シャーロットと上級薬草
毒殺未遂事件で弱ったアザレアの体調も、上級薬草入りスープでだいぶ回復した。
「ダニエルがシャーロットちゃんを助け出したと思ったけど、私の方が助けられた。貴女は私の救いの天使よ」
「
シャーロットは小首をかしげながら、母親から投げつけられた残酷な言葉で答える。
アザレアは美しい顔を一瞬だけ曇らせると、柔らかな微笑みを浮かべながらシャーロットを抱きしめた。
「可愛くて優しいシャーロットちゃん。誰がなにを言っても、貴女は私の天使」
正式にトーラスケの客人として招かれたシャーロットは、日当たりの良い二階の客間を与えられた。
そして客間の真上と真下の部屋には、大量の植木鉢が運ばれる。
*
『アザレア様の体調を完全回復するには、もっと沢山の上級薬草が必要だ。シャロちゃんから《老化・腐敗》呪いの範囲は、前後左右上下五メートル。つまり客間の上と下の部屋で薬草を《腐敗=成長速度八倍》で育てる』
深夜の作戦会議、シャーロットの部屋にはダニエル王子とエレナと庭師ムア、そして執事ジェームズが呼ばれていた。
「部屋を温室のように暖めれば、北の辺境でも上級薬草は育ちます。成長に三ヶ月かかる上級薬草も、シャーロットお嬢様の側なら十日で収穫できます」
「しかし俺が聖教会で聞いた話では、上級薬草は栽培が非常に難しく、十本植えても半分しか成長せず花が咲き種をつけるのも半分と聞いた」
「ダニエル殿下、それが不思議なことにシャーロットお嬢様の側で上級薬草を育てると、十本植えて八本育ち、七本花が咲きました。普通なら種は五個しか出来ないのに、シャーロットお嬢様の上級薬草は種が八個採れました」
そう言うとムアは、テーブルの上に小さな植木鉢を置く。
昨日種を植えたばかりの上級薬草が、すでに芽を出していた。
『ムアじいさんの説明だと、普通上級薬草100本植えたら50本成長して、花が咲くのが25本で種が125個採れる。でもシャロちゃんの上級薬草は100本植えたら80本育って、70本花が咲いて種が560個採れる。すごい、シャロちゃん優勝だ』
「シャーロット様、素晴らしいです。これだけ薬草があれば、きっとアザレア様の身体も癒えて健康を取り戻すでしょう」
弟の病を治すのに苦労したエレナは、衰弱したアザレアを他人事とは思えず、とても親身になった。
「よかったよかった、これでアザレア様も一安心だ」
「えっと、シャーロットお嬢様もエレナもムアも、何の話をしている? 上級薬草? マタオレダケ仲間ハズレ」
上級薬草スープの食事会でハブられ、作戦会議の会話にもついて行けないジェームズは、恨めしそうな顔でエレナを見るが無視された。
さすが気の毒に思ったのか、ダニエル王子がジェームズに話しかける。
「お前は確か、ジェームズと言ったな。異端思想に寛大だった前法王直属の神官だったが、現法王に替わると同時に俗世に戻った。ジェームズは聖教会がどれほど高級薬草の利権に執着しているか分かるだろ」
「俺が聖教会を抜けたのは、神官見習いに降格され給金が十分の一になって、大切な本を燃やされたからです」
表情を変えず冷たい声で答えるジェームズに、燃やされるなんてどんだけヤバい本を読んでいた。と全員が心の中で思った。
「俺の話はどうでもいいです。それよりもこれでアザレア様も一安心程度の話ではありません。普通上級薬草100本から三ヶ月後に採取できる種は125個。そしてシャーロットお嬢様の上級薬草100本から十日で種が560個。これを繰り返せば一ヶ月で約1600個。宝石より高価と言われる高級薬草の種が、ひかえめに計算しても三ヶ月で4800個採取できます」
「ジェームズの言う通り。姉上ひとりで使い切れないどころか、トーラス家の家臣全員に配っても余るだろう」
ここまで黙っていたエレナが、堪えきれない様子で椅子から立ち上がる。
「私は弟の病を治すために騎士学校をやめて、働いて働いて稼いだ薬代500万を、医者は上級薬草ポーション二本分と言いました」
「上級薬草ポーションは一本200万、100万は医者の治療費だろう。サジタリアス王国の病弱な第一王子は、ポーションを毎日二本使っている」
「ダ、ダニエル殿下。そのような王族に関わる話を、軽々しく話されるのは」
聖教会に詳しいジェームズと王族に詳しいダニエル王子の会話に、シャーロットの中の人は『ああ、なるほど。それで』とひとりつぶやく。
ゲームの中で、王様が極秘に、勇者に上級薬草を探させるクエストがあるからだ。
『でもいくら上級薬草が貴重だからって一本200万は高い。聖教会、暴利むさぼりすぎだ』
「ゲームオ、上級薬草の買い取りもポーションの販売も、すべて聖教会の管轄。だが貴族屋敷内に生えた上級薬草は、豊穣の女神からのギフトと言われ聖教会でも手出しできない」
「豊穣の女神と容姿がそっくりのアザレア様がいれば、愚かな神官どもは見た目に騙されて、《老化・腐敗》呪いのシャーロットお嬢様が上級薬草をもたらしたとは思わないでしょう」
異様に頭の切れる執事ジェームズは、上級薬草について知らなくても、庭師ムアの最初の説明だけで全てを把握する。
「そうだな、今の聖教会は《勇者》をでっちあげるのに忙しい。辺境で上級薬草が多めに出回っても気がつかないだろう」
『あははっ、僕の大切なシャロちゃんを罵倒した神官連中に一本も渡すものか。って、ちょっと待て。
「ゲームオは、そんなことも知らないのか。妹のシルビアが五十年ぶりに現れた聖女、そして最近魔物の活動も活発になり、近々魔王が復活すると法王が予言された。聖教会による《勇者》探しが始まっている」
《勇者》そいつは僕にとって、諸悪の元凶。
僕の最推し最愛・悪ノ令嬢シャーロットのお家を焼き、「愛を知らない」とほざいたエロハーレム勇者。
燃えさかる炎の熱さと選べない運命に、絶望と怒りが脳裏でフラッシュバックする。
嫌悪感で全身に鳥肌が立ち、手足を震わせるシャーロットに、誰かが気遣わしげに声をかけた。
「顔が真っ青で気分が悪そうだ。大丈夫か、ゲームオ」
そうだ、こいつ、サジタリアス王国第五王子ダニエルは魔王になる予定の男。
ゲームの世界では、魔王と勇者と聖女はセットだった。
聖女は聖教会が勝手に祭り上げられるけど、魔王が現れなければ勇者も現れない。
エロハーレムは勇者特権だから、こいつが魔王にならなければ勇者は平民上がりの冒険者で、伯爵令嬢シャーロットとは身分が違いすぎて手を出せない。
『しかしダニエル王子は、魔王以外の何になる?』
「シャーロットお嬢様。王子とは、王を目指す者です」
中の人の声に、何も知らないはずのジェームズが答える。
こいつを王にする?
しかしダニエル王子は自分を見下しすぎて優柔不断で、王子としての矜持が足りない。
『そういえばゲームの魔王は側近四天王が全員馬鹿で、勇者に先手をとられていた。魔王に仕事の出来る優秀な側近がいれば、勇者に負けない……優秀な側近』
シャーロットは思わず目を見開き、ダニエル王子とジェームズを交互に見比べた。
『そうか、シャロちゃんに執事は必要ない。ジェームズは今からダニエル王子の執事になれ』
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