シャーロットとトパーズ服飾店
小高い山の上に建つ辺境伯の屋敷から、白い車体に花びらを模した七色の宝石が装飾された一台の馬車が出てくる。
辺境伯令嬢アザレア・トーラスと客人シャーロット・クレイグを乗せた馬車は、街へ向かって走る。
シャーロットがトーラス領に来た頃は山の斜面に雪が残っていたが、北の地も夏を迎え、緑鮮やかに色とりどりの花が咲いていた。
アザレアには見慣れた田舎道だけど、シャーロットは山の景色も植物も飛んでいる虫すら全てが新鮮で、馬窓から身を乗り出しながら外を眺める。
やがて道は平坦になると、青々とした小麦畑が広がる石畳の街道に出た。
「
「シャーロットちゃんに褒めてもらえて嬉しいわ。トーラス領で育った小魔麦は、王国一美味しいのよ」
「アザレア様のおっしゃるとおりです。トーラス小魔麦粉はとても細やかで手触りがよく、焼き上がったパンはほのかに甘みがあります」
毒殺未遂事件の後、毒物混入を防ぐためパン作り担当になったエレナは、嬉しそうにアザレアに報告する。
「そういえばトーラス小魔麦でパンを焼きたいと、王都で人気のベーカリーショップが街に移転してきたの。エレナのパンとどちらが美味しいか、食べ比べてみましょう」
美味しいパンの話に瞳を輝かせるシャーロットに、馬車の中は笑い声で溢れた。
三人を乗せた馬車が、小魔麦畑を通り過ぎた後。
真っ黒な車体に銀の装飾、窓を分厚いカーテンで閉じた豪華な馬車が東の隣領に続く道から現れ、同じ方向へ駆けていった。
館から馬車を三十分ほど走らせた場所に、辺境領で三番目に大きな街ミラアがある。
辺境の小さな街は、北山脈の豊かな鉱山資源と動植物を求める商人や、辺境に住むレア魔獣を求めてやってくる冒険者達で賑わっていた。
街に立ち並ぶ家は頑丈な白レンガ造り、裕福な家は屋根瓦を北山脈で採れた色とりどりの宝石で飾られている。
「
「北山脈の魔獣が時々街を襲うから、屋根の宝石で魔物の気をそらし、人間を襲わせないようにしているの。街中に高い建物を造ると魔獣が止まり木にしたり巣を作るから、五階までの高さ制限をしているわ」
「魔物は宝石を好むので、辺境街の道には魔物よけの宝石が転がっていると、騎士学校で教わりました」
王都では高価な宝石が、この街では魔獣避けのアイテムに用いられる。
煌びやかな宝石がちりばめられた建物の前を、全身重装備の冒険者が歩く辺境街ミラアは、北山脈の裾野に広がる魔獣の森への玄関口だった。
シャーロット達を乗せた馬車は街中心に進み、巨大噴水の隣に立つ建物の前に停まった。
「ようこそトパーズ服飾店へ。お久しぶりですアザレア様、おや、以前よりお顔の色が明るくなりましたね。まるで東の海で眠る真珠のように美しいお肌です」
「ふふっ、相変わらず店長は口が達者ね。今日は小さなお客様のドレスを頼みに来たの」
「はいアザレア様、ダニエル殿下からお話を伺っております。これはこれは、なんて可愛らしい小さなお客様でしょう」
店長と呼ばれたのは、少しふくよかでパープルの髪をショートカットした年配女性で、メリハリのある青いドレスを優雅に着こなしていた。
シャーロットはドレスの裾を摘まみ挨拶をしようとすると、女店主は口元に指を当てて、側にいた従業員に声を掛ける。
「小さなお客様のお相手は、私ひとりで行います。他の者達は人払いを、今から店は辺境伯令嬢アザレア様の貸し切りになります」
命じられた従業員達は、きびきびとした動きでショーウィンドウのマネキンを布で覆い、店の扉にクローズの札が掛けると、全員店の外に出て行った。
その様子に驚いて目を白黒させるシャーロットの手を、女店主は両手で優しく握りしめる。
「小さなお客様、驚かせてごめんなさい。アザレア様にあのような事件(毒殺未遂)があった後なので、従業員は店の警護に当たらせます」
「あのう、私は大丈夫ですから手を、手を離してください。私の呪いで、店長さんの寿命が縮んじゃう」
「ふふっ、私の寿命ひと月くらい、小さなお客様に差し上げます」
女店主は見た目五十代後半、シャーロットの乳母に近い年齢だった。
「腰を痛めて寝たきりになった私の主人は、アザレア様からお見舞いに小さな花のリースをいただきました。お花は小さいお客様が育てていると伺いました。おかげで主人の腰の痛みも癒えて、来月から店に復帰することができます」
小さなお花とは上級薬草の花リースで、女主人は目に涙を浮かべながらシャーロットの手を何度も優しく撫でる。
シャーロットは驚いてアザレアの方を振り返ると、彼女は満足げに頷いた。
「シャロ…小さなお客様、トパーズ服飾店はとても面白い方法でドレスを仕立ててくれるわ。店長、最初は連れのメイドに、パンツスタイルのパーティ衣装をお願いします」
アザレアに命じられた女店主はシャーロットから手を離すと、店奥の一面鏡張りの壁に触れる。
すると触れた部分の鏡が透明になりさらに蒸発して消えた後、人ひとりが通れる穴が出現した。
シャーロットは手品を見たように驚き、恐る恐る穴を通り抜ける。
鏡の奥はとても奇妙な部屋で、白砂が敷き詰められた床に大きな魔法陣が描かれ、壁の前には様々な体型のドレスを着たマネキン人形が並んでいた。
「メイドのあなた、エレナというのね。服の採寸をするから、あっ、服は脱がないで、そのまま魔法陣の中に入ってちょうだい」
メイド服の胸元のボタンを外そうとしたエレナを、女店主は慌ててとめる。
エレナが不思議そうな顔で魔法陣の中に入ると、アザレアとシャーロットは魔法陣の外に置かれた椅子を勧められ腰掛けた。
「シャーロットちゃん、とても不思議で面白い魔法が見られるから、楽しみにしてね」
アザレアがシャーロットの耳元でささやき、女店長は指に重ね付けした指輪を擦り合わせながら不思議な呪文を唱えた。
床の魔法陣が赤く光ると、エレナが反射的に身構え、それを見て女店主が手を叩き術を解除する。
「魔法陣の中で動いてはダメ。両足を揃えて身体をまっすぐ、背筋を正して。さぁもう一度、やり直します」
女主人の厳しい声に、エレナは騎士学校仕込みの直立姿勢で魔法陣の上に立つと、床の砂が魔法陣の周囲をゆっくり渦巻き始める。
「術が発動しました。エレナ、急いで魔法陣から出てちょうだい」
エレナが魔法陣の上から退くと、周囲を渦巻いていた砂が魔法陣の中心に集まり、一本の砂の柱になると少しずつ崩れてゆく。
「素晴らしい直立姿勢、久々に完璧な砂トールソーが出来たわ」
「きゃあっ、エレナ裸ん坊のすっぽんぽん。お洋服着ていない!!」
魔法陣の中心に現れたのは、砂で出来た全裸エレナ像。
トパーズ洋裁店、女店主の土魔法で造られた砂ゴーレムだった。
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