中の人、エレナに拘束される

 昼間、無理して出てきたシャーロットの中の人は、それから二日間現れなかった。


『やっと表に出られた。昼間ほんの少しシャロちゃんと入れ替わるだけで、魂に負荷がかかる!!』

「ゲームオ様の魂は、まるでバンパイヤのようです。それとゲームオ様、アンドリュース公爵とは一体どのような御関係ですか? シャーロット様の旦那とおっしゃっていましたが」


 深夜目覚めた中の人の目の前に、待機状態のメイドのエレナがいる。


『アンドリュース公爵は将来シャロちゃんの旦那でって、えっ、僕の心の声が漏れて本当のことをしゃべった?』

「はい、しっかり聞きました」

『はははっ、それはエレナの幻聴で、アンドリュース公爵とシャロちゃんが結婚するなんて……身体が動かないぞ? ベッドから出られない』


 普段はふんわりやさしく掛けられた布団が、ギッチリ身体に巻き付いてカバーの裾が固結びの簀巻き状態で、ゲームオを拘束していた。


「異界の知恵を持つゲームオ様なら、シャーロット様の未来もご存じでしょう。私の大切なシャーロット様が、どのような理由で死に損ない公爵と結婚するのですか!!」

『僕は公爵の顔も姿も声も知らなかった。僕が知っているのは、十七歳のシャロちゃんの名前がシャーロット・アンドリュースという事だけ』


 ゲームは今から六年後の世界。

 僕は六年後に起こる出来事は知っているが、現在の国内情勢、異世界情勢については全く知識が無い。


「本当に知らないのですね。シャーロット様が死に損ない公爵と結婚、でもそれはあり得る話です」


 エレナに「ウソをつくな本当のことを吐け!!」と尋問される覚悟をした中の人は、彼女が話をあっさり信じたことに驚く。


『でもクレイグ家は父親が貿易で稼いでいるし、妹シルビアは聖女候補だから、金も名誉を手に入れている。シャロちゃんを歳の離れたおっさんに嫁がせる理由はない』


「いいえゲームオ様。公爵がなぜ国中の人間から、死に損ない公爵と呼ばれているか知ってますか? アンドリュース公爵はこれまで数多くの魔獣を退治し、武勲では右に出る者がいないお方」

『えっ、見た目かなりくたびれたおっさん公爵は、そんなに凄い人なの』

「普通なら将軍の地位を授っているでしょう。しかし国王はアンドリュース公爵の武勲を一切認めず、闇言霊で「死に損ない公爵」と呼び続けています。まぁ魔力四つ星の国王は、魔力六つ星の公爵に太刀打ちできませんが」

『この国の王様は闇魔法使いなのか。《即死》呪いを喰らってもなかなか死なない公爵とシャロちゃんを結婚させれば、《老化》呪いで死期が早まるな』


 なるほど、分かった。

 アンドリュース公爵のイケボは捨てがたいが、シャロちゃんの未来のため、米を貰ったら一切関係を絶つと中の人は密かに決意する。

 その時、寝室のドアがノックされ合図をする前に扉が開くと、気難しげな顔をしたダニエル王子と執事ジェームズが部屋の中に入ってきた。


「夜分失礼、うわっ、なぜシャーロット嬢が簀巻きに。ああ、中身はゲームオか」


 ベッドの上で芋虫状態の中の人を見たダニエル王子は一瞬だけ驚いた顔をするが、きっとシャーロットの中の人がエレナに何かをしたのだろうと放置する。


『久しぶり、ダニエル王子。二日ぶりに目を覚ましたらこの状態だった。早く拘束を解け、僕は喉が渇いた、エレナの入れた紅茶が飲みたい』


 かなり頑丈に簀巻き状態にされて、解くのに十分以上かかって解放された。

 やっと紅茶を飲めた中の人に、ダニエル王子は街で流行りの焼き菓子を差し入れる。

 恒例の深夜会議の始まりだ。

 気難しげな顔のダニエル王子は、おもむろにサジタリアス王国の地図をテーブルに広げる。

 それは大げさな装飾の描き込まれた絵地図で、中央から東へ位置する王都は色とりどりの花で囲まれ、地図の上部トーラス辺境領は墨一色で描かれている。


 辺境トーラスから王都までの道程は、早駆けの馬を乗り換えて四日、馬車で一週間の距離がある。

 ダニエル王子はアンドリュース公爵に、辺境の地から王都まで自分の脚で来いと命じられたのだ。


「ダニエル殿下、私は話の断片しか知りませんが、アンドリュース公爵は辺境伯の元にずうずうしく居座っている殿下に、ご立腹したのでしょう」

「ジェームズ、お前も叔父上と同じようなことをいうのか」

「ダニエル殿下は、馬鹿正直に王族馬を全部返却したのですね。一頭ぐらい貰っても、王族の殿下を咎める者などいないのに」


 その場に居なかったのに、相変わらず賢すぎるジェームズは全てを理解していた。

 ダニエル王子専属執事になっても、ときおり毒の含んだ言葉を主に投げかける。


「フレッド王子の馬など手元に置きたくもない。だから全部返したのだ」

「主人様の持ちモノには決して手を出さない、素晴らしい従者気質です。ではダニエル殿下、公爵の命令に従い自分の脚で王都に向かいますか?」

「叔父上は借り物ではなく、自分の持ち物で王都まで来いといったはずだ。辺境伯の馬を数頭買い取って、俺の持ち物にすれば良い」


 ダニエル王子の優柔不断で従者気質な返答に、ジェームズは落胆した面持ちで大げさにため息をつく。

 アンドリュース公爵の覇気をエレナは堪えたが、王子は膝を折って屈してしまった。

 ダニエル王子は辺境伯の補佐なら万能だが、王族としての気概が乏しすぎる。


『馬を買い取る金は、シャロちゃんの《腐敗=成長促進》で育った上級薬草を売って得たモノ。完全にダニエル王子のモノじゃない』

「確かにそうだな。では俺の持ち物をいくつか売って金に換え、それで馬を譲って貰えばいい。この王家の短剣、いくらで売れるかな」

『王子のくせに堅実な庶民感覚。簡単に王家の所有物を手放すなんて、王族としてのプライドはないのか。いいか、ヒントを出すぞ。公爵と会ったのは冒険者ギルドの建物の中』

「なるほど、魔獣を狩ってそれを金に替え、自分の馬を買えばいいのか」


 中の人のアドバイスで、やっとダニエル王子は自分の力でなんとかしようと考えられるようになった。

 しかし執事ジェームズは渋い顔のまま、見覚えのある書類をダニエル王子に手渡す。


「深い森で獰猛な魔獣を狩って、それで得たお金で平凡な馬を手に入れるなんて本末転倒。馬より早く走る魔獣なら、深い森にいくらでも生息しています。ダニエル殿下。魔獣駆除ついでに、王族にふさわしい騎獣を捕まえるのです」


 ジェームズが渡した書類は、王国魔物発生観測所公報。

 この数ヶ月、辺境トーラス領に出現した魔獣のことが、詳しく書かれている。


「そうか、姉上はダークムーンウルフレイドの時、騎獣の白虎に乗って駆けつけた。馬より早く走れる魔獣、王都に行くなら空を飛べる魔獣がいいだろう」

「現在トーラス地方には三つ星ケンタウロス、四つ星邪牙ベア、四つ星アイスドラゴンが出現しています。今後一週間の天気は快晴、ダニエル殿下にとって素晴らしい魔獣狩り日和になるでしょう」


 ジェームズは満足げに頷くと、態度を一変させダニエル王子にうやうやしく頭を下げた。


『それじゃあダニエル王子のエレナの近距離攻撃、アザレア様の遠距離弓矢攻撃とじいやの土魔法防御、シャロちゃんの上級薬草チンキ回復。パーティバランスばっちりだ』

「まさかゲームオ様。シャーロット様を深い森に連れて行くつもりですか」


 エレナが驚きの声をあげ、ダニエル王子も厳しい顔で首を振る。


「だめだ、二つ星のシャーロット嬢に深い森は危険すぎる」

『シャロちゃん連れて行かないなら、上級薬草使用禁止。それに冒険者ギルドで、シャロちゃんのレベルは大人の冒険者平均ランクと聞いたぞ。王子達に寄生して二つ星MAXまで魔力レベルを上げて、指輪で魔力限界突破。シャロちゃんを三つ星魔法使いにするんだ』


 上級薬草禁止と言われたダニエル王子は、しぶしぶシャーロットの同行を許可するが、今度はシャーロットを崇拝するジェームズが黙っていない。


「いけませんシャーロットお嬢様。獰猛な魔獣どもは、か弱いお嬢様を狙ってきます。危険です、お止めください」

『そういえばジェームズは、辺境トーラス領までハチミツ酒の大瓶十本運んだ。絶対荷物持ちの才能あるから、深い森ではシャロちゃんの荷物を運んでね』

「えっ、俺は一つ星生活魔法しか使えないのに、深い森なんて無理、無理ですっ」

「ではこのメンバーで決まりだ。明日の朝一番で姉上に魔獣狩りの事を話して、準備が整いしだい深い森へ出発する」

「まさか俺の荷物持ち決定ですか? ちょっと王子、考え直せ!!」






 翌日の正午前。

 白銀に輝くミスリル鎧を身につけたダニエル王子と、白虎の背に乗るアザレア。

 虫網を手にしたシャーロットに付き添うエレナは、メイド姿ではなく騎士学校の制服姿。

 後方からシャベルとバケツを持った庭師ムアと、人ひとり入りそうな大きなリュックを背負ったジェームズが、辺境伯の家来達に見送られながら深い森に出発した。

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