11
「うさぎとくまのぬいぐるみがあって、どちらか好きなほうを選んでね、ってお母さんは言ったの。私はうさぎが欲しかった――でもほのかちゃんもうさぎが欲しいって言ったの。私がお姉さんだから譲るべきだったかもしれないけど、でも私はどうしてもうさぎが欲しかったの。だから、強引に私がうさぎを取って、くまをほのかちゃんに押し付けちゃった」
ほたるちゃんは少し笑った。苦笑いだ。
「そんなこと、全然覚えてない」
だって、お母さんが亡くなったのは私が三歳の頃で、私にはお母さんの記憶がほとんどない。
ほたるちゃんは歩きながら話を続けた。
「魔法少女になって――あのうさぎが私に魔法を教えてくれて――ずっと思ってた。本当は、魔法少女になるべきはほのかちゃんじゃないの? って。このうさぎはほのかちゃんのものになるべきではなかったの? って。それを私が横から奪ったから……」
「奪ったなんて……」
全く覚えてないので、戸惑うばかりだ。ほたるちゃんは小さく言った。
「ごめんね」
「ううん、謝られても」
こっちはほたるちゃんに対して何も怒ったりしてないわけだし。そもそも魔法少女を選ぶのは異世界の人びとではなく、石だ。うさぎのぬいぐるみはあんまり関係ないと思う。
「――私、ほのかちゃんが羨ましかった」
ほたるちゃんはちょっと顔をあげて、明るく言う。どこかのおうちの夕飯の匂いが漂ってくる。私たちの家も近い。
「羨ましいの?」
思わず尋ねてしまう。私のどこが羨ましいんだろう。あんまり取り柄がないけど。なので、つい言ってしまう。
「私、羨ましがられるようないいとこあるかな……」
ほたるちゃんがくすっと笑った。
「いいところ、たくさんあるよ。でも、そうじゃなくてね。ほのかちゃんが魔法少女になったことが羨ましかったの。私は……終わりだけど、ほのかちゃんは始まりだから。すごく、羨ましかった。だから、異空間で出会っても、声をかけることができなかった」
「終わりじゃないよ」
反射的に私は言っていた。ほたるちゃんはさっきから、その言葉を繰り返す。でも、後藤先生も言ってた。人生は長いって。魔法少女の役目を終えても、また新しい何かが始まるって。
「……うん。そうだね」
終わるっていう話なら、私だって終わりは来るんだよ。四年もしたらあの学校は卒業だもの。長くは続かないんだ。
ほたるちゃんは何かを吹っ切るように、明るく言った。
「でも今は、ほのかちゃんが魔法少女を継いでくれてほっとしてる。私も――魔法少女の仕事がなくなるのはいいことかな。受験勉強に集中できる」
ほたるちゃんが冗談めかして言う。私は、魔法少女には終わりがあることを考えていた。そのことは――やっぱり少し悲しいかな。私は魔法少女として、かわいい服着て敵と戦うのが好きだし、それに――くまと話せなくなるのは少し寂しい。
いつの間にか、家のすぐ近くまで来ていた。門に辿りつく。ほたるちゃんが手を伸ばして、門を開けよ
うとする。その瞬間、はっと、わかったことがあった。
ほたるちゃんが、異世界に行きたいと言ったわけ。ほたるちゃんが、何度も、終わりだと繰り返すわけ。
私は足を止めた。ほたるちゃんは――たった一人だったんだ。
たった一人で、魔法少女として戦ってたんだ。私には瑞希たち仲間がいるけど、ほたるちゃんにはそういう仲間はいなくて、うさぎだけだった。うさぎだけ。お母さんがくれたうさぎのぬいぐるみ。そして――その向こうにいる、異世界の人。
その人だけだったんだ。ほたるちゃんの傍にいてくれたのは。
「どうしたの?」
ほたるちゃんが私のほうを振り返る。私はまだ考えていた。だから――ほたるちゃんとうさぎの関係は、私とくまとの関係とは、少し、違う。
「――あ、あのね!」
私は言った。多少、どぎまぎしながら。でも続きが出てこない。何を言えばいいんだろう。
うさぎのぬいぐるみのこと? その向こうにいる異世界の人のこと? どんな人だったか――でもたぶん、ほたるちゃんは教えてくれないだろう。そんな気がする。
だから別の話題にすることにした。けれども出てきたのは、近い事柄だった。
「あの……あのね。私のくまのことなの。くまがね、自分の本体はすごく美しいんだって言うの。奇跡のように美しいんだって。……ほんとかな」
ほたるちゃんは笑った。
「確かめるすべがないんだったら」笑顔のまま、ほたるちゃんは続ける。「それを信じていてもいいんじゃない?」
うん。私もそう思う。
――――
自室に戻る。本棚のくまを見る。じっと座っていて、まるでぬいぐるみに見える。いや、ぬいぐるみなんだけど。
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