辺境伯令嬢アザレア・トーラス2

 シャーロットはバラの花を形取ったアイシングクッキーと百合の花のクッキー、林檎と葡萄味のキャンディを二個食べたところで、アザレアが声をかける。


「もうすぐ夕食の時間だから、お菓子を食べ過ぎてお腹がいっぱいになったら困るわ。シャーロットちゃんのために、御馳走を用意させているの」

女神アザレア様。これから食事なら、私は遠くの部屋に隠れています」


 シャーロットは慌てて椅子から立ち上がり、残されたお菓子を少し残念そうに見て、部屋から出て行こうとする。


「遠くの部屋に隠れる? シャーロットちゃんを歓迎するための食事会よ」

「でも私の呪いで料理が腐るから、食べ物がある場所に居てはいけないの」

「シャーロット嬢の《腐敗》呪いの範囲は本人から五メートル。出来たて料理を、すぐ食べられるようにテーブルに運ばせれば大丈夫だ」

「呪われた私が、女神様や王子様と一緒に食事をしても良いの?」


 戸惑った表情でたずねるシャーロットを見て、ダニエル王子は誕生パーティの時も、食事が終わるまで主役の彼女は姿を見せなかったと思い出す。

 クレイグ伯爵家の食事は、貧相シャーロットの《腐敗》呪いのせいで飯マズと噂されていた。

 しかし呪いの範囲は半径五メートル、彼女は屋敷の五階に軟禁されていたから、調理場や食堂まで呪いの影響は及ばないはずだ。

 クレイグ家の料理が不味いのは、呪いではなく単純に料理人の腕が悪いのだろう。


「もちろんよシャーロットちゃん。私の隣に座って、一緒にお食事しましょう」


 アザレアはシャーロットの手をとると安心させるように微笑んで、一緒に食堂へと向かう。

 シャーロットの後ろに影のように控えていたエレナに、ダニエル王子は問いかける。


「シャーロット嬢は、ずっとひとりで食事をさせられていたのか」

「グレイク家は旦那様が常に不在で、メアリー奥様も妹のシルビア様も食事はほとんど外で済ませます。奥様と一緒に食事をしないシャーロット様が、呪って料理を腐らせるなんて不可能です」

「そうか、噂に尾ひれがついて広がる。よくある話だ」


 ダニエル王子はシャーロットの境遇と、役立たず王子と噂される自分と重ねた。




 案内された食堂は館の二階で、大きな窓から緑豊かな外の景色が見える。

 大テーブルの主賓席にダニエル王子が座り、アザレアとシャーロットが隣同士で座る。

 上品なレースのテーブルクロス、《腐敗》呪い避けで白い造花が飾られていた。

 出来たて料理を素早く運ぶ配慮から、食堂の扉を全開にしているので、廊下から肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってくる。


「今日のメインはダニエルが大好きな肉料理ね。シャーロットちゃん、お肉は好きかしら」

「はい女神様。私は大きなお肉を一晩暖炉でグツグツ煮込んで、トロリと柔らかくなったお肉が口の中でじわっと溶けて、お腹がポカポカ暖かくなるシチューが大好きです」

「えっ、シャーロットちゃんのお肉。とても美味しそう」


 思わずシャーロットの顔をのぞき込むアザレアの前に、ダニエル王子より先に前菜の料理が運ばれる。

 白い大皿の上に、彩りよく盛り付けられた三種類の料理。

 アザレアは野菜の巻かれた生ハムのマリネにフォークを刺すと、パリンと音がして腐敗防止の氷魔法が解ける。

 プチトマトと白身魚のゼリー寄せ、木の実と鶏肉のキッシュも氷魔法が施されている。

 彼女は先に美味しそうに料理を食べると、ダニエル王子に目配せをして、王子も料理に手を付ける。

 シャーロットは家庭教師からテーブルマナーを教わったが、他人と一緒に食事をしたことがないので、アザレアの作法を真似ながら食べる。


「あっ、この野菜とても色が濃いのに、全然苦くないし堅くない」

「シャーロットちゃんは野菜を食べられるのね。ダニエルはこの野菜が出ると、私のお皿に」

「姉上、それは子供の頃の話で、今は嫌いでもちゃんと食べます」

「女神様、この野菜は虫も泥もついてないし木の枝みたいに堅くなくて、とても美味しいです」

「シャーロットちゃん。貴女は今までどんな料理を……食べさせられたの?」


 アザレアは思わず言葉を詰まらせた。

 シャーロットは彼女の様子に気付かないまま、夢中で食事を続ける。

 アザレアはシャーロットの後ろで控えるメイドに声をかける。


「貴女は、エレナさんといったわね。シャーロットちゃんは家で、どんな食事をしていたのかしら」

「シャーロット様の召し上がる食事は、野菜はほとんど生、肉は逆に火を通しすぎて半分焦げて固くなった状態で、まともに調理されておりません。なので夜になると、ある方が厨房に忍び込み食材を調達して子供部屋で料理を作り、朝早く目覚めたシャーロット様は出来たての料理を召し上がります」


 エレナの説明にアザレアは不思議そうな顔をして、ダニエル王子は納得したように軽く頷く。


「ある方、なるほど」

「つまり家ではまともな食事を与えられなかった。 そしてシャーロットちゃんのために、厨房に忍び込んで食事を作ってくれた有志が居たのね」

「有志と言いますか自身と言いますか、近いうちにアザレア様に紹介できると思います」


 三人が話している間にシャーロットは前菜を食べ終え、スープ皿に手を伸ばそうとした、その時。


「いけません、シャーロット様!!」

「《腐敗》呪いはこういうとき便利だな。スープが赤黒く変色している、これは毒だ」


 エレナが素早くシャーロットの腕を掴んで、椅子ごと後ろに引いた。

 立ち上がったダニエル王子がスープ皿の中身を確認すると、テーブルに運ばれてきた時は透き通っていたスープの表面が泡立ち、中に沈んだ肉が赤黒く変色して溶け始めている。


「今すぐ料理人を全員、捕らえなさい」


 アザレアが厳しい声で使用人に命じると、控えていた数人のメイドと執事が素早く駆けだした。

 ダニエル王子は怯えてエレナにしがみつくシャーロットの姿を一瞥すると、青ざめた顔のアザレアに説明する。


「俺たちが話をしている間にスープが置かれ、五分くらい経つ。そしてシャーロット嬢の《腐敗》呪いは八倍速。だから五分の八倍、スープは四十分放置された状態で毒が変質した」

「ダニエル殿下は従者を全て帰らせ、シャーロット様の従者は私と庭師二人だけです。スープに毒を盛ったのは、この屋敷の使用人でしょう」

「でも料理人達は全員、十年以上館に務めるベテランシェフよ。そんなことは」


 すると廊下から慌ただしい足音が聞こえ、白髪の執事が顔面蒼白になりながらアザレアの前に来る。


「アザレア様、厨房で料理人が全員死んでました。三人は胸や喉を刃物で切られて、副料理長だけ全身紫に変色して、スープの毒を飲んで自害したようです」


 報告を聞いたアザレアは小さな悲鳴をあげると気を失い、崩れ落ちる彼女の身体をダニエル王子が抱きかかえる。

 怒りより哀しみを堪えるダニエル王子の瞳を見て、シャーロットはなにかに気付く。


女神様アザレアが王子様より先に料理を食べていたのは、もしかして毒味をしていたの?」

「シャーロット嬢、その通りだ。姉上は俺みたいな役立たず王子のために毒味をして、何度も死にかけて身体を壊し、俺のせいで嫁げない身体になった」


 明るい彼女の性格に惑わされたが、聖教会に飾られる彫刻の女神と間違われるほどの白い肌は、アザレアの身体が衰弱した証だった。


「王族の俺がいなければ、姉上は安全だと思っていた。しかし敵は辺境伯の館に暗殺者を潜伏させ、アザレアの命も狙った」

「まさか、敵は女神様が最初にスープを飲むことを知っていたの?」

「シャーロット嬢は本当に賢いな。豊穣の女神の生き写しと呼ばれる姉上を、邪魔に思う連中がいる」


    

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