少女と魔法と小さな冒険

原ねずみ

第一話 事の始まり

 私の学校には魔法少女がいる。らしい。


 らしい、というのはこれはただの噂だったから。詳しい事を知っている人は周りに誰もいない。みんな、なんなんだそのへんてこな話は、と思ってて、私自身も変な噂があるもんだなーって思ってた。


 だって、魔法少女だもの。ありうる?


 魔法少女というのはえっとあれでしょ。かわいらしいひらひらした服を着て、魔法で悪者と戦うの。子どものときに、夢中になったアニメに出てくる女の子たち。でもそれが、現実の学校にいるというのは……ちょっとよくわかんない。


 って、思ってたの。……あの日までは――。


 あの日、あの不思議な出来事に遭遇するまでは。




――――




 新しい学年になって、新しいクラスにもなじんだ五月のある日のこと。その日はとても普通に始まった。


 朝起きて。階下に下りると、ほたるちゃんとお父さんがいる。そうそう、私の名前は一瀬いちのせほのか。中学二年生。ほたるちゃんは私のお姉さんで高校三年生。


 そしてお父さんと――お母さんは、私が小さいときに亡くなっているので、今は三人で暮らしてる。三人の生活に慣れて寂しいということもないのだけど。


 食堂で朝ごはん。ほたるちゃんがお弁当を渡してくれる。家事は三人で交代でやってるの。今日のお弁当係はほたるちゃん。私もお弁当や食事を作ったりするけど……まだあまり上手くない。だから、ほたるちゃんによく手伝ってもらってる。足りない部分は、掃除や洗濯で頑張ることで補っている……つもり。


 家を出て、学校に向かう。途中で会うのは、親友の瑞希。西川瑞希にしかわみずきといって、近所に住んでいる幼なじみ。私の通っている学校は中高一貫の私立の女子校だから、二人で受験して二人とも受かったときは本当に嬉しかった。しかも、今は同じクラス! すごくラッキーだと思う。


 瑞希はたいへんかわいらしい。ちっちゃくて華奢で、色白さん。黒目勝ちの目に、それを取り囲む長い睫毛。やわらかな長い髪。なんだかお人形さんっぽい。でも中身はすごく気が強いの。だからあんまり敵に回したくないな。味方だと心強いけど。喧嘩をするといつも私が負けてしまう。


 電車とバスで向かう学校は、本当に素敵なところなんだ。ほたるちゃんも同じ学校に通ってて、お母さんもここの卒業生だった。歴史があるらしくて、校舎がレトロでおしゃれ。木がいっぱいあるところも好き。広い芝生、生徒たちが丹精込めて管理している花壇。スイレンの浮かぶ池、長い廊下、静かで暗い図書館。


 門をくぐって、教室に向かう。周りは女の子たちばかり。女子校だからね。ブレザータイプの制服も大好き。おはようって言いあって、昨日のテレビの話とか今日の宿題の話とかして、楽しそうに歩いていく。そんな光景に、朝の光が降り注ぐ。


 私の大好きな、いつもの生活。




――――




 異変があったのは、夕方だ。


 その日はほたるちゃんが塾で、お父さんが仕事で遅くなるという話で、家には私一人だった。夕飯も一人で食べなければならない。作り置きをレンジでチンするだけだけど少し物足りない。


 好きなものを作ってもいいよ、と言われてる。でもそれをするのも――少しめんどくさいなあと思って、先に宿題をすませようとノートを開いて、でも乗り気じゃなくて、頬杖などついていたら。


 突然、声がしたのだ。


 男の人の声だ。私はとってもびっくりした。だって――今この家には私しかいないはず!


 ふ、不審者!? にしても、一体どこから入ってきたの!? 戸締りは……したっけ、たぶんしてると思う――けど、自信がない……。


 見回して、声の主を確かめたいけど、怖くて身体が動かない……。身を強張らせていると、再び声がした。


「ほのか」


 そう。その声はそう言った。はっきりと、私の名前を呼んだのだ。


 私はますます身体を固くする。つばも飲み込めずにいると、再び声が聞こえた。


「一瀬ほのか」


 今度はフルネームだし! 誰なの!? 聞いたことのない男の人の声……。私がパニックになっていると、そっと何かが空を飛んで私の目の前に現れた。


 それはぬいぐるみだった。


 小さな、クマのぬいぐるみ。おわん型に合わせた両手の上にちょこんと乗っちゃうくらいの大きさ。お母さんが私に作ってくれたものだ。ほたるちゃんも同じものを持ってて、ほたるちゃんのはうさぎさん。それぞれの部屋の本棚に置かれてる、私たちの大事なぬいぐるみ。


 それがすーって空を飛んで私のところにやってきて、机の上にすとんと降りたのだ!


 私を見上げ、その小さなくまは言った。


「君は一瀬ほのか。そうだろう?」


 それはさっきから聞こえてくる謎の声だった。……ぬいぐるみが、いきなり動いてしゃべりだすようになったのだ!




――――




 これは夢だな、と私は真っ先に思った。だって、そうだよね。しゃべって動くぬいぐるみ……。どう考えても夢に違いない。夢でしかありえない。


「――あの……」


 私はようやく声を出した。ぬいぐるみになんて話かけるべき? こんにちは? ちょっと違うな。


「たしかに私は一瀬ほのかですけど……。何かご用で?」


 すごく変な台詞になってしまった。でもこういう時、どんなことを言うのが正しいの? とりあえずこのくまさんが私に用があるみたいだというのはわかる。だから、ともかく、それを聞こうと思う。

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