シャーロットと魔力判定

 冒険者ギルドで行われる魔力測定は、闇夜の泉の水に両手を浸して水中で光る魔力を数える。

 シャーロットの袖が濡れないようにエレナが折り曲げている間、アゴ髭の副ギルド長は、水槽の側面に刻まれた表を指さす。


「さすがはアザレア様、ついに副ギルド長の私の魔力を追い越しました。小さなお客様は初めての測定ですので、魔力とランクについて説明させて頂きます」


 この世界の人間は、誰もが皆魔力を持って生まれてくる。


 魔力の種類は六つ。

 赤い火魔法、青い水魔法、緑の風魔法、茶の土魔法、金の光魔法、黒の闇魔法。


 魔法のランクごとにレベル上限がある。

 一つ星魔法レベル40、二つ星魔法レベル80、三つ星魔法レベル160、四つ星魔法レベル320、五つ星魔法レベル640。


「ほとんどの人間は一つ星、二つ星は十人に一人、三つ星は五百人に一人、四つ星は五千人に一人。現在五つ星は王国に十人程度しか存在しません」

「そういえば副ギルド長、魔力無しの数はどのくらいなの?」

「魔法の影響を受けない零魔法はとても貴重で、一万人に一人出現すると言われています」


 副ギルド長の返答に、シャーロットはエレナの方を振り返ると、彼女は小さく頷いて水槽に向かった。


「それではシャーロット様とアザレア様、貴重な零魔法をお見せしましょう」


 突然現れたメイドを退けようと副ギルド長が手を伸ばしたが、エレナは素早く身をかわす。

 片手を水槽の中に突っ込むと、墨のような黒い水が瞬く間に透き通る。


「水槽の中のエレナの手が見える、どうして黒いお水が綺麗になるの?」

「闇夜の水は闇属性。でも魔力ゼロのエレナが触れると元の状態に戻るのね」

「魔力ゼロは、戦闘では魔力付与や魔法結界の影響を受けないので便利でが、普段の生活は魔力が無いと不便です」

「このメイド、いいえ貴女様は零魔法をお持ちなのですね。貴重な零魔法、欲しい、ギルドに欲しい」


 紳士風にふるまっていた副ギルド長が、突如目の色を変え敏腕冒険者スカウトマンになってエレナに迫る。

 シャーロットはそれを見ると、慌てて両手を広げ副ギルド長の前に立ちふさがった。


「エレナは私のメイドで、ダンスパートナーで王子様なの。副ギルド長さんには渡さない」


 エレナの腰にぎゅっとしがみつき、可愛い顔で副ギルド長を睨みつけるシャーロットに、エレナは感極まって震え、アザレアは楽しげに微笑む。


「副ギルド長のスカウトは失敗ね。さぁ今度は、シャ…小さなお客様の魔力測定を行いましょう」


 エレナを副ギルド長から引き離したシャーロットは、高揚した気持ちで両手を黒い水に浸す。

 十歳になるまで育児療育放棄、子供部屋に閉じ込められていたシャーロットは、魔力のレベル上げを全く行っていない。

 黒い水の中に小さな赤い光が灯り、ひとつふたつみっつ、十、二十、予想以上に沢山の星が光る。

 水槽の側で控えたギルド職員が黒眼鏡を掛けると、星の数を数え出す。


「赤い光は火魔法で、たぶん二つ星と思われます。星の数は五十四個、大人の冒険者の平均ランク相当です」

「えっ、レベル五十四? シャーロットちゃんは子供部屋に閉じ込められて、魔力訓練をしたことが無いと言っていたわ」


 小さな火魔法を使えるシャーロットは、レベル十程度と予想していたが、すでに大人と同程度の魔力を持っていた。


「アザレア様、もしかしたらダークムーンウルフの大規模レイド。あのバトルにシャーロット様は参加しました」

「この小さな子供を、あのレイドに参加させたのですか!! しかしレイド参加で上がるレベルは二十。あとは日々の厳しい肉体の鍛錬で、五程度レベルが上がります」

「厳しい鍛錬って、もしかしてマーガレット先生のダンス猛特訓かしら」

「きっとそうです。マーガレット様のダンス指導は、騎士学校の訓練並みにきつかった」


 確かにシャーロットとエレナのダンスは、ダニエル王子が曲芸師と呼ぶほど巧みで機敏でアクロバテックで、貴族のダンスの域を超えている。

 レイドバトルとダンス猛特訓でレベル二十五、しかし残り三十はどうやって取得したのか分からない。


「シャーロット嬢は屋敷の庭園で虫網を振りまわして、蝶やバッタや、時々三つ星妖精も捕まえているぞ」


 シャーロットの後ろから聞き慣れた声がした。

 振り返ると扉の前に立ったダニエル王子とジェームズが、シャーロットの魔力鑑定の様子を眺めていた。


「これはこれはダニエル殿下。あいにくギルド長は接客中でして、お迎えも出来ず申し訳ありません。今日はなんて日だ、高貴な方が次々と」

「副ギルド長、俺のことは気にしなくても良い。それより急ぎの要件があるので、執事から話を聞いてくれ」


 執事ジェームズから魔力発生観測所の公報を受け取った副ギルド長は、数枚中身を確認すると険しい表情になり、席を外すとジェームズと受付カウンターの奥に向かった。


「ダニエル、副ギルド長はとても深刻な顔をしていたけど、大丈夫なの」

「姉上は俺が側にいるから心配無用。それよりも姉上が虫を嫌うから、シャーロット嬢は捕った虫を俺に見せにくる。庭園の貴重な植物に釣られてやって来た二つ星朝露妖精や、時々三つ星の亜虎魔カブト虫を捕まえた」

「二つ星のシャーロットちゃんが、動きの素早い三つ星の魔昆虫を捕まえるの?」


 トーラス領に来て外に出られるようになったシャーロットは、庭園に咲き乱れる花々を愛でるより、花に集う魔昆虫に夢中になった。

 辺境に生息する魔力ランクの高い魔昆虫を、シャーロットは《老化=時間進行1,2倍速》の素早い動きで捕まえる。

 だが寿命の短い昆虫は《老化》呪いのシャーロットの手元には置けないので、虫を捕らえてもすぐ逃がした。


「つまりシャーロットちゃんは虫取りで、知らないうちに魔力レベルを上げたのね」

「こんど女神アザレア様に私が大好きな、身体が細長くて赤と紫の毛がふさふさして足が百本生えた、大きい眼が五個ある虫を捕まえてあげる」

「細長く手足が百本……キャアッ、シャーロットちゃん。その虫はダニエルの所に持っていって」


 虫嫌いのアザレアは、想像しただけで小さな悲鳴を上げてダニエル王子の後ろに隠れる。  

 アザレアたちが談笑している間に、副ギルド長は渡された魔力発生観測所の公報を持って、ギルド長と客人のいる応接室に入った。

 シャーロット達のいるギルド受付所は、真上が三階まで吹き抜けになり、カウンター横のらせん階段から二階の応接室の扉が見えた。

 応接室の扉がゆっくりと開いた。

 その瞬間、巨大な魔力の存在を感知したエレナとダニエル王子が反射的に身構える。

 ギルド建物奥に設置された魔獣檻の生け捕りにされた魔獣が、怯えた声をあげるのが聞こえた。


「亜虎魔カブト虫や多眼百脚を捕まえるとは、お転婆なお嬢さんだ」


 二階を見上げると、応接室から出てきた灰色のマントの男が廊下の手すりを跨ぎ、一階にいるシャーロットの目の前に飛び降りる。

 素早くシャーロットを庇い男の前に出ようとしたエレナより先に、男はシャーロットの背後に回り込んでいた。


「お嬢さんの魔カブト虫を見せてくれ。私は手のひらほどの大きな亜虎魔カブト虫を捕まえたことがあるぞ」

「私は虫を捕まえたらすぐ逃がすの。でも両方の手のひらくらい、大きな魔カブト虫を捕まえたことがあるわ」


 大好きな魔昆虫のことを聞かれたシャーロットは、嬉しくて瞳を輝かせる。

 シャーロットの話しかけた年かさのある男は、目鼻立ちは整っているが不健康そうなくすんだ肌、灰色に白髪交じりの長い髪。

 身にまとう灰色のマントは、王族しか使用できない深紅の縁取りが施されていた。

 男を見たアザレアは数歩後ろに下がり、腰を深く落とし最上級の挨拶をする。


「まぁ驚いた、アルトゥル叔父様ではありませんか。大変お久しぶりでございます」

「アザレア、一年ぶりだな。前とは見違えるほど顔色が良く元気そうだ。満天の星が輝く夜空のような黒髪、美しさに磨きがかかったお前は、まさに豊穣の女神の化身だな」


 アルトゥルと呼ばれた男は、若々しく張りのある声でアザレアを褒め称えた後、同じく最上位の敬礼をするダニエル王子を向く。


「顔を上げろダニエル。王子のお前が、公爵の私に頭を下げる必要は無い。それよりもお前が誘拐したクレイグ家の娘は、このお嬢さんか」

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