グリフォンの死

 シャーロットとダニエル王子がアイスドラゴンをおびき寄せている間に、グランピングテントの上に落ちて傷ついたグリフォンを治療する。

 アザレアは白虎から降りると、苦しげに悲鳴をあげるグリフォンに駆け寄った。


「ああっ、なんて酷い。翼が逆方向に折れ曲がっているわ」

「ワシとジェームズでグリフォンの翼を元の位置に戻します。アザレア様は傷口に薬草チンキを塗ってください」


 子供といってもグリフォンは背に人間が乗れるほどの大型魔獣。

 ジェームズは四メートル以上ある翼の先端、ムアが翼の中央を抱えて正しい位置に固定、アザレアが複雑に折れた翼を一カ所ずつ薬草チンキで治癒する。


「人間なら上級薬草チンキ一個で折れた腕を治せるけど、身体の大きなグリフォンに薬草チンキは効くかしら」


 アザレアの予想通り、かすり傷程度なら薬草チンキで治癒できるが、アイスドラゴンに噛まれた背中の深い傷は、薬草チンキを大量に使っても出血を止めるのが精一杯だった。


「小さな傷は後回しにして、翼と背中の傷を最優先に薬草チンキを使いましょう」


 しかしそれまで大人しく治療を受けていたグリフォンが、突然激しく痙攣する。

 翼の先端を持つジェームズは、数メートル吹き飛ばされ地面に激しく尻もちをついた。


「いたたっ、ある程度傷は治したはずなのに、何故グリフォンは苦しんでいる?」


 地上に落ちてきたグリフォンは、ずっと頭を下げていたので気付くのに遅れた。

 激しく痙攣しながら顔を上げたグリフォンの喉に、透き通った氷の爪が深々と突き刺さっている。 


「グリフォンが窒息しかかっているわ。早く喉の爪を抜かないと、このままでは死んでしまう」

「アザレア様、白虎を使ってグリフォンの身体が動かないように押さえつけてください。ムアはその隙に氷の爪を抜いくれ」

「しかしジェームズ、手持ちの薬草チンキは残り二個しかないぞ」

「俺はダニエル殿下と、シャーロットお嬢様から薬草チンキを貰ってきます」


 一つ星魔力しか持たないジェームズが、ひとりで夜の深い森の中を移動するのはとても危険だが、シャーロット狂信者は少しも恐怖を感じない。

 そして王族らしさが何一つ無いダニエル王子が、偶然グリフォンと遭遇できたのは、豊穣の女神のおぼしめしと信じていた。




 アイスドラゴンを仕留めたダニエル王子の所へたどり着いたジェームズは、グリフォンの危機を伝える。

 四人は急いで野営地に引き返す。

 王族命綱の上を走ることが出来るダニエル王子は一番に駆けつけたが、時すでに遅し。

 グリフォンの幼獣は、息絶える寸前だった。


「グリフォン、喉の傷を塞いだのに、どうして息をしないの!!」


 アザレアは黒髪を振り乱しながら、悲痛な声をあげる。

 丸みを帯びた顔で雛鳥の面影を残した幼いグリフォン、その瞳が光を失い全身から力が抜けてゆく。 


「これは外傷ではなく、ドラゴンの爪の毒に冒されています」


 駆けつけたダニエル王子に気付いたムアが、諦めたように首を左右に振った。 


「お願いダニエル。グリフォンを助けて!!」

「アザレア、俺が持っている薬草チンキを全部使う」

「ダニエル殿下、グリフォンは身体が大きすぎて、人間のように簡単には治せません。喉の傷から体内に強烈な毒が入り込んでいるのです」


 グリフォンの瞳をのぞき込んでいたアザレアが、わぁ、と声をあげて泣き出す。

 母性と保護欲が強いアザレアは、幼いグリフォンに完全に感情移入していた。

 ここでようやくエレナとシャーロットの中の人が、野営地にたどり着く。

 動かないグリフォンとアザレアの泣き声を聞けば、どういった状況か理解できた。


「まさかグリフォンが死んだの? ゲームオ様、急いでアザレア様の元へ」

『だめだ、僕はここにいる。シャロちゃんの老化呪いはグリフォンの死期を早める。エレナの心眼で見て、グリフォンにオーラはあるか?』

「微かですが、グリフォンのオーラには生気があります。大型魔獣の死亡判定は数分を要しますから」

『それならまだ間に合う。ジェームズ、気付けの酒、アルコール六十度の蒸留酒を準備しろ』


 そして中の人はピンク色の可愛いウエストポーチから、砲丸球のような巨大上級薬草チンキを取り出す。


『これはシャロちゃんが、上級薬草百本を泥ダンゴに練り込んで作った爆弾薬草チンキ。エレナ、これをダニエル王子に渡してくれ』


 中の人が子供の頃夢中で作った泥ダンゴを、シャーロットも同じように作って遊んだ。

 上級薬草チンキの原材料・トロトロ魔草の粘りけは、泥ダンゴを作るのに最適。

 薬草チンキの臭さも、土で表面をコーティングして乾かせば匂わなくなった。

 エレナは大急ぎでダニエル王子の元へ走って爆弾薬草チンキを渡そうとするが、王子は受け取らない。


「もう手遅れだ。グリフォンはアイスドラゴンの毒に冒されている」


 ダニエル王子の諦めたような声、アザレアの悲痛な泣き声を聞いたシャーロットの身体は、いつの間にか駆け出した。

 それは中の人の意識ではない、眠っているはずのシャーロット自身の意思。


『アザレア様が泣いている、グリフォンを助けて。ってシャロちゃんが訴えている』


 中の人は焚き火の側に置かれたバッファローの角を二本引き抜くと、グリフォンに駆け寄りながら大声で怒鳴った。


『この役立たず王子、どけっ!! グリフォンを見殺しにするなんて王族の名折れだ。ジェームズ、グリフォンの顔に気つけの酒をぶっかけろ。ムアじいさん、グリフォンのクチバシをこじ開けろ』


 シャーロットが両手に持ったバッファローの角で何をするか、従者達は瞬時に理解して行動に移す。

 ジェームズは泣いているアザレアの前に出ると、ハチミツ蒸留酒大瓶二本を盛大にグリフォンの顔にかける。

 強烈なアルコール臭と焼けるような刺激で一瞬グリフォンが身動きした瞬間、ムアはシャーロットから受け取ったバッファローの角でクチバシをこじ開けると、角をつっかえ棒にして広げる。


『エレナ、爆弾薬草チンキをくれ。薬をグリフォンの口の中に突っ込んで、飲み込ませる』

「ダメです、お止めくださいシャーロット様。それなら私が」


 おもわず叫んだエレナの手のひらから、爆弾薬草チンキが消える。

 ダニエル王子は爆弾薬草チンキを手にすると、怒りと興奮で睨みつけるシャーロットに曖昧な顔で笑いかけた。


「仕方ない。シャーロット嬢より俺の方が、腕は長い」

『ダニエル王子、お前は……』


 ダニエル王子は手のひらの爆弾薬草チンキを握りつぶしながら、グリフォンのクチバシに腕を突っ込む。

 その時クチバシをこじ開けていた二本の角が音を立てて砕け散り、王子は急いで腕を引くが、ゴリッと耳障りな音がした。


『ちゃんと薬を飲み込めたか? エレナ、グリフォンのオーラはどうだ』

「シャーロット様、間に合いました。グリフォンの消えかけたオーラに色が戻り、あら、青いオーラに光魔法の金色が混ざっています」

『やったぞ、ダニエル王子。グリフォンが生き返っ……王子、その手はどうした!!』


 グリフォンのクチバシに突っ込んだダニエル王子の左手が、血で真っ赤に染まっている。


「ダニエル、手を見せて。えっ、なんてこと、ダニエルの指が!!」

「大丈夫だアザレア。薬草チンキを持っていたから、千切れた指の傷は瞬時に塞がった。グリフォンよ、王族の指は美味いか?」


 ダニエル王子は左の中指半分と薬指と小指を、グリフォンに喰われていた。


 そうだ、そうだった。


 ゲームの魔王ダールは、巨大な禍々しい盾を左腕から生やしている。

 ゲームのキャラ設定と同じ現象が、ダニエル王子の身の上に起こったのだ。

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