六巻が揃っている。さすが北海一の大貿易商デニス様、呪わた娘の部屋に保管すれば、他の者達は禁書ウスイホンに手を出せない」

「私に魔法砂時計をくださるのなら、マーガレット先生は好きなだけウスイホンが読めます」

「ありがとうシャーロット様。それじゃあこの魔法砂時計は、シャーロット様にお渡しするわ」


 本を撫でまわすマーガレットの様子に、本に書かれた難解な文字は読めなくても勘のいいエレナは何かを感じ取り指摘する。


「本棚の後ろに隠すなんて、シャーロット様に見せられないような、イカガワシイ魔の本ではないの?」

「本当に生意気なメイドね。聖教会はこれを悪魔の本と呼ぶけど、実は真実が書かれているかもしれない。それともお前は教会に密告するの?」


 つい大声になったマーガレットに、シャーロットがおびえた表情になる。


「あら、アタシったらはしたない。シャーロット様、貴重な本を読ませてくださったお礼に、とっておきの歌とダンスを教えてあげる」


 そしてマーガレットはウスイホンを二時間以上読みふけり、本を複写すると言って二冊持ち帰った

 その日の夜、シャーロットは一晩中眠り続け、中の人は現れなかった。






 翌日から始まったダンスレッスン。

 家庭教師のマーガレットは、噂のせいでシャーロットのダンスパートナーが見つからないと言った。

 あの意地の悪い母親は、パートナーを探したりしないだろう。


「でも大丈夫。アタシはシャーロット様に、ひとりで踊るダンスを教えるわ。西の果ての国で、美しい踊り子の中でもとびぬけて綺麗な娘が踊るダンスよ」


 シャーロットはダンスの踊りやすい膝丈スカートと、つま先立ちで踊るためにリボンでできた靴を履く。

 靴先に仕込まれた浮遊魔法石が体重を支えるので、躍りすぎても足は痛くならない。

 シャーロットと同じく膝丈スカートをはいたムキムキマッチョのマーガレットが、優雅に片足立ちでポーズをとる。


「さぁシャーロット様、アタシの真似をして最初は片足で……。あら凄いわ、初心者なのに完ぺきなポジション。それじゃあダンスの振り付けから覚えてね」


 シャーロットは毎日深夜の階段昇降と食材運びで、体力がついている。

 記憶力が良くダンスの振り付けも一度見ただけで覚え、教えがいのある生徒シャーロットに、マーガレットは手取り足取り熱の入ったダンス指導をする。







 シャーロットの中の人は、真夜中に筋肉痛で目覚める。


『ひぃひぃ、足がガクガクする。十才の子供にバレエの黒鳥三十二回転を躍らせるなんて、あの野郎いかれている。でも僕がフィットネスゲーム・ばれえばれえアドベンチャーで鍛えた体幹を、シャロちゃんは持っている』


 ゲームオタクの中の人は、フィットネスゲームでもハードモード全クリア。

 特にばれえばれえアドベンチャーでは、プリマドンナ部門世界五十位以内のランカーだった。


『黒鳥ダンスを踊るシャロちゃんは、とても可憐で愛らしくて、荒み切った異世界に咲く大輪の薔薇のようだ』

「今のシャーロットお嬢様なら、ダンスのパートナーが押し寄せても不思議ではありません」


 シャーロットのダンスレッスンを見守っていたエレナが、誇らしげに答える。


「ところで悪魔ゲームオ、なぜ昨日は現れなかったのですか? というか、このままずっと現れなくてもいいのに」


 エレナの問いに、僕は首を傾げた。

 シャーロットと僕は、真夜中になるとスイッチが切り替わるように意識が浮上する。

 前日昼間に魔法砂時計を手に入れようと無理やり意識を浮上させたけど、シャーロットと入れ替わることは出来ず、彼女自身に動いてもらった。

 そして意識に負荷がかかった僕は、今日の深夜まで表に出てこれなかった。



「悪魔ゲームオ、その魔法砂時計を使って何をなさるつもりですか?」


 魔法砂時計は、砂の落ち方の変化で時空間の歪み(トラップやダンジョン入り口)などを感知できるアイテム。


「マーガレットは魔法砂時計で、シャロちゃんの老化の呪いが届かない距離を測った。これがあればシャロちゃんの《老化=時間を早める能力》をコントロールできる」


 ゲームでの《老化》特性は、クエストを時短できる便利なチート能力だけど、現実は迷惑なだけの呪いだ。

 シャーロットは記憶力が良いし、たった一日で片足立ちのフェッテで回転できるくらい運動神経も良い。

 だから呪いをコントロール出来るようになれば、普通の伯爵令嬢として、魔王や勇者と関わらず幸せに生きられるのではないか。



 この一カ月、シャーロットの中の人として順調な異世界生活を送ってきた僕は、腐敗の呪いをすっかり忘れていた。

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