10
私はどこかでこういうの知ってるなーって思って見てた。崖っぷち。海。荒い波。そこに追い込まれた……そう犯人なんかがいて……それを説得する刑事がいて……。そういうミステリドラマを、実際に見た記憶はないんだけど、でもそういうのがあるらしいとは知っている。そして今現在の様子は、その場面に似てるんじゃないかしらんとか思いながら見てる。
われてくだける波が見える。ざっぱーんって。いや実際にはこの位置からは見えないけど。
「私……!」
手を握りしめて、篠宮さんが二人を見た。篠宮さんは改心したらしい。おそらく。
その時、灰色の空に輝くものが走った。私はそちらに目をやる。光り、空を飛ぶ大きな物体。鳥だ。輝く巨大な鳥が、こちらに向かって飛んでくる!
「敵よ!」
瑞希がそう言って、鳥を睨みつけた。篠宮さんもそちらを見る。
「あれを……やっつければいいのね!」
風が吹いた。篠宮さんを中心にして。篠宮さんの魔法だ。風はどんどん強くなる。強くなって……なんだか前の戦闘を思い出す。あの時も暴風だったな……。今度も暴風だよー! 身体を真っすぐにしているのが辛くなってくる!
私たちは篠宮さんから離れた。篠宮さんだけはそのままだ。風に髪を巻き上げられながら、篠宮さんは空を見つめている。その視線の先には鳥。人間が乗れるほどに大きい。長い尾羽がついてる。全身が緑に、青に、時に薄紅色も混じりあいながら、妖しくきらめている。
風の勢いが増している。上手く立っていられない……と思って地面にしゃがみこむと、突然風が弱まった。見ると、前方に石の壁がそそりたっている。沢渡さんの魔法だ。私は沢渡さんにお礼を言い、そして石のすき間から、篠宮さんの方を見た。
「……私……私は……」
篠宮さんは鳥に向かって何か言っている。鳥はこちらに近づきたいみたいだけど、風が強すぎて近づけない。鳥がしばしば煽られる。篠宮さんの風は、鳥を吹き飛ばさんばかりの、強いものとなっていく。
勝ったのは篠宮さんだった。ひと際強い風が吹いた。鳥が姿を保てなくなる。その光る身体がばらばらになり、こまかなかけらとなり、そしてそれが風によって散らばっていく。
私は暴風に目を細めながら、その光景を見ている。
――――
気がつけば、元の世界に戻っていた。いつもの学校。見慣れた体育館。の、裏。
足元には小さな水たまりがあった。その側にはこれまた小さなスズメ。スズメは私たちを見ると、ぱっと飛び立っていった。
そういえば篠宮さんは。私が振り返ると、すぐ後ろに篠宮さんが立っていた。辺りは少し明るい。雲の切れ間からささやかに日が差している。篠宮さんの魔法で、雲を吹き飛ばした、というわけでもないんだろうけど。
「やったね! 大活躍だったじゃん!」
私は篠宮さんにそう声をかけた。篠宮さんは困惑の表情で、小さく言った。
「そうなの? 私は……」
「石は、返さないよね?」
だって、魔法少女として立派に務めを果たしたもの。もう、やめる、なんて言わないよね? そう思って篠宮さんを見る。篠宮さんははっとしてポケットに手を入れた。そして何かを取り出す。それはもちろん、あの緑の石だ。
「――私は……」
篠宮さんは掌の上の石を見ている。瑞希が近づいてきて、その石を握らせた。そして明るい笑顔で言う。
「これは、あなたのだよ」
篠宮さんも笑った。ちょっと泣きそうな顔で。でも泣きはしなかった。その代わり、笑って、頷いて、言った。
「うん」
これで四人そろったんだ。みんなを見ながら私は思う。四つの石に、四人の魔法少女(一匹のマスコットキャラもお忘れなく!)。そして――。これから、私たちの冒険が始まるんだ!
敵もやっつけたことだし、私たちは帰ることにした。今度は四人で。雲は流れて、青空の面積が少しずつ広がっていく。地上に残る雨の名残を、温かい日の光が輝かせていく。
そんな中を、私たちは談笑しながら帰っていく。
――――
その日の放課後は私と瑞希の二人での下校だった。沢渡さんは部活。楓ちゃん(いつしか私は篠宮さんのことをそう呼ぶようになった)は掃除当番。
音楽室の近くを通ると、ピアノの音が聞こえた。楽し気な、明るい曲。弾むように、音がこぼれていく。
「楓だね」
瑞希が言った。私もそう思う。楓ちゃんの担当箇所は音楽室だったから。
今日の音楽室掃除のメンバーで、こんなふうにピアノを弾けるのは楓ちゃんしかいないはず。
「さぼってるな」
瑞希が言う。私はピアノの音に耳を傾けた。楓ちゃんが楽しんでいるのがわかる。音と一緒に、私の心も弾む。足取りも、少し軽くなる。
音楽は続いた。帰っていく子たちや部活に向かう子たち、賑やかな少女たちの間を流れ、満たして、広がっていく。
爽やかで優しい、風に乗って。
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