シャーロットと冒険者ギルド

 その日の同じ時刻。

 辺境伯の屋敷に届いた【王国魔物発生観測所】書簡を読み、ダニエル王子は眉をひそめる。


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サジタリアス王国魔物発生観測所 


ティア暦二二五年七月二十日公報


・北方トーラス領付近、五月二四日 四つ星アイスドラゴンの影を観測

・北方トーラス領付近、六月十一日 五つ星聖獣の痕跡を観測

・東方王都付近、六月十三日 二つ星ゴブリン集落出現

・北方トーラス領付近、六月二十二日 三つ星ダークムーンウルフ二百匹群出現

・南方デネプ領付近、七月三日 二つ星吸血ラビット五百羽群出現 

・北方トーラス領付近、七月七日 四つ星邪牙ベア百匹群出現


※魔物発生数、前年度同月比 四十五件増加

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 王国魔物発生観測所の公報は、普段は紙二枚程度だが、届いた公報は紙十二枚に魔獣被害と出現予想が記されていた。


「最近北山脈の魔獣が増えていると報告を受けたが、王国全土同じ状態か。これは大要塞の兵士を増やす必要がある」


 しかもトーラス領に出現するのは、ほとんどが三つ星以上の凶暴な魔獣。

 腕組みして考え込むダニエル王子に、王族執事になったジェームズが声を掛ける。


「ダニエル殿下。北要塞だけでなく、人の住む集落にも魔物は出現します。むやみに警備兵を動かすより、魔獣狩りを得意とする中級以上の冒険者を募った方が良いと思われます」

「しかし冒険者を雇うには金が、ああ、金の変わりのモノが生えていたな。しかし上級薬草を報酬として渡すのか?」

「いいえ、それでは聖教会に目をつけられてしまいます。深い森に生える上級薬草の群生地を教えるという条件で、冒険者ギルドに魔獣駆除の依頼を出しましょう」


 つまり依頼を成功させた冒険者は上級薬草を好きなだけ採って、聖教会に売っても(買い取り価格70万)自分で使うこともできる。


「その案ならわざわざ辺境伯に相談しなくても、俺の名前で依頼ができる。事は急ぐ、今から街の冒険者ギルドに出かける」

「それなら私も、冒険者ギルドに依頼したモスビィ蜜の回収と報酬を届けに、ダニエル殿下に同行させて頂きます」



 *  



「辺境伯令嬢アザレア様、それから小さなお客様。本日は当店のご利用、誠にありがとうございました。ドレスの仕上がりは二週間後になります」


 両手を擦り合わせながら挨拶をするトパーズ服飾店女店主を、シャーロットは不思議そうに見つめる。


「店長さんの指輪、とても綺麗だけど、そんなに沢山指輪をはめて重くない?」


 女店主は微笑みながら、両手十本の指を広げる。


「小さなお客様、これは魔力解放の指輪です。私の能力は三つ星土魔法、砂ゴーレムを操るには四つ星土魔法が必要なので、指輪で魔力上限解放をしています」

「そういえば私も、店長の指輪がとても気になってきたの。中指にはめた大きな赤い宝石は、とても貴重な海樹海赤珊瑚かしら」

「アザレア様、これは主人から貰った結婚指輪で、赤珊瑚指輪ひとつで魔力を五十レベル上限解放できます」


 女店主はとても大切そうに赤い指輪を撫で、その様子をアザレアは憧れるように見つめていた。


「それじゃあ二つ星の私が指輪をしたら、妹と同じ四つ星魔法が使えるようになるの?」

「小さなお客様、残念ですが魔力上限解放は一ランクだけ。二つ星は三つ星魔法が限界です」


 この世界は隅々まで魔力が行き渡り、魔力増強には指輪が必要なのは常識。

 しかしシャーロットは、平民の幼い子供ですら知っている知識や常識が欠落している。

 トパーズ服飾店を出て、迎えにきた馬車の中で自分の両手を見つめるシャーロットに、アザレアは声を掛けた。


「せっかく街に来たから、シャーロットちゃんの魔力がどのぐらいあるか、調べてもらいましょう」

「でも女神様、聖教会は私の魔力を調べてくれない。私は小さい頃、呪われた悪魔と言われて、聖教会から追い出されたの」 

「私の天使シャーロットちゃんを悪魔呼ばわりするなんて、聖教会の目は節穴ね。でも大丈夫、街の冒険者ギルドでシャーロットちゃんの魔力を調べてあげる」


 アザレアは馭者に声をかけると、白い馬車は道を左に大きく曲がり街の西門近くに建つ巨大な建物に向かう。

 ミラア街の冒険者ギルドは黒い石積みの建物で、冒険者が倒した巨大魔獣を馬車ごと運び込めるように入り口がとても広い。

 中は円形広場のようなホールで、見上げるほど大きな亀の魔獣を乗せた台車の後ろに、シャーロット達の馬車は並ぶ。

 ホールに入ってきた馬車をチェックしていたアゴ髭男が、トーラス辺境伯の馬車に気づき慌てて駆け寄る。


「これはこれはアザレア様、大変お久しぶりです。ようこそミラア冒険者ギルドへ。今すぐ邪魔な台車を退かせましょう」

「お久しぶりです、副ギルド長。大きな魔獣を動かすのは大変でしょう。私たちは事前の連絡もなく来たのだから、端に馬車を停めます」


 ホールの左端に寄せた馬車を降りたシャーロットは、目の前の巨大亀とドーム天井を見上げて感嘆の声をあげる。

 天井には様々な魔獣が色鮮やかなステンドグラス、特に中心に描かれた五色のドラゴンは、ウロコや牙の一つ一つまで繊細に描かれ、今にも天井を突き破り舞い降りてきそうな迫力だ。


「シャーロットちゃん、右に描かれた白いドラゴンが、北山脈に住むと言われるエンシェントホワイトドラゴン。五十年前、北山脈の向こう側にあった国を、一晩で滅ぼしたの」

「怖いドラゴンが住んでいるから、女神アザレア様のお父様は北山脈でみんなを守っているのね」

「ええそうよ。私の亡くなったお母様とダニエル殿下のお母様は、ドラゴンに滅ぼされた国の王族の血筋なの。だからお父様はドラゴンにトーラス領を滅ぼされないように頑張っているわ」


 アザレアが誇らしげに話している間にも、大ホール中央に置かれた小山のような巨大亀を見ようと人々が集まってくる。

 シャーロットはアザレアに手を引かれて、大ホール正面の重厚な両開き扉の中に入る。

 鈍い銀色の鎧に身を固めた完全武装の剣士が壁一面に張られた書類を見つめ、肌をあらわにした煌びやかな異国衣装の美女が、カウンターの向こうにいる背中に羽の生えた男と深刻な顔で話をしている。


「申し訳ありませんアザレア様。ただいまギルド長は接客中でして、副ギルド長の私が御用件を伺います」


 しきりにアゴ髭に触れながらアザレアに説明する副ギルド長に、エレナは首をかしげる。

 アザレアはこの地を支配する辺境伯令嬢、五大貴族という尊い身分。

 来客など放置してでも、ギルド長が駆けつけるのがあたりまえだ。


「今日は私ではなく、こちらの小さいお客様を調べて貰いたいの」

「おおっ、そちらの可愛らしいお嬢様は、トーラス家の小さなお客様ですね」

「お願いします、副ギルド長さん。私の魔力を調べてください」

「かしこまりました小さなお客様。応接室が塞がっているので、こちらで魔力測定を行いますが、宜しいですか?」


 不思議なことに副ギルド長もシャーロットが名前を明かさなくても、小さなお客様と呼ばれた。

 アザレアが意味深な表情で頷くと、副ギルド長は受付カウンターの職員に合図をする。

 しばらく待っていると、ギルド職員が二人がかりで、黒い水の入った大きな水槽を運んでくる。


女神アザレア様、このお水は何ですか?」


 真っ黒な水槽をのぞき込んでたずねるシャーロットに、側にいたギルド職員は、えっ?と意外そうな声をあげ、副ギルド長に睨まれる。


「シャ…小さなお客様は、聖教会で魔力を調べたことがないのね。これは闇夜の泉から汲んだ水で、黒い水に両手を浸すと魔力が星のように輝くの」

「お客様、水の中に現れた星の大きさが魔力のランク、星の数が現在のレベルです」

「シャ…小さなお客様に私の魔力を見せてあげる。体調が悪くて家に引きこもっていたから、全然レベルが上がっていないけど」


 アザレアは両袖が濡れないように折り曲げると、一度深呼吸をして水槽の中に両手を浸す。

 すると真っ黒な水槽の中に緑の光が灯り、それが一つ二つ、十、二十、三十、百、水槽から巨大な緑の光が溢れ出す。

 二人のギルド職員は黒い眼鏡をかけると、水槽を見つめながら数字を数える。


「緑の風魔法、四つ星サイズで、星の数は百七十五個です」

「自分も同じく百七十五個。アザレア様、レベル二百も目の前です」

「女神様、緑色にキラキラ光ったお星様がとても綺麗」


 シャーロットはうっとり光を見つめていたが、アザレアが水槽から手を引き上げると黒い水に戻る。


「さぁ次はシャ…小さなお客様が、両手を水の中に浸してみて」

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