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まあそうなのかな……。納得しかけていると、瑞希はじゃあねと去っていった。
瑞希は容赦がない。前途多難なくまさん。
――――
瑞希の言う通り、私たちは沢渡さんに近づいてみることにした。
しかし、どうも沢渡さんという人は捉えどころのない人なのだ。
いつも冷静に見える。といってもよそよそしいわけじゃない。むしろすごく穏やか。話しかければ優しく対応してくれる。イメージとしてはいつも微笑みを浮かべているような……。でも、それと同時に、不思議な壁を感じる人。入り込もうとすると柔らかく押し返されそうな、そんな雰囲気のある人。
沢渡さんは本が好きだ。なので、同じく本好きの加奈ちゃんと話してるのをちょくちょく見る。そこで加奈ちゃんに沢渡さんのことを聞いてみることにした。
「沢渡さん? どんな人かって?」
私と瑞希の質問に加奈ちゃんは怪訝な顔をした。
「どうしたの、急に」
「いやちょっと……。まあなんとなく気になって」
詳しいことは話せないよー。でも加奈ちゃんはそれ以上詮索しようとはしなかった。
「いい人だよ」
加奈ちゃんは言う。うん、そうだね。それはわかる……けど。
「なんていうか、あまり心の内をさらさない人、って感じじゃない?」
瑞希の質問に加奈ちゃんは同意した。
「そうかも。そこからすると……私も沢渡さんのことをあまりよく知ってるわけじゃないというか……」
「本が好きなんだよね」
私が言う。沢渡さんと仲良くなるには本の話でもするべきかなー。私はあまり本読まないけど。沢渡さんはどういう本が好きなんだろう。加奈ちゃんに尋ねてみる。
「沢渡さん、どんな本を読むの?」
「ミステリとか、SFとか? 難しそうな本たくさん知ってて、私はあまりそちらの方面に詳しくないけど……」
あー、沢渡さんって確かに難しい本読んでそう。まずい。ますます私と共通点がない。沢渡さん、漫画読むかな……。漫画の話にのってくれるかな……。
「文芸部に誘ってみたんだよね」
加奈ちゃんが言う。瑞希がきいた。
「そういえば加奈は文芸部だったね。沢渡さんは入部したの?」
「ううん。断られちゃった。まあそんな予感はしてた。沢渡さんは一匹狼タイプでそれが苦にならなそうだし……」
そうなんだよなー。そういうところが魅力でもある。でもその分なんだか近づきがたい……。加奈ちゃんは話を続けた。
「部室に遊びに来ることは何度かあったよ。でも入る気はないみたい。――そうそう、文芸部の部室っていえばさ」
加奈ちゃんが私たちに近寄る。私たちも加奈ちゃんに近寄る。
「何?」
「幽霊が出るんだよ」
――――
五月の放課後は明るく眩しい。帰宅する子、部活へ向かう子。すっかり緑になった桜の木に囲まれたテニスコートではテニス部の子たちが楽しそうな声をあげている。そのテニスコートの近くにクラブハウスがある。
こぢんまりとした可愛らしい建物だ。二階建てで、いくつか小さな部屋がある。その一室が文芸部の部室だ。
私と瑞希は加奈ちゃんとともに部室へ向かう。文芸部に入った――わけではなくて、幽霊の話に興味を惹かれたからだ。
「幽霊?」
私と瑞希が聞き返すと、加奈ちゃんは重々しく頷いた。
「そうなの。部室に現れるんだって。髪の長い、謎の女の人が」
「ふぅん……」
私は半信半疑だ。幽霊なんてあんまり信じてないし。瑞希はもっと信じてないようだった。
「それいつ出るの? 夜? でも夜は学校に来れないよね」
「夜じゃないよ。部活動やってる時間。一人で部室にいるとね、ふわっと出てくるんだって」
「昼間の幽霊ってあんまり怖くなさそうだなー」
「怖いよ!」
加奈ちゃんはきっぱりと言う。
私には一つ気になることがあった。加奈ちゃんは幽霊だと言っている。でも私は、ここ最近身近で奇怪な現象が起きることを知っている。異世界からの力によって姿を変えられてしまったものたちが暴走しているのだ。そしてそれらを元に戻すのが私たちの役目で……ひょっとしたら、その幽霊とやらも、私たちの「敵」の一人じゃない?
瑞希を見る。瑞希も私を見た。その表情で、ひょっとしたら同じことを考えてるのかな、と思う。
後で確かめてみたら、そうだった。そこで、文芸部の部室に行ってみようということになったのだ。
ちょっと見学と言って、加奈ちゃんについていく。加奈ちゃんは、今日は沢渡さんのことといい、一体どうしたの? と不思議そうだ。でも、部外者を部室に入れることには、さほど抵抗はないみたい。
加奈ちゃんについて二階へと上がる。そしてドアを開けたそこには――。意外な光景が待っていた。
「か、かわいい!」
驚いた! 学校にこんな一室があったなんて……。中央にあるのは白いクロスのかかったテーブル。アンティーク調のおしゃれな椅子。周りを取り巻くシックな本棚。鉢植えからは緑の葉がこぼれ、ピンクの花弁が美しい花が生けられた花瓶もあって、愛らしいうさぎのぬいぐるみもちょこんと座ってる。
窓辺のカーテンは淑やかなアイボリー。レースのカーテンも小花模様が散っておしゃれだし、ロッカー代わりと思しき丸みを帯びた戸棚も素敵だ。
「どうしたの、これ!」
尋ねる私に、加奈ちゃんは得意そうな表情をした。
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