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「うさぎとくまのぬいぐるみがあって、どちらか好きなほうを選んでね、ってお母さんは言ったの。私はうさぎが欲しかった――でもほのかちゃんもうさぎが欲しいって言ったの。私がお姉さんだから譲るべきだったかもしれないけど、でも私はどうしてもうさぎが欲しかったの。だから、強引に私がうさぎを取って、くまをほのかちゃんに押し付けちゃった」


 ほたるちゃんは少し笑った。苦笑いだ。


「そんなこと、全然覚えてない」


 だって、お母さんが亡くなったのは私が三歳の頃で、私にはお母さんの記憶がほとんどない。


 ほたるちゃんは歩きながら話を続けた。


「魔法少女になって――あのうさぎが私に魔法を教えてくれて――ずっと思ってた。本当は、魔法少女になるべきはほのかちゃんじゃないの? って。このうさぎはほのかちゃんのものになるべきではなかったの? って。それを私が横から奪ったから……」

「奪ったなんて……」


 全く覚えてないので、戸惑うばかりだ。ほたるちゃんは小さく言った。


「ごめんね」

「ううん、謝られても」


 こっちはほたるちゃんに対して何も怒ったりしてないわけだし。そもそも魔法少女を選ぶのは異世界の人びとではなく、石だ。うさぎのぬいぐるみはあんまり関係ないと思う。


「――私、ほのかちゃんが羨ましかった」


 ほたるちゃんはちょっと顔をあげて、明るく言う。どこかのおうちの夕飯の匂いが漂ってくる。私たちの家も近い。


「羨ましいの?」


 思わず尋ねてしまう。私のどこが羨ましいんだろう。あんまり取り柄がないけど。なので、つい言ってしまう。


「私、羨ましがられるようないいとこあるかな……」


 ほたるちゃんがくすっと笑った。


「いいところ、たくさんあるよ。でも、そうじゃなくてね。ほのかちゃんが魔法少女になったことが羨ましかったの。私は……終わりだけど、ほのかちゃんは始まりだから。すごく、羨ましかった。だから、異空間で出会っても、声をかけることができなかった」

「終わりじゃないよ」


 反射的に私は言っていた。ほたるちゃんはさっきから、その言葉を繰り返す。でも、後藤先生も言ってた。人生は長いって。魔法少女の役目を終えても、また新しい何かが始まるって。


「……うん。そうだね」


 終わるっていう話なら、私だって終わりは来るんだよ。四年もしたらあの学校は卒業だもの。長くは続かないんだ。


 ほたるちゃんは何かを吹っ切るように、明るく言った。


「でも今は、ほのかちゃんが魔法少女を継いでくれてほっとしてる。私も――魔法少女の仕事がなくなるのはいいことかな。受験勉強に集中できる」


 ほたるちゃんが冗談めかして言う。私は、魔法少女には終わりがあることを考えていた。そのことは――やっぱり少し悲しいかな。私は魔法少女として、かわいい服着て敵と戦うのが好きだし、それに――くまと話せなくなるのは少し寂しい。


 いつの間にか、家のすぐ近くまで来ていた。門に辿りつく。ほたるちゃんが手を伸ばして、門を開けよ

うとする。その瞬間、はっと、わかったことがあった。


 ほたるちゃんが、異世界に行きたいと言ったわけ。ほたるちゃんが、何度も、終わりだと繰り返すわけ。


 私は足を止めた。ほたるちゃんは――たった一人だったんだ。


 たった一人で、魔法少女として戦ってたんだ。私には瑞希たち仲間がいるけど、ほたるちゃんにはそういう仲間はいなくて、うさぎだけだった。うさぎだけ。お母さんがくれたうさぎのぬいぐるみ。そして――その向こうにいる、異世界の人。


 その人だけだったんだ。ほたるちゃんの傍にいてくれたのは。


「どうしたの?」


 ほたるちゃんが私のほうを振り返る。私はまだ考えていた。だから――ほたるちゃんとうさぎの関係は、私とくまとの関係とは、少し、違う。


「――あ、あのね!」


 私は言った。多少、どぎまぎしながら。でも続きが出てこない。何を言えばいいんだろう。


 うさぎのぬいぐるみのこと? その向こうにいる異世界の人のこと? どんな人だったか――でもたぶん、ほたるちゃんは教えてくれないだろう。そんな気がする。


 だから別の話題にすることにした。けれども出てきたのは、近い事柄だった。


「あの……あのね。私のくまのことなの。くまがね、自分の本体はすごく美しいんだって言うの。奇跡のように美しいんだって。……ほんとかな」


 ほたるちゃんは笑った。


「確かめるすべがないんだったら」笑顔のまま、ほたるちゃんは続ける。「それを信じていてもいいんじゃない?」


 うん。私もそう思う。




――――




 自室に戻る。本棚のくまを見る。じっと座っていて、まるでぬいぐるみに見える。いや、ぬいぐるみなんだけど。

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