第29話 シャーロットのラストダンス
マーガレット伴奏のラストダンスは、再び超絶テンポの吟遊詩人のワルツ。
まだ十歳のシャーロットと青年のダニエル王子が向かい合って並ぶと、かなり身長差がある。
「お前のような子供が、俺をダンスでひれ伏せるだと。面白い、やってみろ」
『シャロちゃんの勝負を受けて立つか。王子が勝てばシャロちゃんを兇手にでもするがいい。もしシャロちゃんが勝ったら、ひとつ願いを聞いてもらう』
「ふっ、俺が負けるなんてありえない」
両手をとって二人同時に足を踏み出すと、二歩目でシャーロットが高々と飛び上がる。
ワルツのターンで、シャーロットは床を蹴り足を宙に浮かせて、軽やかに回転した。
レースとフリルをふんだんに使ったドレスで、跳ねるように踊るシャーロットは、まるで花の周囲を舞う蝶のようだ。
しかしパートナーのダニエル王子は、遠心力を効かせてはね回るシャーロットを支えるのがやっとの状態。
「ちょっと待て、こんなのダンスじゃない、見世物小屋の曲芸だ!!」
『王子様、シャロちゃんのような小柄な女子に振り回される程度なら、大人の女性は扱えないぞ』
中の人は王子をひやかすと、王子の体をポールダンスの支柱みたいに飛びついてポーズを決める。
周囲の酔っぱらいは、気ままに激しく踊るシャーロットと、それをしっかり受け止めるダニエル王子に拍手を送る。
「シルビア様によく似た顔立ちで華やかなシャーロット嬢は、将来絶世の美女になるだろう」
「ダニエル殿下はとても情熱的で、ミステリアスな雰囲気が素敵」
ギャラリーの手拍子に指笛と足踏みが加わり、優雅なお貴族様のダンスパーティとはほど遠い、羽目を外した大騒ぎのラストダンス。
しかし吟遊詩人のワルツ三番が終わる頃、ダニエル王子のダンスが半歩遅れ始める。
「くそっ、足が思うように動かない。酒は食事の時に少量とシャーロットから取り上げたグラス半分だけなのに、あれだけの酒で酔うか?」
踊りながら愚痴を聞いたシャーロットの中の人が薄く笑ったのを、ダニエル王子は見逃さない。
「さては貴様、俺に毒を盛ったか!!」
『毒じゃない、酒は百薬の長。王子がシャロちゃんから取り上げたグラス、とても冷たかっただろ』
「酒を氷魔法で冷やすくらい、俺でも分かる」
『シャロちゃんが飲んでいた白レモンカクテルの氷は、蒸留酒原液・アルコール六十度を凍らせたモノ。王子は氷が解けた酒、つまりアルコール六十度の酒を飲まされた』
クレイグ家料理人は料理の腕よりも、食材を腐らないように冷凍できる氷魔法使いが雇われる。
執事ジェームズの助手をした新入り料理人も、アルコールが凍る零下三十五度まで温度を下げる二つ星氷魔法を使えた。
ちなみに魔力六つ星なら、都市一つを絶対零度で凍らせる壊滅大魔法が使える。
ゲーム知識で、《神秘眼》鑑定すると魔法が解けると知っていた中の人は、芝居をうって氷魔法が解けた酒を王子に飲ませたのだ。
「貴様は執事に、氷で冷やした酒をくれ。と命令していた。あれは魔法で酒を凍らせろという意味か。おかげで喉が焼けるように熱い」
『これはどこかの王族が、花の名前の女性をお持ち帰りするために仕組んだ手法。僕はそれを真似ただけ』
シャーロットの中の人が小声でささやくと、ダニエル王子の表情が変わった。
「貴様、今なにを言った?」
『ダニエル王子、話の続きを聞きたければ、踊り続けろ』
シャーロットは足が止まりそうになるダニエル王子を強引に引っぱると、再びステップを踏む。
「花の名前の女性とは、姉上アザレアのことか? なぜ貴様が姉上を知っている」
『貴様じゃない、シャーロット嬢と呼べ。王子には誰か心当たりがあるはずだ』
「美しい姉上に想いを寄せる者は、掃いて捨てるほどいる。王族では、兄上フレッド王子が……」
『ええっ、それならアンタ、どうして恋敵フレッドの従者やってんだよ。アザレアを好きなんだろ』
ゲームの世界では、次期国王候補・第三王子フレッドは存在しない。
病弱な第一王子の代わりに魔王討伐へ向う勇者パーティに、ときどき無理難題を押しつける性悪第二王子が出てくるが、王子はこのふたりだけ。
はい、魔王のキャラ設定と繋がった。
とある青年(ダニエル王子)が姉妹(従姉アザレア)を殺した王族(フレッド王子)に復讐を誓い、魔王ダールになるのだ。
「どうして貴様がその事を。す、好きって、俺は姉上をそんな、ふ、不純な目で見ていない!!」
『僕は魔力を持たないが、未来を知っている。フレッド王子は将来、アザレアを不幸にする。そしてアンタは魔物に身を落とす』
ここは、ゲームが始まる前の異世界。
亡者の姫アザレアは、キャラ設定(五千文字)で詳しく真相が語られる。
以前からアザレアを狙っていた王子(フレッド)は、舞踏会の夜、無理矢理彼女を酔い潰すと部屋に連れ込む。
そして王子(フレッド)の子供を身籠もったと知られたアザレアは、国王の命令で王宮へ連れ去られた。
しかし女好きの王子(フレッド)には両手に余るほどの愛人がいて、アザレアは嫉妬に駆られた女たちの標的になる。
アザレアは連れ去られた三日後、何故か王宮の中を徘徊していたオークに襲われ、小説のモグル街に似たエグい方法で殺害される。
死んだ彼女は豊穣の女神の元へ召されたが、世界を滅ぼそうと企む魔王ダール(従弟ダニエル王子)をとめるため、勇者サポート(各イベント一回だけ、無課金でパーティ全員復活)に現れるのだ。
あれ? 亡者の姫って、シャロちゃんを救いたくて中の人になった僕と同じ状態だ。
思考を巡らせすぎて、踊りを忘れて足を止めそうになる中の人を、ダニエル王子は引き寄せると禍々しい顔で聞き返す。
「顔と要領だけ良くて女癖の悪いフレッド王子が、清らかで美しい慈愛の女神、姉上アザレアを不幸にするだと」
『やっと本音が出たな。アンタは愛する姉上を不幸にする男の機嫌をとり、媚びへつらっている』
「何をふざけたことを……その話、本当か」
ダニエル王子の持つ、真実を見極める《神秘眼》の前では嘘はつけない。
シャーロットの中に潜む転生者は、未来を知る予言者だった。
大広間に流れるピアノの旋律がスローテンポになり、もうすぐ吟遊詩人のダンスも終わる。
『つまらない王子のまま最愛の人を不幸にするか、第三王子と決別して
「役立たず末席王子の俺が、兄のフレッド王子と競うなんて、考えたこともない」
『お前とシャロちゃんが会えるのは今日が最後。パーティの主役になるはずだった妹シルビアを出し抜いて、騒ぎを起こしたシャロちゃんは再び軟禁される』
エレナの弟ラインまで調査済みのダニエル王子なら、シャーロットが現在どのような境遇か知っているだろう。
だから従姉アザレアの名前を出してまで、ダニエル王子に興味を持たせたかった。
しかしあまりにも優柔不断。
こいつはシャーロットの言った通り、ただの「つまらない王子様」かもしれない。
「だが、もう少し、考える時間が……」
『大好きなアザレア姉上をフレッドに奪われたら、彼女とは永遠に会えなくなる。アンタができないというなら、僕がシャロちゃんもアザレア様も救ってやる!!』
僕はゲームプレイ中、数十回は亡者の姫アザレアに無料蘇生(課金だと魔星30個1000円)で助けてもらった。
アザレア様から受けた恩義をここで返さなければ、ゲームオタクの名折れだ。
「貴様がいれば、フレッドを出し抜き、姉上を救えるのか」
ダニエル王子の赤紫の瞳から迷いの色が消え、全身から覇気のような力強いオーラを纏い始める。
兄王を呼び捨てにした、王位継承者としての自覚が芽生えた証。
『ダニエル王子から、母親のメアリーにシャロちゃんの待遇改善を命じてくれれば、僕はいくらでも王子に協力。ひえっ、いきなりどうした!!』
ふたりはチークダンスのように身体を密着しながら会話していたが、突然ダニエル王子はシャーロットを抱き上げる。
お姫様抱っこ状態でダニエル王子の顔を間近に見上げると、どこか吹っ切れたようなすがすがしい表情をしていた。
「貴様を…シャーロット嬢を姉上の側に置いておけば、安全安心だ」
『なんで考えがそこまで飛躍する。はっ、しまった、魔王ダールは究極のシスコン!!』
ダニエル王子はシャーロットを横抱きにしたまま、颯爽と大広間を横切り出口へ向かう。
周囲のギャラリーはどよめき、マーガレットは喜々として結婚行進曲を弾きはじめ、エレナが後ろから殺気をたぎらせながら追いかけてくる。
「今すぐシャーロット様を離しなさい!!」
「ほう、さすがグリフォン騎士学校の四聖。主を守るためなら、王族も恐れぬか」
『待てエレナ、お前もついてこい。ムアじいさんはアザレアの鉢をダニエル王子の馬車まで運んでくれ。ジェームズは事後処理の後、必ずシャロちゃんの元へ来るように』
僕はこれまで苦楽をともにした仲間に、最後の指示を出す。
エレナは攻撃態勢を解除してダニエル王子の後ろに続き、庭師ムアは自分より大きく成長したアザレアの鉢植えを軽々持ち上げて運ぶ。
しかしジェームズは渋い表情で、首を横に振る。
「シャーロットお嬢様の元へ行くなんて。俺に王族の執事なんて、とても務まりそうにありません」
『ジェームズ、王族の書庫に興味ないか?』
僕の一言で、執事ジェームズの目の色が変わる。
聖教会の門外不出の書物を読むほどの男なら、王族の書庫に絶対興味があるはずだ。
次の瞬間、ジェームズは全速力で走り出しダニエル王子を追い抜いて、大広間の両開き扉を全開にした。
周囲を見回し、ダニエル王子に向かって恭しく最敬礼をすると、顔を上げ宣言する。
「これにてシャーロット・クレイグ伯爵令嬢、十歳誕生パーティを終了します。サジタリアス王家第五王子ダニエル殿下、シャーロット・クレイグ嬢の御退席です」
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