中の人と七角鬼バッファローの角

 シャーロットたちの頭上で二匹の魔獣が戦っている。

 幼体グリフォンの周囲を見回しても、親グリフォンの姿はみえない。

 アイスドラゴンとグリフォンは大型バスと軽自動車ぐらいの体格差で、小柄なグリフォンはドラゴンの長い尻尾で激しく叩かれていた。 


「シャーロットちゃん、アイスドラゴンをどうやって引きずり下ろすの? シャーロットちゃんの石投げはとても威力があるけど、四つ星ドラゴンには効かないわ」


 驚くアザレアに、シャーロットの中の人は「任せて大丈夫」と声をかけると、焚き火のそばにある戦利品を手に取る。

 昼間仕留めた七角鬼バッファローの角が、地面に七本突き刺してあった。

 大人の腕ほど太い七角鬼バッファローの角は金属並みの堅さで、中は空洞になって見た目より軽い。

 根元が少しくびれ先端まで真っ直ぐ伸びているので、荷物を運ぶ天秤棒素材として重宝される。

 中の人は地面に刺さった角を一本抜くと、両足を肩幅に開き、根元のくびれを握ると脇を引き締めて、バットを水平に振るとブゥンっと風を切る音が聞こえる。 

 一本目の角はシャーロットが持つには長すぎ、二本目の角は太すぎで、三本目の角を何度か振った中の人は頷いた。


『よし、これがちょうどいい。七角鬼バッファローの角の太さと長さ、まるで野球バットのようだ』

「ゲームオ様がまた奇妙なことを始めました。いくら角を振り回してもアイスドラゴンには当たりませんよ」


 エレナは中の人の奇行をとめようとしたが、それを無視して中の人はムアの元へ駆けてゆく。


『ムアじいさん、昼間みたいに土魔法の球を出してくれ。数は100、いいや300個だ』

「はい、かしこまりましたシャーロットお嬢様……ええっ、300個ですか!!」


 その時、食い入るように上空を眺めていたアザレアが、嘆き声をあげる。


「ああっ、グリフォンの翼が半分から折れて、このままではアイスドラゴンに殺されてしまう」


 アイスドラゴンの刃物状の尻尾で激しく叩かれたグリフォンは、逃げようと背を向けた瞬間、獅子の胴体にドラゴンの長い鉤爪が食い込む。

 捕らわれたグリフォンの翼は逆方向に折れ曲がり、胴に深く食い込んだ鉤爪がミシミシ音を立てて背骨を砕く。


『早くグリフォンを助けないと。ジェームズも手伝え、ムアじいさんが作った土球をシャロちゃんに投げろ』

「シャーロットお嬢様に石をぶつけるなんて、そんな恐れ多いこと出来ません!!」

『ぶつけるじゃなくて、土球がシャロちゃんの前に落ちるように緩く投げるんだ。早くしろ、ジェームズ』


 中の人に急かされたシェームズは、ムアから渡された土球を怯えながらも正確に投げた。

 シャーロットの中の人は七角鬼バッファローの角を握って構えると、投げられた土球を下からすくい上げるように打つ。


 カッキィイィィーーーン!!


 鋭いスイングで打ち上げられた土球は、弾丸のようにぐんぐん伸びて、真上のアイスドラゴンの尻尾に激しく当たって砕ける。



『これは東京ドーム天井直撃ぐらいの高さ。やっぱりシャロちゃんの身体能力は大人以上、いいや、鍛え抜かれたメジャーリーガーと競えるくらいだ』

「でもシャーロットお嬢様、我々の攻撃にアイスドラゴンが気づいたら、こっちを襲ってくるかも」

『確かゲームの王族結界は上部がマジックミラーで、強化ガラス二枚重ねになっていた。僕たちの姿はアイスドラゴンには見えないはず』

「結界の天井が魔法鏡マジックミラー? ゲームオは王族の俺が知らない事も分かるのか」


 満足げに呟く中の人を、ダニエル王子は驚いた顔で見つめる。


『アイスドラゴンは図体デカいから、確実に当てられる。ジェームズ、球をどんどん投げろ』


 カキン、カキン、カキンっ。

 一、二個の土球では全然ダメージを与えられないが、中の人は連続ノックでアイスドラゴンの尻尾を狙う。

 ムアの作る土球は、打った瞬間ウニのように変形して鋭いトゲトゲが飛び出す。

 球がぶつかって氷の鱗が剥がれ、皮膚がむき出しになったところに次の土球が当たる。

 シャーロットの中の人は、抜群のバッティングコントロールでグリフォンを避けて、アイスドラゴンに球をぶつける。 


「シャーロットちゃんの打つ土球は、投石器で投げるより早くて威力があるわ」


 同じ場所に二十、三十と続けて球が当たると、アイスドラゴンも別の場所からの攻撃に気付くが、王族結界で隠蔽されたシャーロットは探せない。


「見てください、尻尾が傷ついて、アイスドラゴンがバランスを崩しています」


 それまで上空を自由自在に飛び回っていたドラゴンは、攻撃された尻尾が持ち上がらなくなり、酔ったように身体を揺らし始める。


『よしっ、土球でもアイスドラゴンにダメージが与えられる。ムアじいさん土球1000個追加で千本ノックだ』


 バッティングマシンさながらに土球を作るムアと、投げるジェームズ。

 中の人は千本ノックでアイスドラゴンの翼を狙い、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ。

 しかし百八十球を打ったところで、中の人はバット(七角鬼バッファローの角)を落とした。

 バットの振り過ぎで、シャーロットの小さい手のひらの皮がむけ、痛みと血で滑ってバッドを握れない。


「もう無理です、シャーロットお嬢様。これ以上土球を打ったら身体を壊します」

『いいからジェームズは球をどんどん投げろ。エレナ、シャロちゃんに上級薬草チンキを使え』

「えっ、シャーロット様の身体に、臭すぎる薬草チンキを使うのですか!!」

『せっかく激レア魔獣を倒せるチャンスなのに、臭いを気にしている場合か。今シャロちゃんの中身は僕だから、臭いなんか気にするな』


 何か言いたげなエレナに、中の人は薄く笑いながら両手を治療させると、秒で千本ノック再開。

 ムアは大量の土球を作りながら、時々スキットルに入れた薬草酒を飲んでいる。

 そして三百十球目でアイスドラゴンの翼を突き破り、小さな穴を開けた。


「今だアザレア。空いた穴を狙って矢を射れ!!」


 それまで黙ってシャーロット達の攻撃を見守っていたダニエル王子が、アザレアに指示を出す。


「シャーロットちゃんがこんなに頑張って、私も全力でアイスドラゴンと戦うわ。四つ星魔法、三本之風矢!!」


 アザレアは自分の背丈より長い和弓をかまえ、一度に三本の矢をつがえ弓を引き絞ると、頭上のアイスドラゴンに向けて矢を放つ。

 放たれた三本の矢は集まって一本の太い矢になり、アイスドラゴンの翼に空いた小さな矢に刺さり、さらに風をまとって猛回転する。


『アザレア様の魔法は見た目優雅だけど、コンクリに穴開ける振動ドリルと同じだ』


 中の人がコツコツ石をぶつけた小さい穴を、アザレアの矢が乱暴にこじ開ける。

 そして翼を突き抜けた矢は、一本から三本に分かれるとアイスドラゴンの胴体に突き刺さった。


「矢がアイスドラゴンの胴体に刺さったけど、あれでは致命傷を与えられません。えっ、矢の後ろに糸が付いている?」


 エルフ祖先返りで視力の良いエレナは、矢に結ばれた透明な細い糸が、アイスドラゴンの身体に絡みつくのが見えた。

 長く伸びた細い糸の先をたどると、アザレアの隣に立つダニエル王子の指に絡まっている。


「エレナには糸が見えるのか。これは五つ星クリスタルスパイダーの糸で編まれた、王族護身用の命綱。とても強靱でアイスドラゴンの鱗程度では切れない」


 ダニエル王子はバスターソードの柄に糸を結ぶと、地面に突き立てる。

 そして糸を凧揚げのように強くたぐり寄せると、アイスドラゴンの体に食い込んだ細い糸がギリギリと締め上げる。

 見えない敵の攻撃でダメージを負ったアイスドラゴンは、空中で大きくバランスを崩し、鉤爪で捕らえたグリフォンを取り落とした。


「これはマズい。王族結界が耐えられるのは四つ星魔獣まで。五つ星グリフォンでは、王族結界が壊れてしまう」

『えっ、王族結界のくせに五つ星魔獣の攻撃に耐えられない? ゲームよりショボイ。グリフォンはほぼ真上、早く逃げないと押し潰される!!』

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