第28話 異世界ストロン愚ゼロ

 ダニエル王子の祝福に、十歳になったシャーロットは大人びた淑女の笑みを浮かべる。

 今日やっと、味見でスプーン一匙しか舐めさせてもらえなかったハチミツ酒を、思う存分飲めるのだ。

 シャーロットの中の人の前で、ジェームズは用意した小さめのクープグラスに、金色に輝くハチミツ酒が注ぐ。 


『最初の一杯はできたてハチミツ酒をストレートで。ふわっ、生ハチミツを舐めたみたいに甘くて強いアルコールの香りがする。ハチミツ独特のくどさがなく、酒が喉をスルリと落ちてゆく』


 中の人は、じわじわ喉を焦がすように熱いアルコールを堪能すると、口直しに水を一杯口にふくむ。

 ジェームズは別のグラスに、アルコール濃度を秘伝の製法で高くした蒸留酒を注ぐ。

 中の人は注がれた酒のグラスをテイスティングして匂いをかぎ、一口ふくむと恍惚の表情になる。


『ぷはぁ、さすがに強烈だ。ウイスキーと同じ度数、いや、この喉が焼けそうな感じは花酒の六十度か。爽やかな甘い花の香りと金を溶かしたような酒の色が美しい』


 隣でシャーロットの酒盛りを眺めていたダニエル王子は、ぽつりと呟く。


「とても十歳とは思えない。まるで中年親父のような飲みっぷりだ」


 中の人は聞こえない振りをして、二杯目を飲み干す。


『ハチミツの甘みは薄くなったけど、喉ごしの良さは変わらない。そうだ、エレナ。パーティのデザートに果物とナッツがあったはず』

「シャーロット様、もうお酒は終わりですか? それではデザートを用意しましょう」


 エレナは少し席を外し、ベリー系の果物と数種類のナッツが盛られた皿を持ってくると、中の人は赤いベリーを数個ハチミツ酒の中に入れた。 


『ふふっ、甘いハチミツ蒸留酒に新鮮なベリーを加えたフルーツコンポートができた。ハチミツ酒にたっぷり浸ったベリーをスプーンで潰しながら食べると、甘く酔える禁断のデザートになる』


 ご機嫌でベリーのハチミツ蒸留酒漬けを堪能すると、スプーンをエレナに渡し味見してみろという。


「私はお酒に弱いので少しだけ。あら美味しい、酸味の強いベリーに極上のハチミツをかけたみたい。お酒の味が気にならないから食べ過ぎそう」

『これをバニラアイスにかけて食べたいけど、異世界こっちにアイスクリームはあるかな? さて次は……」


 そう言うとシャーロットの中の人は、スプーンの上にひよこ豆に似たナッツをのせると、ハチミツ蒸留酒をかける。

 スプーンに息を吹きかけると魔法で酒に火がつき、甘いアルコールと焼けるナッツの芳ばしい香りが周囲に漂う。


『コーヒーに角砂糖をブランデーでフランベして飲む、カフェ・ロワイヤルを真似てみた。ナッツの表面に軽く焦げ目が付いたところで火を消す』


 酒に酔って次第に顔が赤くなってきたシャーロットは、焼いたナッツを少し冷まし、指でつまんで口に放り込む。


『カリッ、ポリッ、熱々で芳ばしくて少しほろ苦いナッツがうまい。甘いハチミツ酒のつまみに最高、もっと食べたいな』


 空になったグラスにハチミツ蒸留酒をおかわりすると、ナッツを盛った皿にドボドボと降りかけて、火魔法でフランベする。

 静かに燃える蒼い炎と時折ナッツがパチパチとはぜて、王族お貴族様が集うパーティ会場で、酒のつまみを作るシャーロット(の中の人)。


 出来上がった炙りナッツを、「熱い熱っ」と言いながらポリポリ音を立てて美味しそうに食べるシャーロットの姿を見ていると、何故かダニエル王子の口の中が乾く。


『ダニエル王子、もしかしてこれが気になるの? シャロちゃんひとりでは、沢山のナッツを食べられないから、王子様も一口どうぞ』


 最初は用心していたダニエル王子も、楽しそうに酒を飲んでツマミまで作るシャーロットに警戒心が緩む。


「こんなどこにでもある豆を焼いただけで、カリカリッ、なるほど、これは美味い

『王子様、ベリーのハチミツ酒デザートはいかが。あれ、ジェームズ、お酒がもう無いよぉ』

「シャーロットお嬢様、だいぶ酔っていらっしゃいます。これ以上飲むのはおやめください」

『ふぅ、顔が熱い。でもまだシャロちゃんは白レモンのお酒を飲んでいない。ジェームズ、氷でキンキンに冷やしたお酒をちょうだいっ』


 腕にすがりついて甘えた声でお願いするシャーロットに、ジェームズは鼻の下を伸ばしおねだりを聞いてしまう。

 いよいよ待ちに待った、ハチミツ蒸留酒の白レモンカクテル、異世界ストロン愚ゼロを心ゆくまで味わう。

 氷のたっぷり入った大きめのグラスにそそがれたお酒を、中の人は一気にあおる。


『コクコクっ、ぷはぁ、五臓六腑に染み渡るうまさ。この酒を飲むために、ひと月頑張った!!』

「シャーロット様は初めてのお酒なのに……無理矢理飲むのはやめなさい、ゲームオ!!」


 黙って側に控えていたエレナは、とうとう我慢できなくなり、シャーロットの中の人を止めようとする。


『エレナったらメイドのくせ、ご主人様に命令するの? シャロちゃんは赤と紫と緑のお酒、全部飲むんだから。あっ、お酒がとられた!!』

「メイドが言うのが正しい、お前は飲み過ぎだ」


 エレナを無視して飲み続けようとしたシャーロットの後ろから、男の長い腕が伸びて酒の入ったグラスを取り上げられる。


『シャロちゃんはまだ半分しか飲んでいないのに。キンキンに冷やした、甘くて美味しいお酒を返してぇ』


 完全に泥酔したシャーロットが、奪われたグラスを取り返そうとダニエル王子の腕にすがりつく。

 手の平にグラスの冷たさを感じると、美味しそうに酒を飲んでいたシャーロットを思いだし喉の渇きを感じた。

 ダニエル王子は無意識のうちに、取り上げたグラスを自分の口に運び、残りの酒を一気に飲み干した。


『ああっ、ダニエル王子がシャロちゃんのお酒を飲んじゃった。酷いよ、ええーんっ』


 最初は淑女の微笑みを浮かべ、中年親父のように酒を飲み、大きな瞳に涙を浮かべ悲しそうに震えるシャーロット。 


「まぁ、シャーロット様のお酒を、ダニエル殿下が全部飲んでしまったのね」

「泣かないでください、シャーロットお嬢様。そうだ、パーティのラストダンスは、ダニエル殿下にお願いしましょう」


 泣きじゃくるシャーロットを、棒読み台詞で慰めるエレナとマーガレット。

 なんて白々しい三文芝居だ。と溜息をつくダニエル王子の耳に、シャーロットの声が聞こえる。


『でもダニエル王子、少し足元がふらついているし、アレで私のダンスについてこれるの?』


 泣き顔からふてぶてしく見下した顔に、次々と表情を変えるシャーロット。

 言われてみれば、大して酒を飲んでいないはずのダニエル王子の身体は熱くなり、喉が渇き足元がおぼつかない。


 そして誕生パーティ最後のラストダンス。

 第三王子フレッドが酔いつぶれた今、この場で一番位の高い男子は王族のダニエルだった。


「それではシャーロット・クレイグ伯爵令嬢、お手をどうぞ。ラストダンスはダニエル・サジタリアスがお相手しよう」


 燃えるような赤髪をなびかせながら優雅に右手を差し出す王子に、シャーロットは臣下の礼をとると、左手を重ねようとしてわし掴み自分の方へ引っ張った。


『つまらない王子ごときが、僕のシャロちゃんに偉そうな口をきくな。音楽ゲーム・ワルツの達人でワールドランキング50位内、難易度・鬼ワルツを全クリした僕の前にひれ伏すがいい』


 思わず身体を離そうとしたダニエル王子を、小柄なシャーロットが完全ホールドする。

 そして鍵盤を叩きつけるようなピアノ演奏が流れ、ラストダンスが始まった。

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