中の人、キャンプ飯作る。

 少しだけ時を戻す。


 野営一日目の簡単な夕食が済むと、アザレアは焚き火の近くで大きな黒い傘を開くと地面に突き立てる。

 すると黒い傘の軸が三メートルほど伸びて、傘の骨がにょきにょき広がりながら伸びて地面に突き刺さり、神海鯨の光沢のある黒い皮(防水)の生地に覆われたグランピングテントが設置された。 

 シャーロットは突然現れた、貴族仕様の最高級グランピングテントに驚く。


「すごいすごい、森の中にお家が出来た。これなら白虎も一緒のテントで寝れるわ」


 テントの中を覗くと床は毛足の長い絨毯、中央には雪山七角鹿の毛皮のラグが敷かれ、白虎は真っ先にラグの上に陣取った。


「シャーロットちゃん、床は少し硬くて冷たいけど白虎の身体にもたれると暖かいの。足先が冷えないように跳び兎の靴下を履いてね」


 テントに入ってきたアザレアは、防寒用のロングコートを毛布代わりに身体に巻き付けると、ラグの上に寝転んだ。

 シャーロットはアザレアの隣に座り白虎に背中を預けると、しばらくモゾモゾ動いてポジショニングする。

 夕食は少し物足りなくてテントの中も少し肌寒いが、深い森の中を一日中歩き続けた疲れで、シャーロットがうとうとし出した頃。

 テントの幕が上がり、外の冷たい風が吹き込むとエレナが顔を覗かせた。


「失礼しますアザレア様。私は二時間ほど周囲を偵察に行きますので、その間シャーロット様をお願いします」

「エレナ、外はとても暗いから気をつけてね」

「任せてエレナ。女神アザレア様をしっかり守ります」

「あらあら、シャーロットちゃんは私を守ってくれるの」

「もちろんです。モンスターが現れたら、私が戦っている間に女神アザレア様は白虎と逃げてね」


 アザレアは子供の強がりと思ったが、シャーロットはとても真剣な顔で答える。

 もし危険が迫れば、この少女は自分を助けるために本気で命を投げ出すだろうとアザレアは思った。

 母親から育児放棄され子供部屋に軟禁されたのに、シャーロットはとても無邪気で、時々昆虫同士を戦わせたりと少し残酷な面もあるが、惜しみなく愛を分け与える。

 こんな小さな子供が、アザレアに無償の愛と献身を示す。

 アザレアは寝転んだシャーロットに腕を伸ばし、ぎゅっと思いっきり抱きしめながら呟いた。


「シャーロットちゃんは、誰かに優しくされた事はある?」

「エレナとジェームズとムアと、それから家庭教師のマーガレット先生。みんな私にとても優しいわ」

「それは使用人だから優しいの。シャーロットちゃんに愛情深く接した人はいるのかしら?」


 アザレアの問いかけに返事は無く、腕の中のシャーロットは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 そしてアザレアが眠った頃、テントに忍び込んだダニエル王子がシャーロットを隔離した。



 *



『ムアじいさんの硬い腕枕で、一晩中寝るなんて嫌だぁ!! それに今夜の夕飯はしょっぱくて硬い干し肉と焦げた卵焼き。野営だからって、僕の愛するシャロちゃんとアザレア様に不味いものを食べさせるな!!』

「野営時の食事はこんなものだ。それともゲームオが何か作ってくれるのか」


 真夜中過ぎ、シャーロットの中の人が目覚めたのは緑の布が張られたテントで、ムアじいさんの腕枕、その隣でダニエル王子がバスターソードの手入れをしていた。


『はっ、もしかして王子はアザレア様に誤解されまくった腹いせに、シャロちゃんと同衾を企んでいるのか』

「誰が貴様のような悪魔と一緒に寝るものか。俺は仮眠を済ませたから、朝まで火の見張りをする」


 ダニエル王子は声を荒げ心底嫌そうな表情で立ち上がると、テントの外へ出て行く。

 起き上がったゲームオはにんまりと笑いながら、続いてテントを出ると焚き火の側に駆け寄る。


『ダニエル王子は堅物過ぎて余裕がない。モンスターのいる森でキャンプなんて、ハンターの憧れ「上手に焼けましたぁ」が出来る。今夜は美味しいキャンプ飯作るぞ』

「シャーロットお嬢様、もっと後ろへ下がってください。火の側は危ないです」

『ムアじいさん、シャロちゃんが立っている場所に、土魔法でこのくらいの岩の筒を作って欲しい』

「シャーロットお嬢様、その形は岩竈ですね。ではジェームズが持ってきた鉄鍋がピッタリはまる大きさにしましょう」


 ムアは三本の指で地面に円を描くと岩が線に沿って十センチ盛り上がり、それを摘まんで引っ張ると粘土のように伸ばして、しばらくこねくり回すと立派な岩竈が出来た。


『ムアじいさんの土魔法凄ぇ!! 上級薬草を枯らさず育てるし、戦闘中岩壁で防御できるし、野営地の地面を平坦に均したり、土魔法は一番役に立つ』

「ふぉふぉふぉ、ありがとうございますシャーロットお嬢様。しかしワシの土魔法でモンスターを攻撃することは出来ません」

『攻撃なんて、そんなの脳筋メイドに任せておけば……』

「おはようございますゲームオ様。ところで脳筋メイドとは、誰のことでしょう」


 はしゃぐゲームオの背後から音もなく暗闇から現れたのは、見回りから戻ってきたエレナ。

 ちょっとエレナに前簀巻きにされたゲームオは、渇いた悲鳴を上げるとムアの背中に隠れる。

 エレナは両手に二羽、オレンジと紫の派手な縞模様、足が三本の八咫七面鳥が仕留めていた。


「ゲームオ様が私のポケットに忍ばせたメモ書きの御命令通り、鳥を捕らえて来ましたが、これは白虎の餌にします」

『ヒィッ、もう二度とエルフの祖先返りで凜々しく美しいエレナを、脳筋メイドなんて言わないから。まるまる太った派手な七面鳥みたいな鳥を、シャロちゃんとアザレア様のために料理させてくれ』


 ムアの後ろに隠れながらシャーロットの名前を出して詫びるゲームオに、エレナは呆れながらも許すしかない。


「お目覚めですか、シャーロットお嬢様。私も御命令通り、髑髏大蒜とハチミツ酒を運んできました。これから酒を飲まれますか?」


 エレナと一緒に偵察から戻ってきたジェームズは、いそいそと酒のセッティングをしようとする。


『ジェームズ、酒は料理に使う。エレナは鳥の羽を抜いて内臓を処理、ムアじいさんは竈に火をくべて、ジェームズは髑髏大蒜を細かく潰してくれ』

「シャーロットお嬢様。髑髏大蒜は魔獣避けではなく、まさか食べるつもりですか!!」


 吸血系の魔獣避けに使われる髑髏大蒜は、味は普通のニンニクだが、見た目こぶし大の頭蓋骨で非常にビジュアルが悪い。

 グロくて気味が悪いけど美味しい料理を作るため、ジェームズに作業を押しつける。


『か弱いシャロちゃんは頭蓋骨なんて潰せないから、ジェームズが汚れ仕事を引き受けてね』

「シャーロットお嬢様のための汚れ仕事、貴女は光・俺は影。かしこまりました、俺は聖教会禁忌の食べ物である髑髏大蒜を始末します!!」


 ジェームズが雄叫びを上げながら髑髏大蒜を叩くのを見届けると、シャーロットの中の人は荷物の入ったリュックから携帯食料を取り出す。

 赤く甘酸っぱいククコの実と茶色で歯ごたえのあるジーマの実、霞胡桃を炒った携帯食料を深みのある大皿に入れると、黄金色のハチミツ酒を注ぐ。

 普通はお湯でふやかしてスープの具になる携帯食料が、ハチミツ酒をたっぷり含んで膨れあがる。


「ゲームオ様、鳥の処理が終わりました。あら、なんて美味しそうな木の実のハチミツ酒漬け。でも野営中に酒を飲んで酔っ払うと、イザという時戦えません」


 エレナが両手にぶら下げて持つ三本足の八咫七面鳥は羽根をむしられ、鳥皮が白と茶色の縞模様だけど、しっかり焼けば気にならないはず。


『エレナ、これは飲むんじゃなくて八咫七面鳥の腹に詰める。異世界キャンプ飯、ダッチオーブンでローストチキンを作ろう』 

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