「ふふ。みんなが私物を持ち寄ってこんなふうにしたの。私たちのお城だよ。かわいいでしょー」

「かわいいー!」


 なんだかおとぎの国のお部屋みたい!


「ここでお茶会したい!」

「いいねー。でもお湯が沸かせないんだ」

「じゃあ、水筒に入れて持ってくるとか……。あと、ケーキやお菓子も!」

「お菓子はあんまり持ってくると、先生に叱られそうだな。でもケーキなら持ってきたことある! みんなで食べたんだよー」

「いいないいなー」


 想像してしまう。白い肌が美しい繊細な茶器。金の縁取りが入ったケーキ皿。あ、そうだ、お茶会といえば、ケーキスタンド! 三段くらいになったやつ! あれの実物は見たことないけど、そういうのが似合う世界だなあ……。


「どうしてまたこんな乙女な世界に」


 興奮する私とは裏腹に、全く冷静な瑞希が尋ねた。


「うちの部にはね、こういう乙女ちっくなものが好きな人が多いんだ」

「ふーん」


 瑞希が本棚を見ていく。私も一緒に見る。少女小説の類が多いみたい。一冊抜き出してみた。ふわふわと光こぼれる花園の中で、ふわふわとした女の子が微笑んでる表紙。この部室にとても合うと思う。


「……やらしいのもあるんですけど」


 瑞希が一冊の本を私たちに見せた。その表紙には――しどけない恰好で抱き合う男の人二人。加奈ちゃんが真っ赤になった。


「――それはー!」

「……これも乙女なの?」

「世の中いろいろな乙女がいるのー!」


 二人は放っておいて、私は窓に近づいた。テニスコートが見える。のどかなラリーの音と、生徒たちの声。私ははたとここに来た目的を思い出した。


 そうだ、幽霊がなんなのか調べに来たんだった! うっかり忘れるところだった。私は神経を集中させた。


 嫌な気配は……。しない。ポケットの石も、静かなままだ。うーんやっぱり私たちの「敵」ではないのかな? だとしたらなんなんだろう……。まさか本当に幽霊……じゃないよね!?


 ちょっと怖くなってしまった。私は窓を離れる。瑞希と加奈ちゃんは別の話題に移っていた。


「――だからね、沢渡さんはこの部室を見て、ここは私に合わないなあと思って、入部するのをやめたんじゃないかなって私は思うわけ」


 加奈ちゃんが言う。いつの間にか沢渡さんのことを話してるみたい。


「そうね。沢渡さんのイメージとは……少し違うかな、ここは」

「うん、だから残念なんだけど……。無理に入らせるわけにもいかないし……」


 確かに、沢渡さんはここでは浮いてしまいそう。こういうのじゃなくて、もっと硬派なものが好き――なんだと思う。沢渡さんは。私も彼女のことはまだあんまりよく知らないけれど。




――――




 その晩、夕飯もお風呂も終えて、私は自分の部屋で机に向かっていた。机の上には数学のノートを広げて、明日の予習。でもあんまりはかどらない。


 ノートの向こうにはくまがちょこんと座っている。私はくまに今日一日のことを報告した。


「結局、文芸部の幽霊とやらはなんのことだかわからなかったの」

「ちょうどその時は力が弱まっていたか……もっとも全く別の何かということもありうるが。注意を怠らないように」

「うん」


 持っていたシャーペンのお尻の部分で、つんつんと自分の頬をつつく。


「沢渡さんの件もちっとも前進しないし……」

「もし彼女が仲間なら、倒すべき相手が現れたところに、自然にやってくるはずだ。導かれるように」

「そうなの?」

「瑞希もここに来たじゃないか」


 そうだった。あれも石が呼ぶとか、そんな感じだったのかな。


 その時、ドアの向こうで声がした。くまが黙る。動かなくなって、その目も口も、作り物でしかなくなる。声の主はほたるちゃんだ。


「ちょっといい?」

「どうぞー」


 私が言うと、ドアを開けてほたるちゃんが入ってきた。


「本を返そうと思って」

「ありがと。その辺に置いてて」

「うん」


 その辺に、とは言ったけど、ほたるちゃんは律儀に本棚に向かう。そして言った。


「……くま……」

「えっ!」


 慌ててしまう。くまはぴくりともしない。ほたるちゃんは私の方を振り返って言った。


「本棚のくまがなくなってるな、って思ったの。あ、でも、机の上にあるじゃない」

「――あっ、そうなの! そう、なんていうか、くまを見ながら勉強がしたくなった……やる気が出るかなあとか思って!!」


 我ながら下手な言い訳……。でもほたるちゃんは気にしてないようだった。


「そうなんだ。そのくま、お母さんが作ってくれたものだから」

「そう! お母さんが見てる! 的な!」


 ほたるちゃんが穏やかに笑う。私も一緒に、こちらはあははと引きつり笑いをする。


「勉強、頑張ってね」


 そう言って、ほたるちゃんが出ていく。――焦った~! 私は大きく息を吐き出した。くまがわずかに身じろぎする。その目に、口に、意識のようなものが戻っていくのがわかる。


 ほたるちゃん……私のこと変に思ったかな。でも、ほたるちゃんはおっとりのんびりとした人なのだ。結構鈍い。だから何も気づいていない……と思うけれど……。

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