シャーロットと深い森

 深い森は北の地でありながら、巨大な常緑樹がうっそうと生い茂る。

 魔獣を狩る冒険者は、森の中に敷かれた北要塞へ続く石畳の軍事用道路を進み、目当ての魔獣テリトリーへ踏み込んでゆく。

 高位の魔力を持つダニエル王子とアザレアは、子供の頃深い森が遊び場だった。


「深い森に入るには、魔力二つ星レベル50以上。シャーロット嬢はレベル54でギリギリ中に入ることが出来る」

「ダニエル、シャーロットちゃんに私お下がりの地獄赤毒蜘蛛の糸で織られたワンピースを着せたから、防御はばっちりよ」


 黄金色に輝くバスターソードの鞘に手を掛けたまま先頭を歩くダニエル王子は、六人の中で一番強く五つ星光属性でレベル150。

 四つ星魔力レベル175のアザレアは、ダニエル王子の少し後ろを白虎にまたがって進む。

 彼女は裾の広がった紅色のズボンを履き、弓を射る用の黒い長手袋で腕を覆う。


「シャーロット様には私とムアが付きます。魔物が現れた場合、お二方はバトルに集中してください」


 騎士学校四聖の衣装に身を包むエレナは、魔力ゼロだが相手の魔法防御や魔力付与を無視の物理攻撃で四つ星魔獣を倒す。


「それならどうして一つ星魔法しか使えない俺を、深い森に連れてきたのです。もしかして魔物の生贄要因ですか」

「ジェームズ、遠征に必要な食料や荷物運びを頼めるのはお前しかいないんだ。戦闘中は、四つ星土魔法のムアがお前を守る」


 アザレア毒殺未遂事件のあと、ダニエル王子は館の使用人を一切信用しなくなった。

 深夜にシャーロットの中の人が作った料理、それ以外の料理はエレナかジェームズ、ダニエル王子自身が毒味するほどだ。


「ジェームズひとりで荷物を運ぶなんて可哀想。リュックの後ろに吊したフライパン、私が持ってあげる」

「ああっシャーロット様、なんという慈悲深きお言葉。心配はご無用です、シャーロット様のお荷物を運ぶのは下僕のつとめ、最大のご褒美ですから」


 それまで散々愚痴っていたジェームズは、シャーロットに労ねぎらわれると喜んで、山のような荷物を軽々と運ぶ。

 シャーロット達が深い森に入って半刻、白虎の気配を感じ取った魔獣は、姿を見せても一目散に逃げだす。

 森の緑が一層濃くなり、樹齢数百年はある木々がうっそうと生い茂る場所に来た頃、先頭ダニエル王子が足を止める。

 前方のぬかるみに巨大な人型の足跡と、木がなぎ倒される音が聞こえた。


「みんな警戒して。四つ星の白虎を怖がらないなんて、かなり高位の魔獣よ」


 地響きのような足音が近づき、アザレアは後方のエレナ達に警告を発する。

 先頭ダニエル王子の目の前に現れたのは人間の倍の身長に五倍以上の体、森に同化した緑の皮膚を持つ魔物。


「これは噂で聞いたことがある、深い森の緑の巨人。一つ目の魔獣サイクロプス」


 サイクロプスの姿に素早く反応した白虎は、アザレアを背に乗せたまま木々の上まで跳躍する。 

 サイクロプスの巨大な赤い目がダニエル王子の姿を捕らえ、黄色い歯をむき出しにしてゲタゲタと笑いながら巨岩のような拳を振り上げた。

 次の瞬間、空気を切り裂く鋭い音が響き、サイクロプスの目に赤い矢が刺さる。

 アザレアは白虎に跨がりながら、優美な流れるような動作で弓を引き次々矢を放つ。


「ふふっ、めだまが大きいから、矢がよく当たるわ」


 大量の矢が剣山のように目玉に刺さり、サイクロプスの視力を奪う。

 サイクロプスはひとつ目から青い血を流しながら、木々の間を跳躍する白虎を捕らえようと巨大な腕を振り回す。

 エレナは素早い動きでサイクロプスに接近すると、細身の双剣で巨大な足の指を串刺し、更に隠しもっていた五本の剣で足の指を地面に縫い付ける。


「人と似た姿の魔獣は弱点も人と同じ。脚を攻撃されれば、巨大な身体を支えられない」


 耳をつんざくような悲鳴が森に響き渡り、サイクロプスは足の指に刺さった剣を抜こうと前屈みになる。

 その背後にダニエル王子が回り込み、脚の健を狙ってバスターソードで切りつける。

 巨大なサイクロプスの身体がバランスを崩し、ズドンと音を立てて背中から倒れた。 


女神アザレア様もエレナも凄い凄い。大きな魔物をいじめている」


 庭師ムアが土魔法で出現させた岩壁に避難したシャーロットは、喜んで手を叩く。


「シャーロット様、お膳立ては済みました。この石をサイクロプスに投げて戦いに参加するのです」


 シャーロットは不思議そうに首をかしげたが、ムアから石を渡されて意味を悟る。

 一度でも敵を攻撃すれば、魔物討伐に参加したと認められるからだ。

 シャーロットは片足を高々とふり上げ、前に踏み込む奇妙な仕草で石を投げる。

 シャーロットが中の人の投球テクで放った石は、球速170キロのスピードで変速回転しながらサイクロプスの鼻にめりこみ、ぐしゃりと鈍い音を立てた。


「速いっ、シャーロット様の投石は更にスピードを増して、三つ星魔法ロックアタック以上の威力があります」

「それにシャーロット嬢は、格上の魔物を見ても恐れない」


 シャーロットが恐れないのは、サイクロプスの血は青いのと、深夜に忍び込んだ厨房で血抜き最中の大量の肉を見ていたから。

 目と鼻を潰されたサイクロプスは四つん這いで起き上がると、シャーロットめがけて突進する。

 しかしダニエル王子がシャーロットの前に躍り出ると、黄金に輝くバスターソードを一閃、一つ目のサイクロプスの首がごろりと落ちた。

 胴体だけになった体は四つん這いのまま十歩進み、大木にぶつかって動かなくなった。




 その後、日が沈むまでにブルーサンダーベアとアンデッドスコーピオン四匹を討伐し、小川が流れる岩場を野営地にする。

 ムアは地面を土魔法で平坦してテントを二つ張り、ダニエル王子は王族結界で安全を確保。


「深い森の西にある旧採掘場に、巨大な白い魔獣が飛んでいたとギルドから報告があった。旧採掘場に転がる雪水晶を食べにきたアイスドラゴンだろう」

「ダニエル、西の旧採掘場はとても遠くて、片道三日かかるわ。シャーロットちゃん、今日は森の中で寝るけど大丈夫?」


 シャーロットがトーラス領に来るまで寝泊りした王族馬車は、三つ星ホテル並みに豪華で、本格的な野営は初めてだ。


女神アザレア様、私が閉じ込められていた子供部屋は、夜になると真っ暗で外と同じくらい寒かったから、暗いのも寒いのも平気です」


 シャーロットは明るく答えながら、深い森の珍しい昆虫を見つけて虫網を振り回す。

 シャーロットの返事を聞いたアザレアは、小柄な少女の辛い境遇と健気な態度に庇護欲をそそられる。


「シャーロットちゃん、夜は私と一緒のテントで寝ましょう。白虎が私とシャーロットちゃんを守ってくれるわ」

「でも白虎は時々、私を睨みつけてグルグル唸るの。噛んだりしない?」

「白虎は、心清らかな者には危害を加えたりしないわ」


 アザレアは白虎の首に腕を回し大人しくさせると、シャーロットは恐る恐る手のひらで撫で、艶やかでモフモフな毛並みを堪能する。

 ふたりが仲むつまじく会話をしている側で、ダニエル王子はエレナに目配せをした。


「白虎が威嚇したのは、シャーロット嬢の中に潜むゲームオの存在に気付いたのだろう」

「中身はよこしまで汚れたゲームオ様でも、身体は清らかなシャーロット様。ゲームオ様が目覚めた途端、白虎に襲われるでしょう」

「そうか、姉上とシャーロット嬢が一緒に寝るなら、俺も同じテントで寝る」


 おもわず声が大きくなるダニエル王子に、アザレアが振り返ると悲しげな顔をした。


「ダニエルはやっぱり、シャーロットちゃんと一緒に居たいのね」

「ちがう、シャーロット嬢が夜中姉上に悪さ、ではなく寝相が悪いから俺が一緒に……」

「シャーロットちゃんが悪さするとか、話の意味が分からない。私のテントに男性は立ち入り禁止よ」


 ゲームオの存在を知らないアザレアに、ダニエル王子は思いっきり誤解された。

 野営の夕食は、干し肉に日持ちする硬いパンとスクランブルエッグという簡単なメニュー。

 そしてアザレアはシャーロットと同じテントで休む。



「ついに、憧れのアザレア様と同衾できた。くんかくんか、アザレア様の甘い香りに柔らかな細い……なんだか雑草みたいな匂いと、ゴワゴワして太い腕?」

「ふぉふぉふぉ、シャーロットお嬢様は寝相が悪いのぉ。ちゃんと毛布を被ってください」


 深夜目覚めたシャーロットの中の人は、庭師ムアに硬い腕枕をされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る