アザレア毒殺未遂事件、その後
毒殺未遂のショックで倒れたアザレアは、翌日も翌々日になっても目を覚まさない。
ダニエル王子は副料理長のほかに、敵のスパイが紛れ込んでいないか屋敷の使用人全員を調べ、《神眼》鑑定の結果全員シロと判断した。
しかし家来の一部は、辺境伯ノア・トーラスに付き従い北山脈の大要塞にいる。
「内密に叔父上に連絡をとり、大要塞にいる家来の身元を検めろ」
ダニエル王子が事件の調査で忙しく動き回っている間、エレナがアザレアの警護を引き受け、シャーロットも一緒に同じ部屋で過ごした。
アザレアの部屋はシャーロットの子供部屋の三倍以上の広さで、念のため《老化》呪いが届かないように、ふたりのベットを両端に離してある。
三日目の夜になっても、まだ目覚めないアザレアの側を、シャーロットは片時も離れようとしなかった。
「シャーロット嬢、もう子供は寝る時間だ。今のところ屋敷の安全は確保された。俺が姉上の様子を見ている」
「でもこのまま、女神アザレア様が目を覚まさなかったら、どうしよう」
「その時は……最終手段の薬草チンキを使う。鳥の糞のような薬を、姉上に使うのは気が引けるが仕方ない」
「薬草チンキ三個ぶつけられた私が保証します。きっとアザレア様は、あまりの臭さに目を覚ますでしょう」
エレナは自信満々で発言する。
シャーロットは少し安心すると、急に眠たくなって大きなあくびをする。
その時、廊下からガタゴトと騒がしい音がして、扉を開けると庭師ムアが大きな花の鉢植えを抱えて運んでいた。
「夜遅くから申し訳ございません。クレイグ家から持ってきたノームアザレアの花が枯れそうです。どうやらこの花は、シャーロットお嬢様の側に置かないと元気がなくなります」
「そういえば、お花の数が半分に減っているわ」
庭師ムアを部屋に入れると、抱えていた大きな鉢植えを部屋の中央にゆっくりと置いた。
「南方の神の楽園に咲くノームアザレアは、祝福の加護が肥料になるといわれています。きっとシャーロットお嬢様の清らかな魂が花を咲かせたのです」
庭師ムアが説明していると、ダニエル王子が突然「なるほど、それでか」と呟く。
「どうしたのですか、ダニエル殿下」
「今朝執事が、屋敷内の観葉植物が異様な早さで成長していると報告があった。昨日メイドがシャーロット嬢に屋敷を案内したから、《腐敗=成長促進》の影響だろう。しかし困ったな、屋敷に置かれた百鉢以上ある観葉植物の手入れは大変だ」
話を聞いて、ウォホンウォホンと白々しく咳き込むムアに、ダニエル王子は笑いかける。
「四つ星土魔法使い、ハーフドワーフのムア・オリゾン。一応身元も調査済みだ。お前の作った薬草チンキにはとても助けられた。できればノームアザレアの花の世話と、トーラス家の植物の世話を頼みたい」
「ダニエル殿下、喜んでお引き受けします。辺境の植物を育てるのは庭師の夢です」
早速ムアは花の鉢植えに水をやり、枯れた花を摘んで手入れを始める。
シャーロットは寝間着に着替えてベッドに横になると、嬉しそうにノームアザレアの鉢植えを眺める。
再び廊下が騒がしくなり、護衛の門番が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「ダニエル殿下に報告します。屋敷の前で豊穣の女神様に会わせろと騒ぐ、怪しい男を捕らえました。男は殿下と知り合いだとわめいています」
「俺の知り合い? 辺境領まで同行した護衛騎士は全員王都に帰らせた。それに豊穣の女神、姉上に会わせろとは怪しすぎる。そいつはどんな男だ」
「背が高くてカマキリのように痩せた怪しい目つきの、薄汚れたバトラーの服を着た男です。とても口が達者で騒がしいので、捕らえて馬小屋にぶち込んでおきました」
「えっ、その怪しい男って……」
思わず声をあげたエレナと、シャーロットとムアにも心当たりがあった。
廊下で控える執事にアザレアを頼み、四人は捕らえた怪しい男を見に行く。
「ああっ、シャーロットお嬢様。もう二度とお会いできないと思いました。ここに来る途中巨大な白狼に襲われて、木に登って一晩中隠れて、やっとたどり着いたと思ったら野蛮な連中に捕まって。おいそこのお前、早く縄を解けっ」
両手両足を縛られて馬小屋の藁の上に転がされていたのは、予想通りグレイク家執事ジェームズだった。
「どうしてジェームズが、ここにいるの?」
「ええっ、シャーロットお嬢様、覚えていらっしゃらないのですか? 俺に必ずついてくるようにとお嬢様がおっしゃったのに」
「でもジェームズがいなくなったら、お家の仕事が増えて困るんじゃない?」
「ありがとうございます。シャーロットお嬢様だけは、俺の働きを認めてくれた。分かりました!! 辺境までの厳しい旅は、お嬢様の近くに居るための試練なのですね」
縄を解かれてもベラベラとしゃべり続けるジェームズを、エレナが肩を小突いて黙らせる。
「とりあえず館の中へ戻ろう。しかし豊穣の女神に会いに来たと言うが、お前はアザレア姉上を知っているのか?」
「アザレアとは、どなた様でしょう? 俺の豊穣の女神、唯一神はシャーロットお嬢様だけ。妹のシルビア様が聖女ならシャーロットお嬢様は格上の女神です」
一段と女神狂信者っぷりに磨きのかかったジェームズにエレナは苦笑いして、庭師ムアはよく来たとバシバシ背中を叩く。
「ダニエル殿下、ジェームズを呼び寄せたのは、シャーロット様ではなくゲームオでしょう」
「そういえばこの二日間、ゲームオは現れないな。とりあえずジェームズはシャーロット嬢付きの執事として扱う」
ジェームズは背筋をただし、頭を下げ洗練された美しい敬礼をした。
騒がしい夜が明け、毒殺未遂事件から三日目の朝。
覚悟を決めたダニエル王子が薬草チンキを準備中、間一髪でアザレアは目を覚ます。
「まさか副料理長が毒を仕込んだなんて、今でも信じられない。あの人は毎月私の生まれた日にケーキを焼いてくれたのに」
「もしかしてそのケーキにも毒が……。 俺は《神眼》を持ちながら、敵の暗殺者に気付かず姉上を危険な目に遭わせた」
ダニエル王子から事の顛末を聞いたアザレアは、ひどく意気消沈している。
部屋に運ばれた料理も、一口食べると味が違うと涙ぐみ、食べるのをやめてしまう。
ダニエル王子は彼女を必死に慰めて、なんとかスープ半分と果物二切れ食べさせた。
アザレアは少し離れた場所でこちらの様子をうかがうシャーロットに気が付き、弱々しく微笑みながら手招きする。
「ごめんなさい、シャーロットちゃんまで心配をかけてしまったわ」
「女神様はこの三日間、ずっとご飯を食べていない。私はいつもお腹が空いて元気がなかったの。だから女神様、もっとパンを食べてスープを飲んで元気を出して」
弱り切ったアザレアを、シャーロットは涙目でみつめる。
「そうね、料理人達は全員死んで別の人がスープを作ったから、スープの味がいつもと違うの」
そこまで言葉を紡ぐと、アザレアは両手で顔を覆って泣き出してしまう。
母親に期待して報われなかったシャーロットは、信じていた人に裏切られたアザレアの気持ちがよく分かる。
一緒に泣いてしまいそうになるのを、シャーロットは唇を噛んでこらえる。
「どうしたら女神様は元気になるの? 私は女神様を助けてあげたい」
弱った自分を気遣う少女をみて、アザレアは涙を拭いながらなんとなく呟いた。
「そう、ね。シャーロットちゃんの、暖炉でグツグツ煮込んだお肉の話。とても美味しそうだったわ。あれなら、少しくらい食べられるかもしれない」
結局その日アザレアは、ベッドから出ることができず、食事もスープ半分とパンを二口、果物を三切れしか食べられなかった。
「やはり、薬草チンキを使うしかないか」
ダニエル王子は苦渋に満ちた顔で呟いた。
*
『ゲームでなんども無料蘇生してくださった、我が恩人である亡者の姫アザレア様の大ピンチ。そして泣くのを健気に堪えるシャロちゃんに、愛おしさ増し増しっ』
深夜十二時。
ベッドで寝ていたシャーロットが、突然意味の分からない言葉を叫びながら飛び起きる。
エレナは無言でシャーロットに駆け寄ると、寝間着の上からガウンを羽織らせ、厚手のソックスと部屋履きを履かせた。
アザレアのベッドの側に置いた長椅子で仮眠をとっていたダニエル王子は、疲れた顔でシャーロットを眺める。
「この騒がしい汚れた赤黒いオーラは、ゲームオが目覚めたか」
『おはようダニエル王子、四日ぶりの世界だ。アザレア様は心配だし、シャロちゃんの食欲も落ちている。毒が心配なら自分で食事を作れば良い、僕がシャロちゃんとアザレア様の食事を作るぞ』
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