3
光が石からあふれ出す。それは私を包みこむ。ただの光なのに、少しだけ、触れたような感触が残る。優しくて温かい、心を鎮めてくれるような感触。それはほんのわずかな間で、光は徐々に収まっていった。後にはいつもの私が残る。いつもの……普段着の私。……いや、違うな。自分の腕を見て思う。――服が変わってる?
思わず、椅子から立ち上がった。そして鏡の前へと赴く。鏡には私が映ってて、そうそれは私――のはずなんだけど、でも違う! 私だけど私じゃない!
「何これ!」
私は叫んでいた。かわいらしいひらひらとした服を着た私。赤を基調にしててミニスカートで、リボンとフリルに彩られてて、こんな服持ってないよ! 着たこともないし。
髪型もおしゃれに整えられてるし、ポイントにきらきらしたアクセサリー、そして顔も……これはいつもの私かな、ううん、でもいつもより……かわいい! かわいくなってる! ちょこっとお化粧したみたい!
「どういうことなんですか、これは!」
私はくまを振り返った。机の上のくまは厳かに言った。
「変身したのだよ。魔法少女の誕生だ」
――――
変身。という言葉が飛び込んできて、それがくるくると私の中をさまよって、すとんと落ち着いた。変身。そう、変身。
そうだ、魔法少女って変身するものだ!
私は鏡の前で身をひねって角度を変えて、あちこちから自分を見た。うーん……。かわいい。自分で言うのもなんだけど。服がかわいいんだけど、自分自身も何割増しかでかわいくなってる気がする~。
「これ、すっごくかわいいです!」
くまに言ったら、くまは満足そうに微笑んでいた。
「気に入ってくれたなら、何より」
「でも、魔法少女だから何かと戦わなくてはいけないんですよね?」
本来の目的を忘れるところだった。くまは頷いて、
「そう。そこでこれから説明することが――、待て」
くまは机の上の石を見た。もう一つ、光っている石がある。青色の石だ。
どうしたんだろう、と思ったら、その時、チャイムが鳴った。玄関のチャイムだ! 私はどきっとした。誰だろう、こんなときに――。
「あの、誰か来たみたいなんですけど」
くまに言う。でもこんな姿じゃさすがに出ていけないよね。いったん、変身を解けばいいのかな……そんなことを思っていると、くまは真面目な顔で私に言った。
「来客を、この部屋に通すように」
「えっ、でも、私こんな姿ですし、出たくない……」
「大丈夫。いいから行きなさい」
有無を言わせぬ口ぶりだったので、私はしぶしぶ階下におりた。インターホンの画像をチェックしてみると、そこに映っているのは瑞希だ。私は迷った。
絶対、変に思われる……。こいつ何やってるんだろうって……。魔法少女のこと話してもいいのかな? でも信じてくれるだろうか……。
でもあのくまが連れてこいって言ってるんだし、とりあえず、その言葉を信じてその通りに行動してみることにした。
私は玄関の扉を開けた。瑞希が立ってる。何かいいかけ、私の姿を見て、ぽかんとした表情になった。
「……どうしたの、また」
瑞希が呆気に取られた口ぶりで言う。私は急に恥ずかしくなった。
「あっ、これはその……。えと、いろいろ事情が……」
「コスプレ? ハロウィン?」
「えーっと、そういうのじゃないんだけど! ともかくあがって!」
瑞希の手を取って、家の中に引き入れる。
「ねえ、これからパーティでもやるの?」
瑞希を引っ張って階段を上らせる。その間にも瑞希はこちらに質問をしてくる。
「パーティじゃない……んだけど、すごく変なことが起こってて……」
押し込むように私の部屋に瑞希を入れた。瑞希は足を止めた。沈黙。何も言わない。そりゃそうだろうな。
部屋に入ったら、ぬいぐるみのくまがぷかぷかと浮いてたんだもん。
――――
「……これ、よくできたおもちゃだね」
くまを指して瑞希が言った。
「おもちゃじゃ」
「おもちゃじゃない」
私が言いかけた言葉の上に、くまの言葉がかぶさる。くまは少しあがって、瑞希を見下ろした。
「わ、しゃべる」
瑞希は興味深そうにくまを見ている。「これってさ、ほのかのお母さんが作ってくれたくまだよね。どうやって改造したの」
「改造したわけではない」
くまの口調はたいへん重々しい。でもちっこくてかわいらしいからさほど威厳はない。瑞希はますます真剣にくまを見つめている。
「……あの。これは、夢なの」
私はさっきからずっと思っていたことを言った。瑞希が振り返って聞く。
「夢?」
「そう。私は何か変な夢を見てるの。くまがしゃべったり、魔法少女に変身したりする……。その夢の中に瑞希までが現れたの」
「私、ほのかの夢の登場人物なの?」
「そういうことになる」
「それは知らなかった」
瑞希は首を傾げた。
「でもひょっとすると、ほのかのほうが私の夢の登場人物なんじゃない? これは私の夢で」
「ええ~」
なんかそれはやだなあと思って声をあげると、くまが苛立たし気な声で割り込んできた。
「夢じゃない。現実だ。――ところで君、名前はなんと?」
「西川瑞希」
瑞希ははっきりと答えた。あまり物怖じすることのない子なのである。くまは頷き、瑞希に机の上の石を見せた。
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