中の人と灰色マントのおっさん
「豊穣の聖女候補、シルビア・クレイグ伯爵令嬢のお披露目パーティで、第三王子フレッドが聖女候補と面談している隙を狙い、ダニエルがシルビアの姉を言葉巧みに誘い出し誘拐した。と聖教会から報告が来ている」
王族の第五王子をダニエルと呼び捨てにした灰色マントの男は、赤紫の瞳で彼を睨みつける。
「まさかダニエルが幼女趣味とはな。驚いたぞ」
「それは叔父上、誤解で……」
「えっ、ダニエル王子様は幼女趣味なの、末っ子だから可愛い弟や妹が欲しいの? 王子は
「シャーロット嬢、俺は幼女に興味ないし、姉上とはあれだ、ゴニュゴニョ」
「だめよ、ダニエル王子様。大切な女神様がいるのだから、小さい女の子は我慢した方がいいわ」
長い間子供部屋に軟禁されて栄養失調状態だったシャーロットは、妹シルビアより小柄で幼く見える。
しかし本人は十歳の誕生会でお酒も飲めるようになり、すっかり大人のつもりでいた。
姉上が好きな気持ちをバラされたダニエル王子と、それを聞いて顔が真っ赤になるアザレアと、事態が飲み込めず首をかしげる灰色マントの男。
「もう一度聞くが、お嬢さんはダニエルに誘拐されたのではないか?」
「私はずっとお母様に子供部屋に閉じ込められて、冷たくて硬いご飯を食べていたわ。だからダニエル王子様にダンスバトルを挑んで、勝ったご褒美にお家の外に出してもらいました」
「お嬢さんは、ダニエルとダンスバトルで勝ったのか。ふははっ、それは面白い」
「叔父様、シャーロットちゃんの話は本当よ。シャーロットちゃんはダニエルが追いつけないほど速い超絶ステップで、蝶のように美しく軽やかにダンスを踊るの」
話を聞いた男はひとしきり爆笑した後で、痩せた細いあごに手を当てて考え込む。
「私の聞いた話と全然違うな。しかし別のところで、クレイグ家の娘はダンスが達者という噂を聞いた。あれは豊穣の聖女候補シルビアの事だと思っていた」
「アルトゥル・アンドリュース公爵は、豊穣の聖女候補とお会いになったことがあるのですか」
「豊穣の聖女候補を気に入ったフレッド殿下が、彼女を王宮に連れて来て奇跡の治癒魔法を見せびらかしている。さすが兄弟、やることは一緒だ」
灰色マントの男、アルトゥル・アンドリュース公爵はダニエル王子に対して、トゲのある言葉を投げつける。
これは上級薬草を国王に贈る、ダニエル王子を揶揄っている。
公爵はサジタリアス王族身内しか知り得ない情報を、詳しく把握していた。
『あ、あ、あ、あ、アンドリュース公爵だと!!』
それまで楽しげに公爵と接していたシャーロットが、突然身体を硬直させると大きく目を見開き突然叫ぶ。
エレナが素早くシャーロットの口を塞ごうとするが、シャーロットは小刻みに震え、顔から血の気が引いて冷や汗を流す。
昼間なのにシャーロットの中から出てきたゲームオは、ウソだろ、マジかよ、信じられない。とブツブツ呟いている。
「申し訳ございません、ダニエル殿下。ゲーム……シャーロット様のご様子が少しおかしいので、どこかで休ませます」
「なぜこんな時間にゲームオが出てくる。そうだなエレナ、ここは人が多い。馬車に戻って」
「お嬢さん、具合が悪いのに無理におしゃべりに付き合わせて申し訳ない。馬車よりも上の応接室で休ませよう」
『アンドリュース公爵ってマジかよ。ゲームでは過去の存在、名前すら出てこないキャラが、うわっ、近づいてきた。なにをする、ヒィイイーッ!!』
心配そうな顔でシャーロットに近づいた公爵は、突然エレナからシャーロットを奪うと軽々と抱き上げる。
「これは珍しい、ダニエルが誘拐するのも分かる。お嬢さんはクレイグ
『アンドリュース公爵は、シャロちゃんの旦那。ゲームでは年老いた貴族としか設定になかったけど、このおっさん見た目より声が若い。えっ、もしかして僕のことバレている?』
シャーロットの中の人は慌てて天真爛漫美少女な笑顔を作ろうとしたが、時すでに遅し。
公爵は中の人を一瞥すると、お姫様抱っこしたまま凄まじい跳躍力で吹き抜け二階の廊下まで飛び上がる。
叔父様お優しい。と微笑むアザレアと、血相を変えて階段を駆けあがるダニエル王子とエレナ。
「しばらくギルド応接室はサジタリアス王族が使用する。姉上、アンドリュース公爵はシャーロット嬢と、魔カブト虫や多眼百脚について熱く語り合いたいそうです」
「えっ、叔父様とシャーロットちゃんは多眼百脚の話をするの? 私昆虫は苦手だから、ここで待っています」
心眼・神秘眼を持たないアザレアは、シャーロットの中の人の存在に気付いていない。
シャーロットを妹のように可愛がるアザレアに、有能だが異常偏愛で汚れた禍々しい中の人の存在を知られてはならないのだ。
アザレアに遠慮してもらい、覚悟を決めて応接室に入ったダニエル王子とエレナは、そこで衝撃の光景を目にする。
「私の声が若いとは、嬉しいことをいう。それではお嬢さんの、本当の名前を教えてもらおう」
『うわぁ、耳元でささやかれると、おっさんの声がイケボすぎてぞわぞわする。エレナーーっ、たすけてぇ』
応接室の正面に置かれた南天赤虎の革張りの豪華なソファーに、シャーロットを抱きかかえたまま優雅に座る公爵。
助けを求める声に条件反射で駆け寄ろうとしたエレナに、公爵がひと睨みするだけで足が止まる。
「ぐっ、この圧はなんだ。脚が震えて前に出ない。公爵様、どうかシャーロット様をお離しください」
「身分をわきまえないメイドが、許可も無く私に近づくな」
公爵がエレナを罵倒する声を発した瞬間、シャーロットが脚を振り上げて仰け反り、公爵の肩を掴んで軽やかに飛び上がる。
ソファーから降りた中の人は、エレナに駆け寄ると公爵を睨みつけた。
『エレナ、大丈夫か。僕のシャロちゃんは異世界一尊い身分なんだ。エレナ、相手が誰であれシャロちゃんを守れ。それと僕の名前を聞く前に、おっさんの自己紹介が先だ』
「私の自己紹介? まさかこの国で、私を知らない人間がいるのか?」
伯爵家の娘が上位貴族に対して無礼な口をきいたのに、公爵は圧を弱めると意外そうな顔をした。
公爵を睨むシャーロットの中の人の様子に、このままでは埒があかないと判断したダニエル王子は代わりに説明する。
「アンドリュース公爵、子供部屋に閉じ込められていたシャーロット嬢は、他人との接触がなく世間一般の常識を知らない。そして彼女の中にいる者は、異界の知恵を持つ転生者の魂、我々は彼をゲームオと呼んでいる」
「ほう、ではこの者は、我々にどのような異界の知恵をもたらす?」
「ゲームオは、王子である俺の命令も一切聞きません。シャーロット嬢のためにだけ悪知恵を働かせます」
『ダニエル王子、悪知恵とは失礼だぞ。それに最近は、アザレア様の料理もつくっている。それとこのおっさんは誰だ』
「ゲームオ、この方は現国王の弟で俺の叔父に当たる、五大貴族のおひとりアルトゥル・アンドリュース公爵。そして公爵は王国で二人しかいない、六つ星魔力の持ち主だ」
あーっ、納得。
ゲームの魔力二つ星の悪ノ令嬢シャーロットが、どうして魔王軍上層部にいるか不思議だったけど、その謎が解けた。
十三歳のシャーロットと政略結婚して、三ヶ月後に死んだ夫アンドリュース公爵。
彼は魔王ダールと同じ血族なのだ。
『へぇ、アンドリュース公爵は六つ星魔力持ちなのか。でもそれだけ魔力を持っているのに、ずいぶんと顔色が悪い』
「それは公爵が、エンシェントブラックドラゴンの《即死》呪いに冒されているから。その話はサジタリアス王国に住む者なら、子供でも知っている」
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