7
「魔法少女は常に誰かしらが存在している。ただ、魔法少女でいられるのはあの学校に在籍している間だけだ。現在の魔法少女はそろそろ卒業を控えているので、後継者が必要だ。そこで選ばれたのが君たち、ということになる」
「えー、会えるのかなあ、その魔法少女に……」
「あ、ああ――」
くまが一瞬戸惑った。けれども何でもないように、先を続けた。
「向こうが君たちに会いたいと思えば、会えるかもしれない」
「過去に魔法少女だったもの、ってのも気になるな」
瑞希が言った。「それってうちの学校の卒業生ってことでしょ?」
「そう。先輩だよね」
一体この魔法少女のシステムがいつから存在していたのか知らないけれど、意外とたくさんいるんだな魔法少女、と思ってしまう。あまりレアでないのかもしれない……。
まあレアじゃなくてもそこはかまわないのだけど。
「ね、ところで、あなたの名前はなんていうの?」
瑞希がくまに尋ねた。そういえば私も知らないや。ずっと「くま」って呼んでるけど。
「このぬいぐるみはなんと呼ばれてたんだ?」
瑞希の質問に答えず、逆にくまが私にきいた。私は少し考える。
「えっと……。……くまさん」
ずいぶんシンプル極まりないけど! でも記憶をたどってみても、ずっとそう呼んでいた気がする。特別な名前はつけてなかった。他にくまのぬいぐるみがいれば、区別のために名前をつけただろうけど、そうではなかったし。
それにこのくまのぬいぐるみは、私にとっては唯一無二のくまのぬいぐるみでもあるんだ。お母さんが作ってくれたものだから。だから、くまはこの子一人がいればいいって、そう思ってた。
「じゃあ、それで」
くまはあっさり言った。元の世界ではちゃんと名前があるだろうに、それを教える気はないようだ。
「なるほど。くま」
瑞希は呼び捨てにした。くまは特に気分を害した様子を見せない。
「くま、あなたは異世界の住人なのよね」
「そうだが」
「ほんとはどんな姿をしているの?」
私もそれ聞きたい! 興味を持って、わずかに前のめりになってしまう。くまは笑った。黒い目が楽し気に形を変えた。
「私の本来の姿は――そう、驚くぞ。大変美しいのだ。あまりの美しさに、奇跡のようだと言われているのだ」
「……へえ」
瑞希は鼻で笑った。
――――
一日が終わろうとしてる。
私はベッドに横になって、暗い天井を見上げていた。今日は本当に――本当に!! いろんなことがあったなあ。
あれから瑞希が帰っていって、夕ご飯が終わる頃にはほたるちゃんが、それからお父さんが帰ってきて。いつものように後片付けしたりお風呂に入って宿題もやって。
途中からいつもの日常になった。でも――でも違う。私の手元には三つの石。赤いのと、紫と緑。青は瑞希が持って帰った。彼女のものだから。
――現実に起こったことなのかなあ?
ずっと夢じゃないかと思ってた。でも今は――やっぱり現実だと思う。だって石があるし。綺麗な宝石みたいな、きらきらと輝く石が。
くまはうんともすんとも言わない。私がお風呂から出て部屋に上がったときには、まるでスイッチが切れたようになっていた。目も口も鼻も、プラスチックと刺繍糸でしかない、そんな感じ。
でも……ほんのちょっと前まで動いてしゃべってたことは、確かに実際にあったことだと思う。
異世界の人だって言ってた。本体は向こうにあって、くまを使ってこんなふうにコンタクトを取ってるんだって。どういうことなの? 私は想像する。
何か――何かそう、部屋があって、そこにパソコンがあるんだ。そのパソコンの前にいる人が何事かしゃべる。そうするとくまもしゃべる。そういうイメージが頭に浮かんできた。
そして今はその人は、パソコンの前にいない。そんな感じがする。どこか違うところに行った。家に帰っちゃったのかな。異世界でも夜になって、家に帰って、そこで休んでるのかも。よくわからないけど……。
魔法少女。
かわいい服を着て、魔法を使って、敵と戦う女の子たち。そんな女の子たちの一人に私がなったというのは――感慨深い。でもやっぱり冷静に考えると信じがたい。でも信じてしまう。本当にあったんだ、って。そんなことが起こったんだ、って。
魔法少女であることが、元魔法少女や現魔法少女以外にばれるとどうなるか。くまは言っていた。強制的に魔法少女でいられなくなってしまうと。それは嫌だなあ……。せっかく、魔法の力をもらったんだし、もう少し魔法少女でいたいよ。
それが期限付きのものであったとしても。学校を卒業するとともに、終わってしまうものであったとしても。
私は目を閉じた。くまはいつもと同じように本棚に座っている。大事な石は引き出しの中。石は、常に身につけておいたほうがいいってくまが言ってた。敵が近くにいるのを知らせてくれるし、それに、紫と緑の魔法少女も探さなくてはいけない。
目を閉じると、眠気が襲ってくる。今日は疲れちゃったな……。
疲れて眠い頭でとりとめもないことを考える。あのくまさん……本体はすごく美しいんだって言ってた。奇跡のようなんだって。本当にそんなこと……あるのかな……。
映像が浮かぶ。こちらに背を向けて立っている、長身の男の人がいる。あの人がそうなの? 私は近づいて、男の人がゆっくりと振り向く。もう少し――もう少しすれば顔が見える――。
そこで私はことんと眠りに落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます