第二話 乙女の園

 季節は春。うららかで美しい五月。私は中学二年生。13歳。


 何もかもがまだ新しいって、感じ。希望に満ち溢れてる感じ。でも私は悩んでいた。悩み事を抱えていた。


 休み時間の教室で、みんながわいわい騒ぐ中で、私はその同級生を見つめていた。沢渡千世さわたりちせさん。顎の辺りくらいまでの短い髪をして、眼鏡をかけてる。顔立ちはあまり派手じゃないけど、整っている。切れ長の目が美しい。


 なんだか大人っぽい子。周りとあんまりはしゃいだりしない子。私も実はあんまり喋ったことのないクラスメート。


 彼女が今、私の心を占めている……。


 何故なら……。彼女が、沢渡さんが、魔法少女かもしれないから!




――――




 魔法少女としての活動はまずまず順調にいっていた。


 あれから二、三の敵を倒したりしたのだ。敵……っていうのかな? お祓いみたいな行為のような気もするから違和感あるけれど、どう呼んでいいのかわからないので、「敵」ということにする。


 くまが言っていた、石が教えてくれる、というのもなんとなくわかった。まず、嫌な予感がする。ポケットにある石から、何か警告のようなものが発せられる(しゃべるわけではない)。そして敵と遭遇。これが「教えてくれる」ってことなんだね。ちょっとずつコツを掴んできたみたい。


 敵はいろいろ。最初は猫ちゃんだったけど、次は電信柱だった。電信柱……。何を言ってるんだって気がするけれど、私もよくわからない! 電信柱がどういうわけかうねっていたの! 魔法の力は無機物にも影響を与えるみたい。


 教室のカーテンと戦ったこともある。放課後、みんな帰った教室で。カーテンが広がって私と瑞希を包もうとするから大変だったよ。なんとかやっつけて、一息ついていたら、そこに担任の後藤先生が現れた。私たちに注意をする。いつまで残っているの、もう遅いから早く帰りなさいって。


 後藤先生は私たちの担任で40代の女性の先生。国語担当。ほとんど笑わない人。厳しい……けど、理不尽なことで怒ったりすることはないから、生徒たちからそんなに嫌われてもいない。


 まあともかくそんな感じで頑張ってるんだ。そしてそれと並行して仲間探し。紫と緑の石を持って学校に行く。魔法少女はこの学校の誰かだから。該当の人物が近くにいれば、石は光って熱を帯びるはず。紫の石はすぐに反応があった。緑はさっぱりだけど。


 紫の石が反応した人。それが沢渡さんだ。


 私の部屋で、私と瑞希がそのことをくまに報告する。くまはベッドの上に座って、私たちは床の上。話が一通り済んだところで、私はくまに尋ねる。


「沢渡さんが……魔法少女なのかな」


 紫の石の持ち主で。くまは言った。


「石が反応しているのなら、そうなんだろう」


 でも私は少し自信がない。それにそのことをどう沢渡さんに伝えればいいのか……。いきなり、あなたは魔法少女です! って言って、信じるかな……。信じないよね。


 それにもし間違いだったら。もし彼女にこちらの秘密がばれてしまったら。その時は魔法少女でいられなくなってしまう。


「早く彼女にそれを伝えて、仲間になってもらうように――」


 くまは簡単に言うけれど。と思っていたら、瑞希がくまの耳をぎゅっと掴んだ。


「いてっ!」


 くまは悲鳴を上げる。瑞希の顔が輝いた。


「痛いの? 本体は異世界にあるんじゃないの?」

「異世界にある……けれどどういうわけだか、痛みは本体に伝わることになっている……」

「へー!」


 瑞希がさらに耳を引っ張る。さすがにくまが怒った。


「痛いと言ってるだろう!」


 瑞希はぱっと手を放したけれど、顔は楽しそうなままだ。くすっと笑って、くまを見た。


「偉そうなことばっかり言ってるからだよ」

「偉そうではない。私は君たちを教え導く役割があるのだ」


 やっぱり偉そうなくまだった。


 帰り際、玄関で瑞希は私に言った。


「くまの弱点がわかってよかったね」


 目がきらきらしてる……。嬉しそうだ。


「沢渡さんのこと、どうしよう」


 具体的にどういう行動をとるべきかは決まらなかったのだ。瑞希は少し考えて、私に言った。


「とりあえず、まずは彼女と親しくなる。私たち、沢渡さんのこと、ほとんど知らないじゃない?」


 そうなのだ。私は頷いた。


 玄関の扉を開けながら、瑞希は私に笑いかける。


「ね、くまがこれ以上つけあがるようなら、お風呂に入れちゃおう。あの子、中身は綿だから水を吸って重ーくなっちゃうよ」


 私は目を丸くして、


「それ、大丈夫なの?」


 本体にはどういうふうに伝わるんだろう。本体に水分がたまる……わけでもないのかな。ただものすごく身体が重くなるのかな。


「大丈夫なんじゃない?」


 瑞希はあっさり言う。


「考えてみたらずっとくまの言いなりだもん。こちらが対抗する手段を持ってることも大事だよ」

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