第26話 赤毛の第五王子ダニエル
サジタリアス王国には五人の王子がいる。
王家の呪いで一年中床に伏せる第一王子と、野心家で母親が奴隷上がりの第二王子。
隣国パイシーズから嫁いだ姫を母に持つ第三王子フレッドと、凡庸な弟の第四王子。
そして母が元冒険者で第三王子フレッドの従者扱いされている、第五王子ダニエル。
第三王子フレッドは光輝く金色の巻き毛に、端正な顔立ちで太く凜々しい眉に神秘的な赤紫の瞳、すでに国政の一部を任されて次期国王の呼び名高い。
しかしフレッド王子は酔って爆睡中、現在大広間にいる人々の中で一番権力を持つのは、従者扱いの第五王子ダニエルだった。
「俺がどうしてここにいるのか? お前達から挨拶に来るのが礼儀だろう」
「ダニエル殿下、大変申し訳ございません。《老化・腐敗》呪いを持つシャーロットお嬢様を王族方に近づけてはならないと、メアリー奥様から仰せつかりまして……」
「シャーロット・クレイグ伯爵令嬢の誕生パーティに招待しておきながら、本人には逢わせないなんて可笑しな話だ。まぁ、皆それを承知で妹のシルビアに逢うため、パーティに参加しているのだろう」
シャーロットを庇うように、第五王子ダニエルの目の前で平伏する執事ジェームズ。
深々と頭を下げながらもシャーロットの左右に立ち、いざとなったらすぐ動けるように身構えるエレナとマーガレット。
庭師ムアは後ずさりしながら裏口に移動すると、他に不審者がいないか外を確認する。
「王子の俺が、呪われたシャーロットに会いに来たというのに、随分と警戒しているな」
「ダニエル殿下は、先ほどシャーロット様を「兇手」に使うとおっしゃいました。私は騎士見習い程度の知識はあるので、貴方を警戒するのはあたりまえです」
「エレナ、頭を下げろ、下げてくれ。相手は王族だぞ」
兇手とは、シャーロットの呪いを暗殺の手段として使うこと。
エレナはうろたえるジェームズを押しのけてダニエル王子の前に立ちふさがると、王子は奇妙な笑みを浮かべた。
「今年のグリフォン騎士学校の四聖は三人しかいないと聞いたが、呪われた令嬢のメイドが四聖のひとりとは驚いた」
「なぜ王子が私のことを……」
「あの広い大広間で、俺が偶然お前の弟ラインの隣にいたと思うか。全部調べたよ。四聖エレナに
「ええっ、なんでアタシのウスイホンまで知っているのぉ!!」
弟まで調べたのかと慄くエレナと、禁断の趣味を暴露されて吠えるマーガレットと、異端じゃない連中は間違っている正しいのは俺だと叫ぶジェームズ。
「王子様がわざわざ会いに来てくださったのに、なにを怖がっているの。エレナ」
それまで大人たちの様子を黙って見ていたシャーロットは、そっとエレナの手を握りながらダニエル王子を見る。
「ダニエル・サジタリアス殿下。本日は私シャーロット・クレイグのお誕生会へ、ようこそおいでくださりました」
シャーロットは大きく膝を曲げ、丈の短いダンス衣装で優雅に挨拶をすると、ダニエル王子は意外そうな顔をした。
「妹よりまともに挨拶が出来るじゃないか。文字の読めない無気力な娘という情報は嘘だったのか?」
「妹シルビアとは、これまで数回しか会ってことありません。私は今日の誕生パーティの王子様がお二人もいらっしゃると聞いて、とても楽しみにしておりました」
「それは残念だったな、俺は末席の第五王子。次期国王の呼び名高い第三王子フレッドは、妹を気に入ったようだ」
「まぁ、五人も王子様がいるなんて、まるで【エルフ女王と五人の子供】のお話と同じ。とても素敵だわ」
マーガレットから教わった礼儀作法通りに王子に対応していたシャーロットは、五番目の王子と聞いて瞳を輝かせる。
「エルフ王女と子供? ああ、千人分の魔力を持つエルフ女王が子供に力を分け与え、競わせて勝った者が王に選ばれるおとぎ話か」
「ダニエル殿下、おとぎ話ではありません。聖教会の門外不出の書物にもその話は記されています。俺は忍び込んで読んだのだから」
エルフ王女の話にジェームズが喰いつくと、異端女神信者らしくその知識をひけらかし始める。
「五人の子供の中で、二番目の王子が祖となるのがサジタリアス王国です」
「王の力を分け与え、王子を競わせるのは百年前までの話。今は次期国王候補の王子に全てを与え、残りの王子はひたすら国に仕えるが習わし」
「えっ、それじゃあ五番目のダニエル殿下は、他の王子様と競わないの?」
「残念だったな、俺のような末席の王子は何もできない。今は政敵が多い兄の役に立つ人間を探している」
するとシャーロットは首をかしげながら、不思議そうな顔でダニエル王子を見つめる。
「呪われたシャーロット、お前は母親に嫌われて子供部屋に軟禁されているのだろ。我が兄、フレッド王子ならここからお前を出してやれる」
「フレッド王子って誰? 私は貴方と話をしているのに、どうして他人ばかり気にしているの」
この国でフレッド王子の名前を出せば幼子でさえ媚びると思っていたが、曇りガラスの向こう側にいたシャーロットはフレッド王子の顔を見ていない。
「まだ子供のお前には分からないだろう。この国で絶対権力を持つ国王、その次席にいるフレッド王子にお目通りがかなうチャンスだと言っている」
「私、本物の王子様とお話ができると楽しみにしていたのに【エルフ王女と五人の子供】と全然違う。他の王子を気にして自分のことを話さない、つまらない王子様」
シャーロットの言葉にエレナは息を呑み、マーガレットはヒィと乾いた悲鳴を漏らし、ジェームズは腰が抜けて座り込む。
いくらマーガレットが徹底的に礼儀作法を教えても、部屋に軟禁され他人との接触がほとんど無いシャーロットは、相手の立場を考えず思ったことを素直に口にする。
ダニエル王子のくすんだ色の髪が燃えるような赤に、黒に見えた瞳が王族独特の赤紫の瞳に変化し、地味に見えた顔立ちが冷酷で荒々しい表情に変わった。
価値のない末席の王子、フレッド王子の小間使いと影であざ笑われても耐え続けた。
しかし今、その我慢ができない。
目の前であからさまに失望して背を向けたシャーロットの肩を掴む。
その時大広間の柱時計が、深夜十二時の鐘を鳴らした。
*
ここはハーレム勇者と魔王が戦うスマホRPGゲーム【Brave SP SP God】の、物語が始まる前の世界。
『そのたき火みたいに真っ赤な髪と、時々レーザービームを発射するサファイヤ色の瞳。ダニエル王子って名前、モロ魔王ダールじゃねえか。なんの捻りもない、もう少し工夫して名前付けろよ!!』
「シャーロット、違うな。お前は誰だ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます