はじめてのおでかけ
1
季節外れの雪が降っている。今は六月のはずなのに。
もっともここは季節など関係ない場所ではある。異空間。私たちの住む世界とは少し外れたところにある、特別な場所。
そこで私たちは魔法少女として戦う。
クリスマスケーキの上に乗っているようなかわいらしい木の家が立ち並ぶ中を、私は走る。私と瑞希。今回は私の家に二人でいたときに遭遇した敵だったので、沢渡さんや楓ちゃんはいないんだけど、でも二人でもなんとかなる。
舞い落ちる雪は、地面にうっすらと白く積もる。私の頭にも降り積もる。でもあまり寒くない。
今回の敵は雪だるま。ごく普通の大きさの、ごく普通の見た目の雪だるまなんだけど、こちらに吹雪をぶつけてくる。寒くないとはいえど、視界が悪くなって、ちょっと厄介。
私の横を瑞希が駆けていく。吹雪が、私の身を襲う。炎をぐるりと身体の周りに出現させて、吹雪を払う。開けていく視界。の、中に、私は見た。
家と家の間に誰かがいる。……敵? 複数の敵がいるの?
でもあれは……人間に見える。
人型の敵? 誰か人間が魔法で暴走してしまったとか。
もしくは……――この異空間に入ることができる人間は――魔法少女。
――――
六月も後半。そろそろ合唱コンクールの時期だ。
合唱コンクールは私たちの学校で年一回行われてる行事で、クラス対抗で合唱をやる。私はそんなに音楽が得意ってわけじゃないけど、でも大きな行事だし、いつも楽しみにしてる。
六時間目のロングホームルームは歌う曲を決めるのに費やされた。いろいろ意見が出て紛糾する。それは難しすぎる、とか、それは前にどこそこのクラスがやった、とか。みんな結構真剣。
担任の後藤先生は何も言わない。元々放任主義っていうか、あまり干渉してこないタイプの先生だし。それに口数も少ない。今日は窓に寄りかかって、ぼんやりと外を見ている。何を考えているのか、ちょっとよくわからない先生なんだよなー。
チャイムが鳴る少し前に、演目は決まった。みんなほっとして、そして六時間目が終わる。私のところに、楓ちゃんがやってきた。
「コンクール楽しみだね!」
楓ちゃんは嬉しそう。歌うのが好きな人だし、楽しみな気持ちわかるなー。
「前の年はどんなだったの?」
つい最近転校してきた楓ちゃんにそうきかれて、私が一年生のときの話をする。と、そこに学級委員長
の福山さんが近づいてきた。
「篠宮さん、ちょっと頼みがあるんだけど」
私は話をやめる。楓ちゃんも、なんだろうという顔で福山さんを見る。
「あなた、伴奏やってくれない? ピアノ、上手でしょう?」
「えっ……あ、あの、伴奏!?」
楓ちゃんが驚いた声を出した。
「そうなの。後で楽譜を買って渡すから。よろしくね」
そう言って、福山さんは去ってしまった。後に残された私、と楓ちゃん。楓ちゃんは何も言わない。私も黙って楓ちゃんを見上げた。楓ちゃんもこちらを見て、二人の目が合った。
楓ちゃんの動揺した声が聞こえた。
「ど、どうしよう……」
「やればいいんじゃない?」
だって、福山さんが言う通りピアノ上手いし。適役だと思う。
でも楓ちゃんは浮かぬ顔だ。
「無理……だと思う……」
「どうして?」
「私、プレッシャーに弱くて! みんなの前で弾くのとか苦手なの!」
楓ちゃんの顔は真剣だ。でも私は、転校初日のことを思い出す。
「そうなの? でも以前、音楽室でみんなの前で弾いてたじゃん」
「あれは――。だって、あれは舞台じゃないもの! 舞台は苦手なの!」
「じゃあ断ったら」
瑞希がいつのまにか傍に来ていた。軽く、瑞希は言う。なんでもないことのように。
瑞希の言う通り断るのかなーと一瞬思ったけど、楓ちゃんはそんなタイプではなかった。瑞希をきっと見つめると、はっきりとした口調で言った。
「やる」
そういうわけで、伴奏者が決まった。合唱コンクールがますます楽しみになってくる。
――――
家に帰って宿題をやる。机の上にノートを広げて、その傍にくまを置いて。このとき、学校であったいろんなことをくまに話すのが日課になってる。
今日は合唱コンクールの話。楓ちゃんが伴奏をすることになったこと。合唱コンクールはどういうものなのか、去年の様子などを話していて、ふと、思い浮かんだことがあった。
「そうだ! くまも一緒に学校行かない?」
「学校に?」
「そう!」
考えてみれば、くまはこの部屋から一歩も出たことがない。そもそもぬいぐるみを連れておでかけすることってないし……。でもそんな生活にくまは不満を感じていないんだろうか。
私だったら……。私がもし、異世界とコンタクトをとることができれば、たとえそれがぬいぐるみの目を通して周囲を見ているにすぎないとしても、もっといろんなことを見たくなると思う! 一つの部屋の光景だけじゃなくて、外の世界。この部屋の外には何があるのか。
異世界がどんな場所なのかすごく気になると思うんだけど、くまはそうじゃないのかな?
「この部屋にいるばかりじゃ退屈でしょ? 学校、見たくない?」
「いや、退屈というわけでもないが……」
そうだ。私が今こうして話している謎の異世界人はずっとくまの中にいるわけじゃないんだ。それははっきりと本人がそう言ったわけじゃないけど、でも感触としてそうなんじゃないかな、と思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます