中の人、ローストチキンを料理する
「ゲームオ様、私たちは夕食を済ませています。夜中に八咫七面鳥のローストを作って、シャーロット様の睡眠時間を削るなんていけません」
『この料理はとても簡単で時間もかからない。腹の減っていないなら、エレナは食べなくていいぞ』
シャーロットの中の人は切り株をまな板代わりにして、昼間ムアじいさんが採った野菜や果物や芋を手頃な大きさに刻む。
八咫七面鳥の腹の中と身体全体に、鬼岩塩と南海胡椒をすりこんだ。
「シャーロットお嬢様、髑髏大蒜を形が分からないぐらい細かく潰しました」
『ジェームズ、ありがとう。それじゃあニンニクも大皿に混ぜて、うっ、臭い!! ニンニクの汁が一日中歩き続けて汗まみれの男の服に染みこんで、ゴホゴホ、ジェームズ離れて離れて』
どうやら髑髏大蒜の表皮は匂いが強烈で、素手で皮を剥き飛び散った汁を浴びたジェームズは全身悪臭を放っている。
「えっ、そんなに嫌がるなんて、シャーロットお嬢様酷い」
シャーロットにすがりつこうとしたジェームズを、エレナが首根っこを掴んで引き離すと、風下の荷物置き場に引きずってゆく。
同じ場所で荷物の確認をしていたダニエル王子が、「ぐあっ、鼻がもげる!!」と叫び声をあげた。
『臭い、ニンニクの匂いがきつすぎて、聖教会が禁忌食べ物にするのも納得の臭さ。エレナ、木の実と刻みニンニクのハチミツ漬けを八咫七面鳥の腹に詰めて、急いで糸で縫い合わせて閉じてくれ』
「ゲームオ様、これほど悪臭のする髑髏大蒜を腹に詰めたら、鶏肉自体がダメになります」
『ニンニクの臭みアリシンは、加熱すれば和らぐ。それに鉄鍋ダッチオーブンなら、炭火の遠赤外線効果でしっかり火が通るはずだ』
「ありしん、えんせきがいてん? ゲームオ様の異界の知恵を信じましょう」
中の人はダッチオーブンに八咫七面鳥二羽をギッチリ詰めて、さらに大きく刻んだ根菜や果物を加えると、阿列布油オリーブオイルをたっぷり回しかけた。
香菜のババージルを添えて鉄蓋で閉める。
火をおこした岩竈にダッチオーブンを置くと、鉄蓋の上にも炭を置く。
「ゲームオ様、鍋に蓋をして上から炭をのせたら、中の肉の状態が分かりません」
『重たい鉄蓋で鍋の中に圧力がかかり、上下から炭の熱で肉を短時間でむらなく焼き上げる。ダッチオーブンはキャンプならではの料理だ』
ここまで一時間の作業。
中の人はパチパチと竈の炎がはぜる音を聞きいていると、ダニエル王子と浄化魔法で綺麗にしたジェームズがやってくる。
「野外料理は火加減が難しい。今から肉が焼けるまで、三,四時間かかるぞ」
『大丈夫だ、ダニエル王子。そんなに時間をかけたら夜食が朝食になる。ムアじいさんの岩竈は風防ばっちりで火力が安定しているし、シャロちゃんの呪いで時短料理ができる』
「ゲームオ、それはどういう意味だ」
『圧力効果で調理に一時間、さらにシャロちゃんの【老化・腐敗】呪いは時間短縮1.2倍だから四・五十分で肉が焼き上がる。エレナ、そろそろ鍋の蓋を開けてくれ』
中の人がエレナに命じたが、肉を焼いてまだ三十分しか経っていない。
エレナは髑髏大蒜の悪臭を覚悟しながら鉄蓋を開けると、ムワッと熱い湯気が立ちのぼり、焼けた肉とニンニクの食欲をそそる香りが周囲に漂う。
後ろで二人の作業を眺めていた、ダニエル王子の喉がゴクリと鳴った。
『よしよし計算通り、八咫七面鳥は八割の焼き具合。あと二十分焼けば中までしっかり火が通る。仕上げに鳥の皮目にハチミツを塗って照りを出そう』
シャーロットの中の人はホクホク顔でローストチキンにハチミツを回しかけ、再び鉄蓋をして炭を乗せる。
二十分後、ムアじいさんが岩竈から平たい岩の上、ダッチオーブンを下ろした。
エレナは川岸に生えていた大きな雲里芋の葉を皿にして、こんがりと焼けたローストチキンと、肉汁がたっぷり染みこんだ野菜を鍋から取り出す。
『ダニエル王子、肉を切り分けてくれ。味見をしてもいいぞ』
王子をあごで使う中の人、それに抵抗なく従うダニエル王子。
こんがりと焼けた皮目にナイフを入れるとパリッと肉のさける音がして、中に閉じ込められた肉汁がジュワッとあふれ出る。
「強烈な臭さの髑髏大蒜が美味そうな香りになった。しかし夜中にこれだけの肉を食えるかな?」
さらにローストチキンの腹までナイフを入れると、中に詰めた赤いクココの実が溶けてソース状になっていた。
ダニエル王子は素手で肉を一切れ摘まむと、赤いソースに浸して食べてみる。
「皮にハチミツを塗ったからとても甘いと思ったが、パリパリの香ばしく焼けた八咫七面鳥の肉と甘酸っぱいクココのソースが合うな」
それを見て慌てて駆け寄り小言をいうジェームズの口に、王子は大きな肉の塊を放り込むと、ジェームズは肉の旨さと髑髏大蒜の食感に驚く。
「ダニエル王子、料理の毒味もせずに食べるのはお止めください。執事の私かメイドのエレナが先に毒味をしてから、もぐもぐ、髑髏大蒜が芋のようにホクホク柔らかくて美味しい」
従者の仕事経験を持つダニエル王子は、手際よく肉を切り分ける。
美味い美味いと肉を租借するジェームズを見て、エレナも恐る恐る肉に手を伸ばす。
「あの鳥肌が立つほど強烈な悪臭だった髑髏大蒜が……ぜんぜん臭いません」
エレナ達の様子を眺めながら、中の人は硬い黒パンをスライスして火に炙る。
『黒パントーストの上にローストチキンと髑髏大蒜を山盛り乗せて、スライスチーズをかぶせて焼くと、はむっ、サクサクとろり、具だくさんトーストの出来上がり』
「ワシは骨付き八咫七面鳥もも肉に、塩胡椒たっぷりと髑髏大蒜を乗せて、はむはむっ、身が引き締まってガッツリ食べ応えのある肉料理だ」
味見のはずが肉を食べ出したら止まらず、五人はあっという間にローストチキン一羽食べ尽くしてしまう。
ダニエル王子が二羽目を切り分けようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「とても美味しそうな匂いがするけど、貴方達、こんな夜中に何をしているの?」
ダニエル王子達の大声と、グランピングテントの中まで漂うローストチキンの香りに白虎が気付きアザレアを起こした。
隣で寝ていたシャーロットがいないと気付いたアザレアが驚いてテントを出ると、外では騒がしすぎる夜食会が開かれていた。
「す、すまない姉上、起こしてしまったか」
夜中に内緒でジャンクフードを食べているのを見つかった男子のように、気まずそうにしているダニエル王子の腕を中の人が小突く。
『ダニエル王子、早くアザレア様の分を切り分けて。アザレア様、シャロちゃんが作った美味しいローストチキン食べてね』
「まぁ、こんな大きな鳥をシャーロットちゃんが焼いたの? 綺麗な色に焼けて、とても美味しそうな匂いがするわ」
『シャロちゃんはお腹いっぱいお肉を食べて、もう眠いから、アザレア様とダニエル王子はゆっくりお肉を食べてね。それじゃあ、お休みなさい』
シャーロットの中の人はアザレアの目の前でわざとらしく大きなあくびをすると、眠そうに目を擦る。
エレナはすかさずシャーロットに駆け寄って厚手のコートを羽織らせながら、アザレアの方を見る。
「アザレア様、私も一時仮眠をとりたいので、火の番をお願いできますか」
「そうね、私は充分睡眠をとったし、エレナが一緒ならシャーロットちゃんも安心だわ」
「ふぉふぉ、年寄りに夜更かしはきつい。そろそろワシも休むとします」
エレナは眠たそうなシャーロットを連れてグランピングテントへ、ムアじいさんもテントに戻る。
「ダニエル王子、夜は冷えますので少しアルコールで身体を温めた方がいいかと。私は明日に備えて、荷物のチェックをしてきます」
「えっ、荷物ならさっき俺が……」
ジェームズは王子の声を聞こえないふりして、切り株のテーブルの上にハチミツ酒とショットグラスを二個並べると、一礼して荷物置き場の方へ行ってしまう。
さっきまで賑やかだった焚き火の前は、ダニエル王子とアザレアふたりきりになった。
「あ、姉上、肉はちゃんと焼けているかな」
「ええ、とても美味しいお肉よ。ダニエルがシャーロットちゃんのために、鳥を仕留めてきたのね」
「八咫七面鳥はエレナが捕らえてきて、中の詰め物はジェームズが仕込んで、シャーロット嬢が焼いたもの。俺は肉を切り分けただけだ」
アザレアは浮かない顔で肉を二切れ食べると、ショットグラスに注いだハチミツ酒を一気にあおる。
「ダニエルがシャーロットちゃんと楽しく調理している間、私はひとり寂しくテントの中で寝ていたの」
「姉上、俺はずっと荷物の整理をして、シャーロット嬢と一緒に料理はしていない」
「なんて美味しいお肉なのかしら。きっとシャーロットちゃんは、ダニエルのために愛情込めて料理したのね」
「姉上、シャーロット嬢は携帯食料に怒って、姉上のために料理を作った!!」
ダニエル王子はおもわず声を荒げるが、アザレアはそれを無視して両手にショットグラスを持ち一気にあおる。
「そうね、シャーロットちゃんはとても慕ってくれるけど、私は平凡な女で神様にはなれない。シャーロットを救うのは、きっとダニエル殿下」
「姉上、殿下なんて呼ばないでくれ。王族でない俺自身を見てくれるのは、姉上だけなのに」
「あら、シャーロットちゃんもダニエル殿下を、王族ではない貴方自身を見てくれるわ」
シャーロットの中の人とエレナは、グランピングテントの入口の隙間から外の様子をのぞき見していた。
「アザレア様って、しつこい絡み酒なのですね」
『せっかく二人きりになるようにお膳立てしたのに、ダニエル王子のヤツ優柔不断すぎるっ』
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