シャーロットと招待状
毒殺未遂事件の後、アザレアは体のデトックスに二ヶ月以上時間がかかった。
その間、ダニエル王子の部下となった執事ジェームズは、王子に進言して小さな二階建て温室を建てさせた。
一カ月の突貫工事で作られた温室は、一階の中央にテーブルと椅子を置いて周囲に上級薬草を地植え、二階はシャーロットが休憩できるベッドと鉢植えの上級薬草が所狭しと並べられている。
シャーロットは昼間虫網を持って庭園を駆けずり回り、温室で昼食をとり読書やアザレアと一緒に詩を朗読して、時々エレナやダニエル王子とダンスを踊る。
夜は屋敷に与えられた寝室で休み、部屋の上下階ではハチミツ酒を作っている。
現在のアザレアは、雪のように白く人形のようだった肌に血色が戻り、頬もふっくらと丸みが出て、薄い唇は紅をさしたように色づいている。
「
「最近は天気が良いからとても過ごしやすいの。家に篭るのも飽きたから、外に出て街で色々お買い物したいわ」
「街で買い物? そういえば私、お金というモノを持っていないから、街に出かけてもドレスを買えない」
クレイグ家から着の身着のままで連れ出されたシャーロットは、お金が無いと言う現実にショックを受けた。
「私お金は無いけど、街に行ってみたいから、女神アザレア様のお下がりドレスで良いです」
シャーロットは眉をハの字にして、申し訳なさそうな顔でアザレアを見つめる。
そのとても愛らしい困り顔と仕草に、アザレアはおもわずシャーロットを抱きしめた。
「なんて健気で可愛い私の天使。そうね、シャーロットちゃんはお金を持っていないけど、お金以上に素晴らしいモノがあるわ」
そう言うとアザレアはエレナに目配せをする。
エレナは軽く頷くと足元に生える草を一本根っこから引き抜き、銀色のトレイに乗せて持ってくる。
「シャーロットちゃんの育てる上級薬草は、とても価値があるの。この薬草一本でパーティドレスが一枚作れるわ」
「えっ、上級薬草とドレスが同じって、女神様、意味が分かりません」
「シャーロット様。私の弟は一本200万もする上級薬草エリクサーで病気が治りました。上級薬草を売ればそのお金で、ドレスでも靴でも鞄でも宝石でも欲しいものが買えます」
「まぁ大変。それじゃあエレナ、もっと沢山薬草を採らなくちゃ」
話を聞いて驚いたシャーロットはアザレアの腕の中をするりと抜け出し、上級薬草畑に飛び込んで、乱暴な手つきで薬草をむしる。
上級薬草が金になると知って豹変したシャーロットに、アザレアは眉をひそめる。
「シャーロット様、そんな乱暴に扱ったら薬草が痛んで品質が落ちてしまいます」
「えっ、品質が落ちたらお金にならないの? 私、この一番大きく伸びた上級薬草で女神様のドレスを買うの。この綺麗な葉っぱの薬草でエレナの髪留めを買って、じいやのズボンがボロボロだから新しいのを買ってあげる」
シャーロットはエレナの差し出したトレイの上に、むしった上級薬草を並べながら使い道を話す。
「ジェームズの靴は先がすれて穴が空きそうなの。そうだ、マーガレット先生にお誕生会ドレスをプレゼントしてもらったお返しもしたい」
「シャーロット様がそんなに私たちのことを考えていたなんて。シャーロット様は自分が欲しいものはありませんか?」
「エレナ、私は甘いお菓子を食べたいわ。女神様、街に美味しいお菓子はありますか」
満面の笑みを浮かべながら無邪気に話すシャーロットに、アザレアは一瞬でも疑ったことを恥じた。
「街にとても美味しくて綺麗なお菓子を作る、人気のパティスリーがあるわ。シャーロットちゃんのドレスを仕立てたら、そのお店でお菓子を食べましょう」
*
『ここにワサワサ生えている上級薬草は一本200万の価値があって、シャロちゃんは上級薬草富豪の大金持ちなのに、欲しいのは美味しいお菓子だけ。僕は欲望のおもむくままカードローン上限までガチャ課金した自分が恥ずかしい。シャロちゃん、君は無欲で慈悲深い、なんて健気で清らかな素晴らしい女の子だ』
深夜の作戦会議、シャーロットの中の人はベッドの上で仁王立ちになり、感動に打ち震えていた。
「ゲームオ様、明日シャーロット様は朝九時に屋敷を出発予定です。寝坊が出来ないので本日の作戦会議は三〇分で終わらせます。ではジェームズ、報告してください」
「こんばんは、シャーロットお嬢様。アザレア様からお聞きしたと思いますが、王都でのパーティは、そのうちの一つが王家主催になります」
ジェームズがシャーロットの中の人にうやうやしく差し出したのは、葉書サイズのガラスケースに納められた白い封筒。
ケースから封筒を取り出すと、金色の縁取りと王家印はつるりとした冷たい手触りで、どうやら本物の金が使われているらしい。
封筒の中にはカードが三枚、ダニエル王子と辺境伯領主とシャーロットの名前が書かれていた。
『呪われた《老化・腐敗》のシャロちゃんを、王族のパーティにご招待とは、ジェームズの賄賂が上手くいったな』
「シャーロットお嬢様、賄賂だなんて人聞きの悪い。私はダニエル殿下に少し進言しただけです」
「俺もまさか、たったあれだけの事で、国王が気にかけてくれるとは思わなかった」
一人掛けソファーに腰掛けたダニエル王子は、優雅に長い足を組んだ。
「上級薬草を最初は十鉢、ダニエル王子と辺境伯とシャーロットお嬢様の連名で、サジタリアス国王へ献上しました。一週間後に二十鉢、二週間後に三十鉢、三週間後四十鉢」
「そして百鉢目で送るのを辞めたら、国王からパーティ招待状が届いた。どうやら我々の贈り物をお気に召したようだ」
『そりゃそうだ。贈った上級薬草の合計は五五〇鉢、価値は十一億。しかも上級薬草は使えば減る消耗品』
ダニエル王子はエレナの入れた紅茶にハチミツ酒を垂らし、ゆっくりと味わいながら飲む。
「俺はこれまで王族パーティでも、フレッド王子の従者扱いだった。今回は王族としてパーティに呼ぶから、もっと上級薬草をよこせと言っているのだろう」
「シャーロットお嬢様、ダニエル殿下は一度招待状を送り返したのですよ」
『えっ、じゃあこれは二度目の招待状?』
「最初に届いた招待状には、ダニエル殿下とトーラス辺境伯の名前しかありませんでした。ダニエル殿下はシャーロットお嬢様の名前が無いと怒って、招待状に枯れた上級薬草を添えて送り返しました」
『でもシャロちゃんの名前が無いから送り返すなんて、王子とシャロちゃんの仲を認めろという意味だと、王様勘違いしないか?』
怪訝そうにシャーロットの中の人が呟くと、ダニエル王子は飲んでいる紅茶を勢いよく噴いて、隣に立つジェームズに被害が及ぶ。
「す、すまんジェームズ。幼女誘拐ロリコン王子とか噂されているが、俺にそういう趣味は無い」
「私のシャーロット様を少しでもそういう目で見たら、例え王子でも容赦しません」
『今回は辺境伯の代理でアザレア様がパーティに出席する。ダニエル王子はシャロちゃんより、アザレア様との関係を深めたほうがいいぞ』
「姉上と関係を深めるとは、ど、どういう意味だ」
『いつまで弟気分でいる、姉上呼びをやめろ。あんたが辺境伯領に来て四ヶ月経つけど、ちゃんとアザレア様に自分の気持ちを伝えたのか?』
「そ、それは、まだ」
王子は気まずそうに押し黙り、ベッドの上に仁王立ちした美少女から目をそらす。
『ダニエル王子、これじゃあシャロちゃんが頑張って女神様も守っても、他所の男にアザレア様を奪われるぞ』
シャーロットは深い海の底のような群青色の瞳で、責めるようにダニエル王子を見下ろしたが、王子は何度も大きなため息をつくばかりで返事をしない。
この優柔不断なところ、ゲームの魔王ダールにそっくりだ。
ゲームの魔王もアザレアに告白出来ないでウジウジしている間に、横から第三王子フレッドに奪われて殺されたのだ。
この異世界はゲームの始まる前、ダニエル王子を魔王にさせないために、アザレア様とくっつけなくてはならない。
『優柔不断王子はあてにならん、こうなったらアザレア様から告ってもらおう。だけど僕が恋の駆け引きアドバイスって……とてもハードルが高い』
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