第2話 僕はシャーロットの中の人
怒りで声を張り上げた僕の目の前が真っ赤になり、突然意識が途絶えて……。
*
*
『ふざけるなぁ!! 僕のシャロちゃんをハーレム勇者ごときが……あれ、なんだか声が変』
大声で叫んだはずの僕の耳に、子供みたいに舌足らずで甘い声が聞こえた。
マズイ、ゲームに熱中して夜中に絶叫するなんて近所迷惑だ。
慌てて手のひらで口を塞ごうとしたら、薄くて小さくて少しざらついた唇の感触がした。
えっ、と驚いて顔に手を当てると、ひんやりと冷たい薄い頬にバサバサと指先に長い睫毛がふれる。
『なんか身体がおかしい。そういえばスマホはどこだ?』
スマホを探そうと身体を起こすと、僕は手首まで埋まる柔らかいベッドで寝ていることに気付く。
薄暗い闇の中で目を凝らして周囲を見渡すと、ここは僕の部屋じゃない。
パステルカラーの椅子とテーブルが置かれ、目の前に垂れ下がるレースは天蓋付きベッド。
壁一面に作り付けの本棚、タイルの装飾が施された立派な暖炉のある西洋風の部屋。
一体ここはどこだ。
蒸し暑い部屋でゲームをしていたのに、クーラーが効きすぎなのか真冬みたいに肌寒い。
視線を下にすると、僕は袖にフリルの付いたピンクの服を着ていた。
『Tシャツ半パン姿だったのに、いつの間にピンクのネグリジェって、姉さんのイタズラか?』
現状把握のためにベッドから飛びおりると、寒さで手足が硬直して体がよろける。
僕は大きな出窓から白い月の光が差し込む、細かい装飾の施された姿見の前に立った。
『あははっ、なんだ夢か。長い金髪に青い目、これはゲームの回想ムービーで見た子供の頃のシャロちゃんそっくり……』
僕が笑うと鏡に映るシャーロットも笑い、鈴を転がしたみたいな可愛らしい声を出す。
僕は夢の中で悪ノ令嬢シャーロットになっている。
それなら夢が醒める前に、鏡に映る最推しキャラの姿を堪能しようと、興奮しながら鏡をのぞき込んだ。
雪のように白い肌、暗闇の中でも光り輝く黄金の髪、長いまつ毛に縁取られた深い海の底のような群青色の瞳。
しかし幼いシャーロットは目玉が飛び出て見えるほど痩せこけ、薄い唇は寒さで紫に変色している。
ちょっと邪心を起こしてネグリジェの裾をめくろうとしたら、小枝のように細く青白い足が目に飛び込んできた。
僕はネグリジェの裾を掴んだまま戸惑う。
『シャロちゃんはお金持ちの貴族の娘設定なのに、どうしてこんなに痩せ細っているんだ?』
呟くと同時に、僕の脳裏にシャーロットの記憶が甦る。
魔力二つ
屋敷の大食堂で母親と妹シルビアが食事をする間、彼女はひとり自室で食事をさせられる。
具の少ないスープに固いパン。生焼け肉に塩を振っただけの野菜。
氷水みたいに冷たいスープを半分飲んだだけで、シャーロットは食欲を無くす。
灰色の髪のメイドはやる気の無い様子で、食べ物を残すなんてワガママだと愚痴り、さっさと料理を下げると部屋を出て行った。
そして凍えるほど寒い真夜中に、シャーロットの中の人である僕が目を覚ましたのだ。
『スープぐらい温め直してやれよ!! これじゃあ育児放棄、児童虐待じゃないか』
さらに彼女の過去の記憶が僕の中に流れ込んでくる。
幼いシャーロットが庭で遊んでいる小さい妹を見つけて、一緒に遊ぼうと駆け寄ると、母親が悲鳴をあげてシャーロットを突き飛ばし妹を抱き上げる。
母親は金切り声を上げながら「高貴なクレイグ家から、呪われた《老化》の子供が生まれるなんて。お前はあの男に似たのよ」と叫ぶ。
場面が変わり、年に数回しか会えない父親はシャーロットを抱きしめながら「もっとお前に会いたいが、とても仕事が忙しいんだ」と疲れた顔の告げる。
シャーロットを世話する小太りの乳母は、部屋で倒れたあと姿を見せなくなり、後から来た灰色の髪のメイドはろくに世話せず嫌味を言う。
部屋に軟禁状態のシャーロットに関わるのは、毎日様子を確認するだけの執事と、月に数回ダンスと歌を教えにくる家庭教師。
誰からも愛されないシャーロットの心は、喜びも怒りも悲しみも生まれない虚無状態だった。
一度に押し寄せるシャーロットの記憶の洪水に、僕はしばらく身動きできなかった。
僕はダークヒロインのシャーロットにベタ惚れして、ゲームのガチャ課金で借金抱えるくらい入れ込んだけど、幼いシャーロットは何ひとつ悪くない。
体が氷のように冷たくて、お腹が空きすぎて眠れなくて、生身のシャーロットが凍えている。
『子供の頃は児童虐待で、十三歳で政略結婚させられて、大人になれば勇者のハーレム要員って、僕の最推しシャロちゃんがそんなひどい扱いを受けるなんて許さない!!』
ここがゲームの中でも夢の中でも異世界でも、どうでもいい。
悪ノ令嬢シャーロットの中の人である僕は、キャラ設定とかシナリオとかガン無視して、薄幸な幼い彼女を幸せにしたい。
そうと決まれば、今現在の状況をなんとかしよう。
貴族の娘は召使いに身支度をさせる。
自分で服を着替えられないシャーロットは、薄い寝間着のまま布団に包まって寒さをしのいでいた。
僕はクローゼットから分厚い暖かそうな毛糸のガウンを取り出して羽織り、靴下を二枚履いて氷のように冷えた足を温める。
部屋には備え付けの大きな暖炉がある。
シャーロットの記憶を探ると、乳母がいた頃は夜でも暖炉の火を付けていたが、メイドは仕事を終えると火を消して部屋を出てゆく。
『はぁ、息が白い。暖炉の火は……壺の中にマッチを隠しているのか』
僕は年に何度かアニメの聖地巡礼でソロキャンプをするので、火起こしは慣れている。
棚に飾られた壺の中から火打ち石のような物を取り出し、ゴミ箱に破られた紙を数枚拾って暖炉の中に入れた。
『火打ち石で紙に種火を点けて……ダメだ、手がこごえて力がはいらない』
カチカチと火打ち石を打ち付けると火花が出るけど、衰弱したシャーロットの力では火は付かない。
僕はかじかんだ指先を温めようと温かい息を吹きかけると、ぶわっ、と音を立てて火打ち石が燃え上がる。
『うわっ、アチチッ。火打ち石に直接火が付いた?』
慌てて火打ち石を暖炉の中に投げ込みながら考える。
息を吹きかけるだけで火がつくなんて、ゲームアイテムの魔力に反応する火の結晶と同じだ。
試しに机に置かれたランプに息を吹きかけると、明かりが灯り部屋が明るくなる。
ここは【Brave SP SP God】ゲームと同じ、魔法の存在する異世界だった。
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