2
広げたノートの向こうにくまは立っている。立ってても小さいな。黒いプラスチックの瞳……が、今ではプラスチックじゃなくなっていることに気付いた。ううん、プラスチックに似てるけど、それが奇妙に動く――。……なんだかまるで生きてるみたい!
「君には使命があるのだ。私はそれを告げに来た」
口は刺繍糸なんだけど、これも言葉に合わせて動く……。どうなっているんだろう。でもこれたぶん夢だから。まああんまり気にしないでおこう。
うものが存在してる!――真剣だ。私も真面目に聞くことにした。
「使命ってなんですか?」
「君は魔法少女になるのだよ。そしてこの世界と私たちの世界のために戦ってほしい」
――――
――なんだか壮大だった。私は壮大な夢を見ているのだ。沈黙が、私とくまの間に流れる。……えっと、次の言葉を探さなくちゃ。
「……そのう……。すごく大変そうで……あの、私にできるかどうか」
「できるかどうかは関係ない。やるのだよ」
ひどい。このくまはスパルタっぽい。顔はかわいいのになあ。
「でも……どうやって」
「魔法少女というものは知っているな」
「はあ。漫画とかアニメとかに出てくる」
「そう。それ」
ひらひらしたかわいい服を身につけた、かわいい女の子たちの映像が私の頭に浮かんだ。あれになるのかあ……いいなあ……。ちょっとなってみたい……かも! この使命とやらは、そんなに悪くないものなんじゃない。
そもそもこれ、夢だし。
私は笑った。まだ混乱してて上手く笑えないけど、それでも笑った。
「なんとなくどういうものかわかります。私はそれになるんですね」
「そうだよ」
「でも――この世界と私たちの世界のために戦うって、どういうことなんです」
「説明しよう」
くまは後ろで手を組んだ。これから何か、講義でもしようかという態度だ。
「私はこの世界の住人ではない。違う世界――つまり異世界のものだ。本体は元の世界にある。今はこのぬいぐるみの姿を借りて、君とコンタクトをとっている。
普段、この世界と私たちの世界は混じりあうことはない。けれどもこの二つの世界の間に微妙な歪みがあるのだ。それは一種の穴のようなもので、そのため、その穴を通って、力――とでも言おうか――の行き来がある。そしてそれはあまりよくないものでもある。時に暴走し、それぞれの世界の理というものを変えてしまうのだ。
その力は――魔法、とでも言おうかな。君は魔法によって変身し、魔法によって秩序を失ったこの世界のものたちを、元の姿に戻してほしい」
くまは一気にしゃべった。聞いてる私の脳内ではずっと、はてなマークがくるくるしていた。でも多少は事態が飲み込めた。つまり――二つの世界があって、こことは異なる世界があって――。なんだかちょっとわくわくしてくるなあ。
私は疑問に思っていることを一つずつ尋ねてみることにした。
「なんで私なんです?」
そう、まずはそれが気にかかる。このくまさん――じゃなくてくまさんにとりついてる(?)異世界人が、たまたまこのぬいぐるみを選んで、その持ち主がたまたま私だったから? そんな適当な理由なのだろうか。
私の問いにくまは言った。
「君たちの学校が関係しているのだ。君たちの学校は――さっき言った穴の上にある。穴からやってくる力は、時に暴走しよくないことを引き起こすが、普段はさほど害はない。君らも普通の学校生活を送っているだろう?
そしてこの学校に通う少女たちの中に、魔法少女となる素質を秘めたものが現れる。君がそうだったのだよ」
「へー、なんだかすごいですね!」
魔法少女となる素質、というのがいいものなのかどうかよくわからないけど、なんだか多くの人の中から選ばれた―って感じで嬉しい。
「魔法少女でいられるのはその学校に通っている間だけなんだ」
「はあ」
期限があるんだ。まあたしかに、長々と、例えば中高年になっても魔法少女をやっている話ってあんまり知らないし……。いや、私が知らないだけで、ほんとはあるのかな? でもその場合もう「少女」じゃないよね。
「期間限定なんですね。頑張ります!」
「頑張ってほしい」
いつの間にやら、魔法少女をやる流れになってるけど。でもやっぱりそんなに悪くはないかな。
なんだか前向きな気持ちになっていると、くまはさっと片手を振った。すると、ノートの上に親指の先ほどの大きさの、綺麗な宝石のような石が出てきた。唐突に! 何もない空間から! でもさっきから驚くことの連続だったので、私はそんなにびっくりもせず、ただ、その美しさにひきつけられた。
石は四つ。赤に青に、紫、緑。どれもよく似た大きさと形だけど、でも赤だけちょっと違う。どういうわけか、わずかに光っている。
「赤い石を取りなさい」
くまは言う。私は手を伸ばして石に触れた。――と、その瞬間、不思議なことが起こった!
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