第7話 中の人、悪魔と間違われる
ワイン泥棒騒動から半月後、やっと新しいメイドが見つかった。
「初めましてシャーロット様、今日からメイドとしてお仕えするエレナです。宜しくお願いします」
栗色の長い髪を一つに束ね、見た目十六才くらいの面長で肌が透き通るように白い、光の無い切れ長な黒い瞳のメイドが丁寧に挨拶をする。
本を読みふけっていたシャーロットが顔を上げて無表情で頷くと、それまで墨を流し込んだように黒々とした瞳に光が宿る。
「シャーロットお嬢様、わたくしに何か御用はありますか?」
皆が避けるシャーロットにメイドは弾んだ声で何度も話しかけるが、彼女はメイドに背を向けて全く興味を示さなかった。
しばらくして会話を諦めたメイドはお茶を入れたが、シャーロットは一口飲んで残した。
真夜中は、シャーロットの中の人である僕の時間。
毎晩五階子供部屋から一階厨房までの階段昇降と、やたら長い廊下ウォーキングのおかげでシャーロットはかなり体力がついた。
深夜の食料調達は順調、クローゼットの上段奥に常温保存の出来る食材を溜め込んでいる。
『今日は胡椒風味の香辛料と壺一杯のハチミツを調達したから、シャロちゃんに甘いフレンチトーストを作ってあげよう』
僕は温かいハチミツ入り紅茶を飲んで一服していると、扉のドアノブがガチャガチャと音を立てる。
シャーロットが住む屋敷の北側は、夜は全くの無人で警備の者も居ない。
ついに深夜徘徊、食料調達がバレた?
部屋中煌々と明かりがつき、テーブルの上にパンとハチミツ壺と胡椒瓶が置かれているが片付ける時間は無い。
僕は大慌ててベッドの中に潜り込むと、目をつむり狸寝入りをする。
ガシャンと冷たい金属音が響き、扉が開錠された。
ゆっくりと扉が開き、何者かが足音を立てずスルリと部屋に入り込む。
いつも部屋を訪れる執事のジェームスではない。
頭を黒い頭巾で覆い隠した細身の侵入者は、素人ではない身のこなしをしている。
ただのコソ泥か、それともシャーロットを狙う殺し屋?
侵入者が扉の手前に置かれた燭台に手を伸ばした瞬間、僕は指先に魔力を込めてこすり合わせる。
突然蝋燭の炎が大きく膨れあがりフラッシュバック、侵入者の甲高い悲鳴が聞こえた。
『その蝋燭はシャロちゃんの火魔法で燃えているから、勝手に触ると危ないよ』
侵入者が火の燃え移った黒頭巾をはぎ取ると、栗色の髪に漆黒の瞳の新入りメイドが姿を現す。
「どうしてお前、起きている!! 飲み物に睡眠薬を入れたはずだ」
『僕の愛情たっぷり甘くて美味しい紅茶を飲み慣れたシャロちゃんが、あんな渋くて冷たい紅茶を飲むわけ無いだろ』
昼間シャーロットに親し気に話しかけて、優しそうなメイドで良かったと思ったのに、あれは敵を油断させるための罠だったのか。
『さてと、シャロちゃんの火魔法でお前を呪ってやろう』
シャーロットは二つ星魔法しか使えないけど、乳母を呪い殺し母親の寿命を縮めると思われている。
だから僕は、ゲームの冷酷で高慢で嗜虐趣味の悪ノ令嬢シャーロットのように振る舞い、相手をビビらせてこの窮地を逃れる。
「ちょっと待て。私は執事から、深夜に部屋を抜け出すシャーロット様を監視しろと命じられただけだ」
新入りメイドは漆黒の闇のような瞳でシャーロットを凝視すると、声を震わせながら叫ぶ。
「そういうお前こそ誰だ。シャーロット様と魂の色が違う、まさか悪魔に乗っ取られたのか」
『悪魔って、まさか僕のこと? ふざけんな、シャロちゃんを軟禁してマズ飯食わせて育児放棄している連中の方が、よっぽど悪魔だ!!』
新入りメイドが昼間に見たシャーロットは、とても澄んだ美しい魂をしていた。
しかし夜のシャーロットは、少女とは思えないふてぶてしさと、欲望が肥大した激しい狂気のような魂をまとっている。
「シャーロット様は透き通る湖の底のような、美しい青紫色の魂だ。しかしお前は、全てを焼き尽くす溶岩のように赤黒くただれた色の魂をしている」
『えっ、もしかして心眼が使えるの? うおーーっ、なんという激レア情報。僕の魂なんてどうでもいいから、シャロちゃんの魂について詳しく教えてくださいっ』
ゲームの《心眼》は、魔物に取り憑かれたり、人間のふりをしたゾンビを見つけるのに便利な特性持ち。
という事は、僕はシャーロットに取り憑いた魔物状態なのか?
「高い給金につられて来たが……聖女候補の妹シルビア様より、シャーロット様の方が美しく高貴な魂をしている。なのにお前のような汚れた魂の悪魔に気にいられるとは」
『いやいや、僕は悪魔じゃないし。推しキャラシャロちゃんのために課金で全財産を捧げたゲームオタクだから』
新人りメイドは僕のことを悪魔だと勘違いして、さげすむような目つきで睨みつけながらため息を漏らす。
《老化・腐敗》呪いのシャーロットが、さらに悪魔憑きなんて噂されたら今よりもヤバい目に合う。
聖教会の悪魔祓い・異端尋問・拷問・その他諸々、新人メイドが執事にチクる前に何とか……最悪の場合、口をふさぐか。
そういえばこのメイド、高い給金につられたと言うが、昼のシャーロットをやたら褒めたたえるし、もしかして味方に引き込めるかもしれない。
『シャロちゃんに悪魔が取り憑いているなんて報告したら、妹シルビアの聖女候補も怪しくなるし、貴族に対する不敬罪で罰せられるぞ。それにあんた、金に困っているんだろ』
そういいながら僕は、椅子の背に引っかけたガウンのポケットから、銀スプーンを取り出す。
この屋敷は僕が厨房から食器を持ち出しても気付かないくらい管理がザルだし、いずれ全て燃えてしまうなら有効活用した方がいい。
アンティーク銀スプーンは、あっちの世界のネットオークションでも良い値段がつく。
きっと異世界でも、それなりの価値があるだろう。
『シャロちゃんは一晩中ベッドでぐっすり寝ていました。と執事に報告するなら、口止め料にこの銀スプーンをやろう』
「まさか、私に、高価な銀スプーンをくれるの?」
『これからエレナがシャロちゃんに協力するなら、報酬として毎週銀スプーンを一本渡す』
僕は火魔法で指先に炎を宿すと、銀スプーンの柄に刻まれた家門を熱で溶かす。
シャーロットの二つ星魔法は、戦闘では役に立たないけど生活魔法としては優秀だ。
メイドはテーブルの上に置いた銀スプーンに恐る恐る手を伸ばすと、素早く胸ポケットにしまって交渉は成立した。
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